第27話 地ならし
聖エルモ砦、南西部。倉庫。
「おいおい……逃げるだけで精一杯かぁ? ドサンピンが!!!」
手広い倉庫内に飛び交うのは暴言と、鋭利な石柱。
銀髪修道士は両手を地面に当て、意思能力で攻め立てる。
「――――」
長刀を扱い、迫り来る石柱を次々と切断。
仰る通り逃げ回っているだけだが、予定通り。
倒すのが目的ではなく、足止めが我の役割だった。
「挑発に効果なし、と。それなら――」
すると、声のトーンが変わり、彼は地面から両手を離した。
軽く肩をならし、何か別の策を試みようとするのが見て取れる。
「――秘剣・虎切り」
思考より先に体は動き出し、手の内の一部を見せた。
袈裟懸けに刀を振るい、生じるのは意思で形作られた虎。
実寸台の獰猛な獣が地面を駆け、銀髪修道士へと牙を剥いた。
「虎、如きに――っ」
反撃に出ようとするも、初速で上回る。
虎は相手の右腕に食らいつき、頭を振るう。
並みの使い手なら片腕を失うが、果たして……。
「――――」
聞こえてきたのは、彼が地面に倒れ込む音だった。
仰向けの状態で右腕を突き出し、虎の猛威に耐えている。
能力を使った形跡はなく、攻防力移動のみで被害を防いでいた。
(能力頼りというわけでもなく、基礎戦闘力も高い。肉体かセンス……どちらに依存しているものかは判別不能だが、虎の咬合力で貫けぬのなら基礎修行を怠っていない良い証拠。とはいえ、付け入る隙がないわけでもない)
冷静に分析を重ね、虎を維持したまま距離を詰める。
長刀の間合いに入り、狙い定めるのはセンスの薄い箇所。
「――――」
攻防力の配分を見極めた上で、振るうのは横薙ぎ。
胴を真っ二つにする勢いで、刃を真一文字に動かした。
刀身には全センスを集中させ、決め切る覚悟で攻め入った。
「使役できる動物は一体まで。俺の骨をしゃぶってるうちは新しいペットを出せない。そうだよなぁ、ササキィィイイイイイイイ!!!!」
死闘の狭間で聞こえたのは、修道士の指摘。
刃が胴を断つ時間を遥かに上回る発言量だった。
時間が圧縮された可能性もあるが、この場合は……。
「――――――っっっ」
理解するより先に目に入ったのは、折れた刀身だった。
多量のセンスで覆い、身体より強固だったものが砕け散る。
残った刃が修道士に届くわけもなく、斬撃は空振りに終わった。
「…………」
すかさず距離を取り、起きた事実を冷静に見る。
元いた場所には、細長い石柱が天井から伸びていた。
出力は最小限。気付かれないよう刃の側面を狙い打った。
刀は横からの衝撃に弱く、全センスで覆っても脆いと読んだ。
(行動と能力を読めていたなら、なぜ……)
理解できないのは、本体の我を狙わなかったこと。
わざわざ刀ではなく、意思の薄い箇所を狙えば勝てたはず。
「解せねぇって面してんな。理由を教えてやろうか?」
虎を幾多の石柱で串刺しにした修道士は、余裕を漂わせ、尋ねる。
挑発のつもりか、親切心で言っているのか。どういうつもりかは不明。
「肉体ではなく、武士の心を折る。それが目的か?」
頭を垂れ、教えを乞うような真似はせず、自分なりの答えを導く。
当然、一瞬たりとも気を抜くことはなく、次なる一撃に備えていた。
「いいや、ちょいと違うな。俺はその先が見たい。表面だけ取り繕った薄っぺらいキャラ付けには興味ねぇんだ。お前、もっとやれんだろ? 武士っぽい見た目はミスリードなんだろ? 刀には微塵も愛着はねぇんだろ? 本性は別にあるんだろ? ……なぁ、名も知れない帝国の陰陽師!!!」
銀光を迸らせ、修道士は確信めいた予想を告げる。
我は後ろ髪を結ぶ赤紐をほどき、長い黒髪を解放する。
同時に全身から溢れ出るのは抑圧されていた異色のセンス。
従来の青色のセンスの上に赤い光がかかり、紫色に染め上げる。
多重構造的進化。前提の先にある本性。武士とは一線を画する領域。
「十引く一は九字。佐々木小九郎とでも名乗っておこうか」
性格が一変するということもなく、言葉遊びに興じる。
聞かれたことにだけ答え、必要以上に情報は与えなかった。
「あくまでササキはササキのままってか。弱っちい苗字のままじゃあ、俺には勝てねぇんじゃねぇのかな!!!」
両手を合わせ、握り込み、修道士は意思能力を発動。
今度は情け容赦なく、全方位から鋭利な石柱が迫っていた。
放置すれば虎と同じ末路を辿る。串刺しの刑に処されるであろう。
「天元行躰神変神通力」
詠唱と共に、折れた刀の切っ先で左腕に漢字を刻む。
総文字数は九字。その不必要なこだわりが能力に変わる。
「――ッッ!!?」
目を見開く敵の姿が見えた。額から冷や汗が浮き出る様子が伺えた。
滑稽な光景を前に思い浮かぶ感想はなく、石柱はものの見事に砕け散る。
それを横目で見ながら、我は折れた刀で地面に文字を刻み、能力を行使した。
「――【勾陳】」
詠唱と共に生じるのは、彼と同じ系譜の技。
先が丸まった石柱を無数に生み出し、迫らせる。
「ササキ如きが!! 俺を舐めんなぁぁぁあああああっっ!!!!」
意図を察した修道士は、石柱の打ち合いに臨んだ。
迫り来る我の石柱を迎撃する形で、次々と放っている。
先が鋭利な相手方が有利に思えたが、現実は非情であった。
「地の一芸特化でコレか。才能というものは残酷であるな」
視線の先に見えたのは、痛々しい打撲痕が顔に残る修道士の姿。
その周囲には、彼お得意の石柱が折り砕かれ、無数に転がっていた。
「こん……ちく、しょう………」
俗っぽい台詞を吐き、彼は才能の残骸に倒れ込む。
特にかける言葉もなく、我は赤紐を結び、再び武士を装った。




