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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第21話 猫の世界

挿絵(By みてみん)





 大財務長と戦った後、景色は一変した。


 一言で言えば、猫の姿になった。いくつかの書類手続きを済まし、れっきとした『奴隷』に成り下がった。まともな状況説明もされないまま外に放り出され、雨の中の首都バレッタに捨てられた。自業自得つーか、敗者の末路つーか、色々と思うところがあったが、今置かれてる自分の立場は理解してる。


『これがリアルガチの三日天下ってか……』


 教皇から奴隷への転落人生。他人事なら笑えるが、まったくもって笑えねぇ。こっから這い上がりたいのは山々だが、取っ掛かりすら見えないのが現状だ。どうせ街の外には対猫用の結界があって逃げられねぇんだろうし、ここの奴隷の定義がいまいち分かってねぇ。在庫で抱えられている時だけ猫で、買い手が決まったら人間に戻されるのか、それとも市民の共有財産として猫の一生を過ごすのか。


『ま、なんにせよ情報が足りねぇ。同胞を捜すしかねぇか』


 うだうだと考えたところで仕方がなく、僕は慣れない四足歩行で街を歩み始めた。教皇としての初仕事も中途半端に残ってるわけだが、枢機卿がどうにかやってるだろう。駆けつけたところで言葉が通じねぇし、僕だと分かってもらえねぇ。後々のことを考えりゃあ、今の自分の問題を解決するのが手っ取り早い気がした。


『あなた、新入りでしょ。……おいで、こっちに』


 すると、声をかけてきたのは一匹の灰色の猫だった。仕込みかと思うほどタイミングがよく、怪しさ満点だったが、僕が取れる選択肢は多くない。返事をする代わりに先輩猫の後ろをついていき、バレッタの街並みを猫目線で堪能することになる。体感上、マンハッタンのビル群とは比較にならないレベルで建物が高く見えた。田舎者ってわけでもねぇんだが、目線を上に向けながら辺りを観察する。


『ふふっ。昔を思い出すわ。猫の身体に慣れない頃は私もそうだった』


 後ろを振り返る先輩猫は、温かい目線を向け、言った。哀れんだり、馬鹿にするような感じは一切なく、心の底から思ったことを喋っているのが伝わる。それだけで信用するほど単純でもないが、第一印象としては良好だった。


『ってことはあんたも元人間か。聞くまでもないかもしれねぇが』


『まぁ、そんなところね。少し事情は複雑だけど』


『深くは聞かねぇよ。順風満帆ならこうならねぇ。例外なく訳アリだろ』


 目線を合わせることなく、適当な雑談に興じる。深入りするのは、人となりを知ってからだ。関係性ってのは徐々に構築されていくもんで、誰彼構わず身の上話をするやつも、根掘り葉掘り聞いてくるやつも信用ならねぇ。経験上、『相手の弱みを握りたい』みたいな打算的意味合いが含まれている場合が多く、自分のパーソナル部分を打ち明けるのは慎重になった方がいい。特に僕の場合は、白教の『教皇』という付加価値があり、それを知られたらどうなるか分からない。少なくとも、猫になった元人間同士のコミュニティや独自のルールを把握するまでは、自分から何も打ち明けないのが理想だった。


「達観してるのね。昔の私でもそうはならなかった」


「場慣れってやつかもな。……それよか、どこに向かってるんだ?」


 うっかりパーソナルな部分の情報を口に出そうになり、軌道を修正する。社交辞令としては互いに名乗り合うのが手堅いんだろうが、最も優先すべきなのは目的地を知り、ついていくかどうかを決めることだ。


「……雨風を凌げる場所よ」

 

 それ以上深くは語らず、僕たちは停電した夜の街並みに紛れていった。


 ◇◇◇


 停電は一時的なものだった。すぐさま電力は復旧し、街に明かりは戻る。なんでもないように日常が戻り、扇状に広がる座席と舞台があるマノエル劇場では、ある催しが再開されようとしていた。席は満員の状態で、幕が上がったことに歓喜する観客の声援を聞きながら、舞台中央には赤いタキシードを着た黒髪褐色長耳の青年がマイク片手に立っていた。どこかで見覚えのある人物だったが、今はそんなことどうだっていい。


「さぁ、長らくお待たせ致しました。次なる商品の紹介と参りましょう! 飛び入りの新商品となりますが、容姿、肉体、血統、能力、肩書き、全ての項目がB+以上の評価。恐らく、猫市が始まって以来の大目玉商品。お手元の資料と懐との相談の上、奮ってご参加ください。……では、商品名『L.L.』の登場となります!!!」


 暑苦しい実況と共に、舞台袖にライトが集まった。ランウェイを歩くような気分で足を踏み出し、希少価値のある青色の猫は脚光を浴びる。歩行すると共にスポットライトが移動し、気付けば舞台中央に立っていた。観客は異様に静かで、息を呑んで一挙手一投足を見つめている。馬鹿馬鹿しくて反吐が出そうだったが、魅力が伝わらなければ商品に価値はつかねぇ。愛想を振りまくつもりもねぇが、やることやらねぇとここから一生出られないままだ。だからこそ――。


『ニャー(貼り付け(ペースト))』


 虚空から取り出したのは、折れた黒い直剣。裁ちばさみ無しでも可能になった『切り取り(カット)貼り付け(ペースト)』を使い、体内に収容した武器を披露。柄の部分を口でくわえ込み、重さを感じさせない大剣をブンブンと振るって、演舞めいたパフォーマンスを見せる。伝えるべきは愛嬌でも魅力でもなく、実際に何ができるかだ。猫に求める愛玩動物的な要素は恐らく飽和状態で、僕が取った行動は奇抜に見え、顧客の根源的なニーズにぶっ刺さる気がした。


「「「「「「――――――」」」」」」


 一通りの演舞を終えた後、劇場に満ちたのは拍手喝采。僕の想定通りの展開で、観客の熱が冷めやらぬうちに青年は進行役に徹する。


「多くは語りません。最低額1000万ユーロからと参りましょう!!」


 片手に小ぶりの木槌を握り、始まるのは競売。1000万、2000万、3000万と次々に入札が入り、あっという間に価値がうなぎ上りになっていく。その勢いがとどまることはなく、他の入札者を黙らせるためか、額が一気に釣り上がる。


「おーっと、出ました1億ユーロ!! 他にいらっしゃいませんか?」


 ベネチアンマスクを被った黒のタキシード姿の男が入札し、会場は静まり返る。帝国レートなら約170億円だ。そんじょそこらの富豪が手を出せる額じゃなくなってきてる。さすがに過大評価な気もするが、それだけ僕を欲しているということだろう。浅からぬ因縁がありそうな気配があったが、今考えても仕方がねぇ。


「……ございませんね。では――」


 進行役の青年は競売を締めくくろうと、木槌を叩こうとする。


「――――」


 そこにバタンと飛び入りで入ってきたのは、紫髪の女性。腰には刀を帯び、見覚えのある青のセーラー服を着ている。観客の視線が一斉に集まり、場はシンと静まり返っていた。いざこざが起きそうな気配を漂わせながら、女性は呼吸を整え、視線を真っすぐこちらに向け、堂々と言い放つ。


「2億ユーロ」


 それが決め手となり、僕は落札される。


 商品名『L.L.』に大それた価値がついた瞬間だった。

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