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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第28話 対大病院長

挿絵(By みてみん)





 聖エルモ砦、北部。大病院長室。


 室内に飛び交うのは、青い無数の球弾。


「――――」


 僕は木彫りの両手杖を触媒に、次々と意思を飛ばす。


「…………」

 

 相対する大病院長グランドホスピタラーは、両拳で迎え打つ。


 一言も掛け合うことなく、無言かつ冷徹に対処。


 数々の球弾を地面のある一点に弾き飛ばし、被害は最小限。


「侵入者の僕が言うのもなんだけど、凄まじい精度だ。褒めて遣わすよ」


 手を休めることなく球弾を飛ばし続け、雑談に興じる。


 手数と球速は上り調子で、敵の能動的行動を許さなかった。


「お褒め頂き光栄の極み……とでも言うと思ったか、犯罪者クリミナル!!」


 更なる拳速によって、大病院長は球弾に対応。


 ジリジリと距離を詰め、接近戦に持ち込もうとする。


 拳がメイン武器と考えるなら、理に適った戦い方と言える。


 ――ここまで特別な意思能力はなし。


 基礎的な攻防によって、成り立っている。


 どこかのタイミングで能力戦に移行するのが通常。


 ただ、現場の空気感から、いつもとは異なる気がしていた。


(何か変だ……。当たってるのに当たってる感がない)


 放たれた後のセンスは、基本的に五感は存在しない。


 身体から切り離された時点で、何も感じなくなるのが普通。


 指先を切ったとして、指は痛むけど、血に痛みはない感覚に近い。


 ポタリと地面に血液が垂れたとしても、その感触が分かるわけじゃない。


 ――でも、調子が良ければ分かる時がある。


 痛覚はないけど、球弾に触覚が残る場合が存在する。


 思い込みか、成長の賜物か、意思能力の拡張性の一つか。


 体系化されたものじゃないけど、繊細なタッチが可能になる。


 筆が乗った芸術家の作品や人物には、魂が宿るみたいな感じかな。


 絵画の構成材料は絵具だけど、生きてるような錯覚を覚える時がある。


 題材、内容、技量、背景などで左右されるわけだけど、それだけじゃない。


(もしかして、本体は別に――)


 頭によぎるのは、根拠に欠ける一つの予感。


 反射的に正面の敵から視線を外して、背後を見る。


「――――ッッ」


 迫り来るのは、僕が放った青い球弾だった。


 すかさず同程度の球弾を放ち、脅威を相殺する。


 それには一瞬の閃光を伴い、視界は青白く染まった。


(触れたものをワープさせる能力? いや、なんにしても――)


 外れた予想のことは忘れ、現状の情報をもとに能力を再定義。


 とはいえ、落ち着いて考える暇はなく、視界に頼ることはできない。


「――――!!!!」


 僕は身に纏うセンスを広げ、第六の感覚を付与する。


 空間内は僕の身体の一部だ。どこにいようと感覚で分かる。


 代償として攻防力が失われるわけだけど、贅沢は言ってられない。


(いない……!? 一体、どこへ……)


 だけど、察知できない。どこにも敵は感じない。


 訳が分からないまま、僕はセンスを縮め、まばたき。


 まだ青白い明滅が残っているものの、視界は戻っていく。


「――――」


 そこには、右拳を振りかぶった大病院長の姿。


 いないはずの者がいて、今度は確かに気配があった。


「くっ!!」


 早撃ちのガンマンの如く、僕は杖先を敵に向け、意思充填。


 発射までコンマ数秒以下の自信があったけど、違和感が残った。


(駄目だ。正攻法じゃ勝てない。もっと馬鹿になれ!!!)


 僕は杖先の軌道を修正し、別の標的へと照準を絞る。


 深く考える暇もなく、球弾を放ち、炸裂と閃光を伴った。


「…………っっっ!!!」


 ようするに自爆。足元に手榴弾を投げ、爆発させたような感覚。


 僕の小さな身体は後方に飛び、出入り口の扉に背中を叩きつけられる。


(痛みに悶える時間はない。すぐに次の手を……)


 アドレナリンが痛覚をほどよく消し、僕は目の前に全神経を注ぐ。


 分かっていたけど並みの手練れじゃない。対応できなきゃ、やられる。


「機転はいいが、基礎力に欠ける。歴代英国王の中でも最弱筆頭だな」


 しかし、大病院長は立ち止まり、退屈そうに感想を語る。


 センスの爆発に巻き込まれたはずなのに、傷一つ負ってない。


 赤色のマントが少し焼け焦げた程度で、進展がないに等しかった。


「能力頼りの君に言われたくないね。自分含め触れた対象を移動できるんだろ?」


 ただ、この展開は有難い。考えを整理できる時間ができた。


 相手の反応や態度によっては、彼の意思能力が確定するだろう。


「理解できないものは全て意思能力か。典型的な凡愚の発想だな。……試しに球弾を打ってみるがいい」

 

 余裕を崩さない大病院長は挑発めいた態度で応じる。


 両の拳を構え、僕が応じる前提で先の球弾を待っていた。


 罠かもしれない、と一瞬考えたけど、ネタばらしなら大歓迎。


「後悔しないでよ!!!」


 容赦することなく、僕は特大の球弾を放ち、挑発に乗る。


 僕に跳ね返ってくる前提で備え、対処する覚悟は出来ていた。


「ふん!!!!」


 大病院長は右拳でアッパーをかまし、特大球弾を天井に弾く。


 爆発or背面移動と考えていたけど、目の前の光景はどれも違っていた。


「これって……アルカノイド……」


 頭に浮かんだのは、類似した光景。レトロなゲームの映像。


 棒で球を弾き、ブロックを崩すのと同じ現象が目の前で起こる。


 球弾は凄まじい速度で反射し、部屋中を右往左往と動き回っていた。


 ――正体は結界。


 基礎の延長線上にある技術で、着地点に反射板を作り出した。


 通常なら地面に炸裂するところを結界をかますことで反射する仕様。


 さっき僕の背後から来たものは、天井、背面と二度ほど反射させた結果だ。


 ――つまり、意思能力じゃない。


 拳で弾き、地面に何度もぶつけ、反射できないものと意識づけ。


 その状態で予期せぬ角度から球弾が迫り来ると、能力だと思い込む。


 種明かしをしなければ、深読みして、自滅する展開は秒読みだったはず。


「類まれな肉体とセンスに、小手先の意思能力は不要。……そもそもとして、大病院長グランドホスピタラーと名のつくものなら『肉体系』が選ばれると真っ先に仮説を立てるべきだ。なぜ、そうなるかは説明させてくれるなよ」


 大病院長は説明しつつ、反射された特大球弾を右拳で捉え、爆発。


 閃光と煙が生じるものの、さも当たり前のように無傷の状態で現れた。

 

「『肉体系』は、身体強化と治癒能力を最もバランスよく鍛えることができる系統。病を専門分野にするなら、他の二系統じゃあり得ない……。だけど、どうやって僕が展開したセンスの外に……。自分を殴って移動させたんじゃ……」


「呆れて言葉も出んな。自分で答えを言っているだろう」


「身体強化で僕が張ったセンスの範囲外に移動して、縮小と同時に接近? いや……そんなまさか……」


「今、小生はどこにいる。接近を察知できたか?」


 気付いた頃には、背後から声が聞こえてくる。


 振り返るとそこには、両腕を組んだ大病院長がいた。


 超人的身体能力で移動した、というのが最も説得力がある。


「どうして、ここまで懇切丁寧に……」


「罪人を悔い改めさせるのも小生の職務でな。相手がイギリス国王であろうとも、騎士団の管轄内で犯した罪は贖ってもらう次第。悪を善に変えることが、我々が掲げる至上命題とも言える。一方的な断罪に走ろうとする末端騎士には教育が行き届いていない面もあるが、少なくとも四大官職以上の総意である」


 掘り下げた上で明かされたのは、あえて種明かしをした理由。


 彼らの行動原理であり、本気なら倒せたというニュアンスも含まれる。


(待てよ……。マルタ騎士団=悪ってわけでもないのか?)


 脳内に思い浮かんだのは、一つの仮説。


 事実だとすれば、手を貸す前提が覆るものだった。

 

「素直に牢屋にぶち込まれるなら、仲間は見逃してやるが?」


 そこで持ち掛けられたのは、ある種の取引だった。


 提案を受ければ少なくとも、全員幽閉というリスクは消える。


「ラウロ・ルチアーノはどうなるの?」


「無論、死に絶える。脱獄を企てた罪は重い」


 強襲したボトルネックを掘り下げ、公式の見解が述べられる。


 他に聞きたいことはなく、知りたい情報は全て出揃った状態だった。


「…………」


 僕は唯一の得物である両手杖から手を放し、地面に転がる。


「賢明な選択だ。決断力だけは英国王だと言っておこう」


 嬉しくもない反応をされ、大病院長は執務机にある無線に手を伸ばす。


 全員に報告が行き通れば、二度目の脱獄騒動には終止符が打たれるだろう。


「誰が諦めると言った……」


「やめておけ。今のお前では小生に……」


「僕の視力の大半をやる。だから力を貸せ、第一級悪魔!!!」


 しかし、僕は従わなかった。背中から黒の本を取り出し、詠唱した。


 リスクを承知の上で、格上の彼を倒すなら、この手以外に考えられない。


「…………やれやれ。荷が重いですが、契約分の仕事はしましょうか」


 第一級悪魔レオナルド・アンダーソン。


 心強い味方を呼び出し、第二ラウンドを強行した。

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