第20話 鉄剣制裁
薄暗い画廊に響いたのは、鈍い音。
放った右拳はゲス野郎の左頬を捉える。
「……ご挨拶は以上ですかな?」
まるで堪えてもない大財務長は、余裕を崩さず言った。軽口を交えてやりたいところだが、僕の言うべきことは決まっていた。
「貼り付け《ペースト》」
体術戦に早々の見切りをつけ、取り出したのは折れた黒い大剣。王位継承戦で第一王子の意思を継いだ得物。王族専用武器で部外者は重すぎて扱えないはずだが、なぜか装備できる。その恩恵は――。
「──────」
異常な軽さ。それに伴う超絶怒涛の剣速。情け容赦というリミッターを外し、殺すつもりで斬りかかる。コンマ数秒以下の間に放った斬撃の回数は五回。手足を斬り落とし、反撃の選択肢を削いだ上で首を斬るイメージで剣閃を描いた。
「よっ、ほっ、はっ」
しかし、想像通りとはいかない。太っちょとは思えない身のこなしで完璧に対応してやがる。ヒラリと舞う黒の修道服に傷の一つもつけられず、攻めてるというよりか、攻めさせられている印象が強かった。……まぁ、役職を聞いた限り、相手はマルタ騎士団の幹部だ。これで決まるとは思ってなかったが、一撃も与えられないまま諦めるのは気に食わねぇ。
「それなら――っ!!!」
僕はターゲットを変え、折れた切っ先を一枚の絵画に向ける。そこには、斬首された白銀の鎧を着た人物が描かれている。騎士総長か、はたまた、騎士団に逆らった敵対者か。色々と考えさせられることはあるが、何でもいい。こちらが能動的に動くことによって、相手は受動的に動かざるを得なくなる。
これが僕なりの外交だ。
絵を見捨てようが、反撃に出ようが、能力を使おうが、なんだっていい。どんな選択肢を選ぼうが、大なり小なり受け手側の個性ってもんが浮き彫りになる。その上で大財務長が選んだのは――。
「おいたが……すぎますねぇ」
身を挺した防御。ガキンと甲高い音を奏で、刃を左腕で防いでいた。センスを纏っているからか、修道服が優れているからか、あるいは両方か。腕を切断するには至らず、由緒ありそうな絵画にも届かない。ただ、分かったことが二つある。
「よほど大事な品のようだな。庇い続けて斬り刻まれるか、尻尾を巻いて逃げおおせるか、どちらか選びやがれ!!!」
浅い傷を負う左腕を見て手応えを感じ、再び振るうのは無数の剣閃。狙う場所は特に考えてねぇ。乱れ打ちってやつだ。回数ランダム、部位ランダム、強弱ランダム、意思ランダム。とにかく手数を増やし、質じゃなく量でゴリ押した。
「――っ、――――っっ、――――――っっっ」
大財務長は愚直に防御に徹し、修道服と共に皮膚が斬り刻まれる。軽い出血を伴い、致命傷ではなかったものの、着実に相手の体力が削れていくのが見て取れる。一方的な展開で少し心が痛む気もしたが、こいつの業から考えれば、当然の末路だ。30万人を奴隷にし、猫に変え、マルタで飼う。治外法権だろうがなんだろうが、現行の法律制度なら前代未聞の大犯罪者だ。手加減はしてやらねぇ。言い訳の余地すら与えず、ここで斬り捨ててやる。
「挨拶は終わりだ。絵と同じ末路をたどれ!!!」
とどめの一撃に選んだのは、首筋への斬撃。明確に殺意を込め、折れた大剣を振りかぶり、振り下ろす。型や流派のないシンプルな動作だったが、速度と切れ味は抜群だ。今までの攻防を見る限り、確実に通用すると断言できる。
「………………」
大財務長は言葉を発することはなかった。全てを受け入れ、斬首を待っているようにも見えた。……ただ、親の仇でも見るように僕のことを睨んでいた。見るからに地雷を踏んだのは分かった。だからといって、手が休まることもなかった。無抵抗を貫く男の首筋に大剣の刃が触れ、斬り落とそうとした時、それは起こった。
「黒き幸あれ」
気付かぬ間に僕の左足首を右手で握っていた大財務長は、詠唱。ガランと大剣が地面に転がった音が鳴り響き、何かしらの能力で攻撃を防がれたのが視覚的に理解できる。……だが、どうやったのかが分からない。やけに視点が低い景色に違和感を覚えながらも、僕は思ったことを真っ先に口走った。
『ニャーオ』
それは言語化されることはなく、言葉というより、鳴き声だった。




