第24話 強襲
9月8日朝。聖エルモ砦、南東部。出入り口付近。
「394、395、396、397、398、399……400!!!」
砦内に響くのは、活気のある声。赤の修道服を着る金髪の少年ルーチオは、南東部分の廊下でスクワットしていた。腰部分には小型のメイスが装着され、辺りは先日の戦闘の影響は感じられず、改修工事はすでに終わっていた。
「男って単純。何かあった時にへばっても知らないよ?」
壁に背中をもたれ、声をかけたのは黒髪の少女リリアナ。
赤の修道服にメイスを腰に装着し、ジトッとした目で見つめる。
「問題、なし! 昨日の今日で侵入者はこないっしょ」
忠告を無視し、ルーチオは腕立て伏せを開始。
小気味よく回数を重ねる中、廊下には足音が響いた。
訪れた人物は、黒の執事服を着た黒髪オールバックの老人。
口髭を手で整え、白の布手袋越しに拳を握り、訪問理由を告げた。
「……失礼。この老いぼれと戦っていただけますかな?」
◇◇◇
同時刻。聖エルモ砦、東部。独居房。
「ごほっ、ごほっ、ごほっ……」
昨日と変わらない朝食のトレイに吐き出すのは、大量の血。
水とパンは赤く染まり、せっかくの食糧が駄目になってしまう。
ただ、申し訳ないと思えるほどの余裕はなく、生きるだけで精一杯。
「……替えを用意しようか? 密入国者の旦那」
声をかけてきたのは、看守のソラル。
昨日から付きっきりで看病してくれている。
もはや吐血程度では驚かず、対応は献身的だった。
勤務時間外で徹夜なのに、愚痴の一つもこぼしやしない。
立場上、敵ではあったが、彼の人柄の良さが如実に現れていた。
「いいや、結構だ。その気持ちだけで、お腹いっぱいだよ」
牢屋越しにトレイを返し、檻に背中をもたれかける。
分かってはいたが、もう長くはもたない。立つ元気もない。
今日が峠だろうね。明日まで生きられれば、大往生ってところだ。
「……っっ。少し席を外す。目にゴミでも入ったらしい」
トレイを回収したソラルは声を震わせ、房から離れる。
涙もろい男だ。あの様子だとしばらく帰ってこないだろう。
脱獄するなら今がチャンスではあるが、ろくに身体は動かない。
「せめて最期に……いや、それは過ぎた願望だな」
牢屋上部にある格子状の窓を見て、独りごちる。
口にする前に諦め、残酷な現実を前に打ちひしがれる。
「……?」
すると、窓から目に入ったのは一匹の青い猫だった。
首輪はつけておらず、ただの野良猫といったところだろう。
『――――』
軟体動物のように細い体をくねらせ、猫は格子を通り抜ける。
続けざまにピョンと軽快に跳躍すると、独居房の中に入ってきた。
「…………君、名前は?」
言葉が通じないと分かっていながら、声をかける。
尻尾を立て、こちらに近付く猫と気兼ねない会話を交わす。
『……』
当然、返事は返ってこなかった。
代わりに口を開け、鋭い歯を見せつける。
「気に障ったかな? 悪いようにはしないから――」
伝わるとは思っていないが、両手を上げ、降参の意を示す。
『――ニャア』
だが、青い猫は僕の腕に噛みつき、不服そうに喉を鳴らした。
◇◇◇
同時刻。聖エルモ砦、南西部。倉庫。
備蓄された食糧や水などが保管される場所。
人通りは少なく、警備は恐らく南東部に集中する。
「これで、よし……」
壁面に刻んだのは、血文字。
砦の神秘性を崩すためのノイズ。
意思の力を封じる機能は排除された。
手筈通りなら、彼女が独居房に入り……。
「よぉよぉよぉ。出戻りとはいい度胸してんなぁ、ササキ君よぉ!!」
そこに入ってきたのは、銀髪の青年修道士。
唯一の逃げ道である扉を塞ぐように登場している。
名は確か……テラ。地を操り、砦を修復したのは恐らく彼。
「…………手合わせ願おうか」
腰に帯びた長刀を抜き、敵対する覚悟を決める。
対戦するのは二度目。今度こそは負けられなかった。
◇◇◇
同時刻。聖エルモ砦、北部。大病院長室。
生活と執務を両立する家具が揃った簡素な部屋。
大病院長は執務机に腰かけ、業務を始めようとした時。
「…………」
感知式の多重構造結界に紐づく警報が作動した。
卓上のモニターには、大量の『異常』が検知される。
本来なら、砦周辺の地図には侵入者の位置が表示される。
だが、『異常』が多すぎて特定は不能。恐らく故意による犯行。
「恩を仇で返すか。……今度こそ、息の根を止めてくれる」
立ち上がり、部屋を後にしようとする。
武器を調達し、一人残らず死刑を宣告してやる。
「――物騒だねぇ。仕方ないから僕が最初になってあげるよ」
そこに現れたのは、青のローブを着た青髪の少年。
一目見て分かった。小生の結界を二度も破ったのは彼。
イギリス国王アルカナ・フォン・アーサー。魔術の専門家。
「そちらが礼を失したのだ。無礼講といかせてもらうぞ! 国王陛下!!」
◇◇◇
同時刻。聖エルモ砦、西部。通信室。
そこには、結界と紐づくモニターが複数台。
『異常』を検知した場合、無線で報告するのが仕事。
「…………」
しかし、役目は果たされない。
現れた黒服の女性により、三名気絶する。
「これで現場は大混乱。戦力が分散するのが理想……」
通信室を後にするのは、リディア・カデンツァ。
両手には物質化されたバイオリンと弓が装備される。
「…………」
そこに立ち塞がるのは、黒い騎士服を着た女性。
銀の胸当てを装着し、銀のレイピアを装備している。
頭部は鷹をモチーフにしたような兜を被り、容姿は不明。
以前来た時には見かけなかったものの、一目見て理解できた。
「第一級騎士……。相手にとって不足はありません!!」
『修道誓願』済みの敵。それがいかなるものか、この目で確かめるまで。




