第25話 意思能力戦②
「……」
聖エルモ砦内、南東部の廊下で相対するのは少年少女。
金髪の方がルーチオ。能力は影。不規則な動きには要注意。
黒髪の方がリリアナ。能力は魅惑。接触と甘い言葉には要注意。
「合わせろパート2だ! リリちゃん!」
「……だーめ。ルー君はもう少し地頭使わないとね」
愚直な連携には改善の兆し。
リディア様の言うように将来は有望。
放置すれば、いずれ厄介になるのは目に見える。
――とはいえ。
「…………」
身に纏うのは、大人げない多量の黒いセンス。
手加減するつもりは毛頭なく、最速でご退場頂く。
正直、相手の生死に気をかけられるほどの余裕はない。
陛下との合流が最優先事項であり、それ以外は全てが障害。
「――展示物立体表現技法」
懐から取り出した三台のミニカーに、息とセンスを吹き込む。
流れるような動作で振りかぶり、迷うことなくそれらを投擲した。
ぐるりと空中で一回転したタイミングで巨大化し、二人へ襲い掛かる。
「いっ!!?」
「なんの……こしれき!」
直撃を食らうルーチオに対し、リリアナはスライディングで回避。
仲間を助けなかったところを見るに、どうやら個々で戦うつもりらしい。
(相方を頼らず、接触による魅惑に専念。思い切りは二重丸ですが……)
思考を整理し、次なる投擲物を右手に補充。
個数と質量が控えめなら、同じ動作で詠唱破棄が可能。
「――――」
息とセンスを吹き込み、迫るリリアナにすかさず投げつける。
「にゃん!?」
否応なく密閉された空間に押し込め、閉じ込めた。
ごろんと長方形の物体が転がっていくのを横目で見る。
透明なガラスと赤い鋳鉄製の枠の中にリリアナは囚われる。
選んだ展示物は――『電話ボックス』。
古き懐かしい公衆電話が、無機質な透明の箱を彩っている。
簡単に出られないよう細工済みで、彼女の膂力なら脱出不可能。
(残るは一人……)
手札を温存するべく、辛くも耐えているであろうルーチオの下に駆けた。
「――――なんのこれしきだよ、リリちゃん!」
随分前に思える発言に、ルーチオは訂正を促した。
のしかかる車を払いのけ、全身に黄色の光を漲らせる。
どんな合図を送ろうとも、一対一という構図は揺るがない。
「…………」
車の対応に割かれた時間とセンス。
その間隙に叩き込むのは、容赦ない殴打。
受け切れないよう無差別な部位に拳を叩き込む。
何かポロリと懐から落ちたように見えたが、関係ない。
「――かはっ」
ルーチオの口から漏れ出るのは、空気。
本来なら血反吐を吐いてもおかしくない連撃。
恐らく、急所を重点的にセンスで防御していた賜物。
計算尽くというより、天性のもの。直感に近い領域のはず。
(ここで折り砕いておかなければ、いずれ……)
拳を連ねるごとに、その精度が増していくのが分かる。
今は自分で自分のことを理解していない、眠りし獣の状態。
時間をかけて長所を理解し、花開けば、抑えつけられなくなる。
「展示物立体……」
未来の強敵と認識し、若い芽を摘む覚悟で懐に手を伸ばす。
予備動作による休憩時間があるものの、これだけ叩きこめば……。
「残影、転掌っ!!!」
しかし、見事にも耐え切ったルーチオは右の掌を放つ。
食らえば恐らく電話ボックス内に移動し、リリアナと接触。
少女にたぶらかされ、心身を掌握される末路が目に見えていた。
「まだ青い!!!!」
即座に詠唱を中断し、後ろへ距離を取る。
無理せず直撃を避け、仕切り直せば勝てる相手。
目論見通り、放たれた掌は空を切り、床に打ちつける。
「「「…………」」」
そこで攻防は一区切りつき、場に満ちるのは静寂。
相手の切り札は空振り、圧倒的優勢の状態で向かい合う。
「辞世の句があるなら詠んでみるのがよろしいかと」
求めるのは、戦いを締めくくる言葉。
九分九厘、勝ちは揺るがず、情けをかけた。
舐めている、というわけではなく、むしろその逆。
才能を開花しつつある相手への最大限の賛辞でもあった。
「なら、お言葉に甘えて…………頭上にご注意だ!!!」
ルーチオが発したのは、勝ちを諦めない一言。
真実にせよ、ハッタリにせよ、それは大きな動を生む。
「―――ッッ!!」
すかさず上を向き、何らかの能力を警戒する。
仮にフェイクでも、後から対応できる自信があった。
(これ、は……)
しかし、目に飛び込んできたのは、予想外の物体。
指摘通りに何かあったのに加え、思いもよらぬものが落下。
一瞬、目が奪われ、判断能力が著しく低下していくのを肌で感じた。
『リリにトキめけ。――姫電話!!!』
響いたのは、密閉空間にいるはずの少女の声。
遅れて肉体は動き出し、上空の落下物を拳で破壊。
バキリと音を立てて砕け散ったのは、携帯電話だった。
恐らく、公衆電話から通話をかけ、ルーチオが移動させた。
開幕から共闘の線を薄くし、展示物に適応した上で裏をかいた。
――見事な連携プレイ。
打ち合わせる暇などなかったはずの、即席のコンビネーション。
いや……『これしき』の時に、二人は通じ合っていたのかもしれない。
「――――――」
理解したと同時に、心臓がトキめくのを感じる。
柄にもなく、一人の少女のことで頭がいっぱいになっていく。
「なんなりとお申し付けください、王女殿下」
気付けば膝を折り、能力を解除し、仕えるべき主人を解放する。
全面的に屈服し、リリアナ殿下の勝利を自分事のように誇らしく思う。
「ルー君なら伝わると思ってた」
「リリちゃんなら伝わると信じてた」
彼女が向かう先は、星のように煌めく騎士のもと。
二人は手と手を合わせ、軽快な音を廊下に奏でていった。




