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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第22話 質問攻め

挿絵(By みてみん)





 2億ユーロという値段がつけられ、飼い主が決まった。知りたいことが山ほどあるわけだけだが、今のところ説明はなし。大人同士の間でやり取りは進み、トントン拍子で案内されたのはホテルの一部屋。見覚えのある人間が五名ほどいて、地面にちょこんと座っている僕を凝視している。


「『はい』ならベルを鳴らし、『いいえ』なら鳴らさず、どちらでもないなら『ニャー』でお願いします。いいですね?」


 取り仕切るのは、落札した紫髪の女性アミ。地面にはホテルのフロントから借りてきたプッシュ式の呼び鈴が置かれている。恐らく、正体を知った上で会話にならないと見越し、意思疎通を取るための手段として用意したんだろう。想定以上の好待遇だ。能動的に質問できないのが難点だったが、それを余りあるメンバーがこの場には集ってやがる。まぁ、今は兎にも角にも……。


『――――』


 前足を伸ばし、チンという音が鳴り響く。


 質問のラリーをしないことには何も始まんねぇ。


「あなたは本物のラウラ・ルチアーノですか?」


『――』


「あなたは現在、白教の教皇の立場にありますか?」


『――』


「白教とマルタ騎士団との会合の結果を知っていますか?」


『……』


「趣味は裁縫とコスプレですか?」


『――』


「実家で高級魚は飼っていましたか?」


『……』


「父親は遺体収集家でしたか?」


『――』


「あなたの猫化にはマルタ騎士団が関わっていますか?」


『――』


「四大官職のうちの誰かが関与しましたか?」


『――』


大病院長グランドホスピタラーですか?」


『……』


大政務長グランドチャンセラーですか?」


『……』


大財務長グランドトレジャラーですか?」


『――』


「元の姿に戻りたいと思っていますか?」


『――』


「元に戻る手助けをしなければ我々を怨みますか?」


『……』


「元に戻れば、あなた個人で白教式の生前葬を執り行うことは可能ですか?」


『……』


「枢機卿などの面々が十分に揃っていれば可能ですか?」


『――』


「では、最後の質問です。元のあなたは……神ですか?」


 質疑応答の末に行き着いたのは、本質的な問い。内容からして、こっちの状況をかなり把握してるようだ。本人であることを確かめる質問と、向こうの目的に合わせた質問の半々という配分だろう。最後のは本人しか知り得ない領域であり、三択ではあるんだが、これまでの積み重ねを考えれば、確定事項になり得る要素。答える自分の心境としては複雑なものがあったが、僕は質問を締めくくる。


『ニャー』


 人間でも神でもない。どっちつかずの存在だ。状況によって変わるとしか言いようがなく、淡泊な反応しかできない時もあれば、人間的な感情を取り戻すこともある。どういうわけか感情には波があり、自分でも予想がつかねぇ。情緒不安定というレベルを超えていて、0か1……神か人間の二極化状態ってのが今の僕の症状だ。最終的には自我が消え、神になるらしいが、僕一人の問題でもない。


 ジェノ・アンダーソン。


 そう呼ばれる一人の少年には、二分化された同じ神の片割れが宿る。感情の起伏は恐らく、ジェノの影響を受けていると思われるのが自然。恐らく、対極の存在になるよう仕組まれているか、同一の存在になるよう設計されているかのどちらかだ。会わないことには解明できないが、それにはリスクが伴う。


 白き神の完全復活。


 二分化された神が一つになる可能性があり、そうなれば制御はできねぇ。復活には色々と複雑な条件があるわけだが、僕側のタスクである、月が出てる間に大量の善人を救う『月の儀式』ってやつを完遂すりゃあ、前提条件が整う。後はジェノと僕が接触すれば、完全復活が果たされ、白き神の意向が実現される。


 確か……悪人の抹殺だったか。


 何を基準に『悪』と断じるかは不明だが、ジルダがいた未来では完全復活した白き神に人類の半数を殺されたらしい。平和だったかどうかは怖くて聞けてねぇが、未来から過去に飛んできた時点で、善い結果ではないのは確実だろう。


 アミたちが何を企んでるかは知らねぇが、全面的に信用するのは避けた方が無難だな。全くの他人ってわけでもねぇんだが、背中を預けられるほどの関係性でもねぇ。利害関係が一致すれば行動を共にするぐらいの仲だろう。どんな状況でも助けを求められたら応じるような仲じゃねぇ。……ようするに、仲間にはなれるが、友達ダチにはなれねぇって感じだな。向こうの目的によって、敵にも味方にもなると考えるべきだ。油断すれば、足元をすくわれるのがオチだろうからな。


 とはいえ、今のうちに済ませておきたい事柄もあった。


『……』


 視線を送るのは、右目に眼帯をつけた黒服黒髪の中年男。少し見てねぇ間にスリムになったようだが、まず間違いねぇ。ニューヨークマフィアを取り仕切ってたマランツァーノファミリーの元ボス、カモラ・マランツァーノ。ラウロを捜すための手掛かりとして捜していた人物だ。ここで出会うとは思ってもみなかったが、スルーすんのはあり得ねぇ。喋れなくてもいいから、どうにか聞き出す必要があった。


「俺に何か用か?」


『――、――、――、――、――、――』


 察しのいいカモラに対し、僕は食い気味にベルを鳴らしまくった。奴は親父の稼業の一部を継いだ男だ。仕事の話は未成年ガキだったから聞かされてなかったが、ラウロとは浅からぬ縁がある。人間に戻る、奴隷問題の解決、騎士団との外交、ジルダと水中都市の処遇、ラウロ捜しとタスクが混線してるが、こうなった以上、並行して進めるしかねぇだろう。そのためには、カモラとの接触は不可欠だった。


「何が聞きたい。答えて欲しいならお前が動け」


 アミのように質問で対応してくれるわけじゃなく、冷たく突き放される。……というよりも、『お前ならできるだろ』って暗に期待してくれてるニュアンスが多分に含まれている気がした。だったら、その期待に応えてやるしかねぇよなぁ!


『――ニャー(貼り付け(ペースト))』


 能力を発動し、取り出したのは折れた黒い大剣。握り手を口でくわえ、ホテルの損害などは一切考慮せず、壁を斬り刻んだ。聞きたいことは単純明快で、親切丁寧に世界共通言語である帝国語で表現してやった。


 ――ラウロはどこだ。


 両腕を組み、カモラは静かに文字列を眺める。どう答えるべきか迷っているような様子に見えたが、しばらく考え込んだ末、答えを口にした。


「首都バレッタの聖エルモ砦に捕らえているらしいが、重体だ。このままいけば、三日以内に絶命すると小耳に挟んだ。面会するのも潜入するのも困難。そもそもお前は俺たちの所有物であり、その首輪を壊さん限り自由はない。それでも行きたいなら止めはせんが、お前はどうしたい。何を優先したい。義理か? 人情か? 組織か? 役目か? 息子か? それとも……父親か?」


 カモラが明かすのは、絶句するような内容。視線の先には、僕を縛り付ける赤の首輪があり、何らかの拘束力があるのは確か。飼い猫の証なんだろうが、今はそんなことどうだっていい。差し迫る事情があるなら、答えは一択だ。


『――――』


 意を決し、僕は窓枠を大剣で斬り崩し、外に出る。三階建てのホテルから跳び出し、雨の中の街を駆けようとする。外交する上で、おおよその地理と要所は頭に叩き込んである。目的地はすぐに理解できた。後は――。


『――――――ッッッ!!!?』


 思考を整理する最中、身体を駆け巡るのは電流。パタリとどこかの屋上に倒れ込み、意識が朦朧とする。警告通りというべきか、奴隷の身分にしては過ぎた行為だったみてぇだ。前に進みたいという意思はあるが、身体がついてこない状態。


「…………」


 そこに現れたのは、ベネチアンマスクを被った男。猫市で僕に1億ユーロの高値をつけた正体不明の富豪だった。何が狙いかなんて知る由もない。ただ奴は、懐から針を取り出し、人差し指を突き刺す。そして、僕の首輪にスラスラと文字のようなものを書き込んでいく。文字が首輪を一周した頃、カチャリと音が鳴り、外れた気がした。そこから先は薄っすらとしか覚えてねぇ。


「これで……生前葬は――」


 そこまで聞き届けて、僕の意識は途絶えた。

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