第2話 序奏
9月7日朝。マルタ共和国。首都バレッタ。???。
「……」
石造りの地下牢内には、茶髪の冴えない青年がいた。
赤と白のボーダー服を着て、両手には手錠がつけられる。
出入りは鉄格子で制限され、扉は錠前により閉鎖されている。
牢上部に小ぶりな窓も存在するが、それも鉄格子に遮られていた。
「……捕らえられて、約4日。場所は聖エルモ砦といったところか」
限られた情報の中から、ラウロ・ルチアーノは予想を立てる。
眼鏡職人の肉体の知識に頼らず、生前知った情報だけで事足りた。
「よぉ、密入国者の旦那。朝飯を持ってきてやったぞ」
するとトレイを持って現れたのは、赤い修道服を着た男。
褐色の肌で、耳は尖り、ボブ風の黒茶色の髪で毛先を揃える。
顔は強面で、顎は割れ、中東系やイタリア系の血筋を感じられた。
「………」
献立はパンと水。鉄格子の隙間からトレイを受け取り、咀嚼。
味わうことなく、さっさと胃に流し込み、次のアクションを考える。
「まただんまりか。話せば、悪いようにはしないんだがねぇ」
強面の修道士は、トレイを回収し、独り言をこぼした。
鵜呑みにするのは危ういが、話すとなれば舞台移動は確定。
マルタ騎士団における権力者と接触できる可能性は極めて高い。
「だったら、口を割ってやる。お上のところに案内してもらおうか」
◇◇◇
「所属と階級は?」
案内された狭い別室で渋い声を響かせたのは、中年男性。
黒髪セミロングで、赤マントに白十字が刺繍された服を着る。
肌は白く、耳は長く、眉間に皺を寄せ、冷たい威圧感を醸し出す。
「マルタ騎士団所属、第三階級の修道士。それも、四大官職の一つ。大病院長のお出ましといったところかな。出だしとしてはまずまず。ただ欲を言えば、最高責任者である総長と面会したいところだったんだけどね」
ラウロは一切怯むことなく、真っ向から対立する。
質問の内容をあえて無視し、相手の肩書きに予想を立てた。
「……そちらの所属と、階級は?」
目くじらを立てることなく、大病院長は言い直す。
否定しないところを見るに、僕の予想は的中したらしい。
暗に認めているのだから、誠意を持って接しければ失礼だろう。
「国土安全保障省、超常現象対策局所属の代理者。階級は白。最底辺の末端だね。捕まったのが組織にバレれば、情報漏洩防止の観点から消されるのは僕だろう。……この国には証人保護プログラムはあるのかな?」
惜しみなく明かすのは、100%の真実。
だが、信じるか信じないかは彼の性格による。
「仮に事実としよう。証人保護も検討するとして、立ち寄った理由は何だね」
答えをいったん保留にしたまま、彼は話を進める。
階級通りというべきか、大人の話ができる人のようだ。
「地中海にある海底都市を捜していてね。ここにゲートがあると見抜き、立ち寄らせてもらった次第だ。……ただ、やはりというべきか、修道誓願済みの第一級騎士は手強いね。並みの人間とは覚悟が違う。末端の僕じゃ敵わないね」
「…………」
一気に本題に踏み込んだものの、満ちるのは沈黙。
大病院長は口を閉ざし、狭い石造りの別室は静寂に包まれた。
「海底都市ぃ? 何言ってんだ? あるわけねぇだろ、そんなの」
そこで同じく末端であろう修道士は、声を荒げる。
四大官職レベルは知らされているが、末端は知らない。
確定事項ではないが、状況から判断すれば概ね正解だろう。
「冗談だ。今のは忘れてくれ。本命はマルタ騎士団の実態調査。白教との密会が行われると独自の情報網から掴んでいてね。秘密裏に情報を収集し、組織に報告することが仕事だったわけさ。見ての通り、失敗に終わったわけだけどね」
空気と流れを読み、半分嘘で半分本当の情報を流し込む。
直近に見たデータベースでは、白教訪問は確定事項のはずだ。
海底都市訪問が本命なわけだが、表面的理由としては妥当だろう。
このまま信じてくれれば、こちらの都合よく物事を運ぶことができる。
「質問を変えようか、捏造者。……相棒をどこへ逃がした?」
しかし大病院長は、黄金色の瞳を輝かせ、嘘を見破る。
これはこれは……思った以上の慧眼の持ち主のようだった。
◇◇◇
同日同時刻。マルタ共和国。首都バレッタ郊外。
石造りの統一感ある街並みを歩くのは、大人の女性。
長い金髪にサングラスをかけ、白ワンピースにサンダル。
つば広の帽子を深く被って、マルタに訪問した観光客を装う。
――正体は、代理者リディア。
ラウロと共にマルタ共和国を訪問し、逃亡。
慎重を期した上で、ようやく首都へと潜入していた。
「…………」
訪れるのは、ヴィラ・ガーダマンギアと呼ばれる別荘。
第二級指定建築物に認定される、由緒ある家が見えていた。
迷うことなく階段を上って、玄関前にある木製の扉で停止する。
「――」
コンコンと真鍮製のドアノッカーを鳴らし、訪問を知らせる。
現れた最上級秘書官に言伝を頼み、しばらくして現れたのは少年。
背は130cm程度、青髪を特徴とし、寝間着のまま杖と本を抱えていた。
「おはよう。……えっとぉ。お姉さん、誰?」
眠気まなこをこすりながら、少年は夢見心地に尋ねる。
彼こそがラウロ様救出の鍵。とある王室における最高権力者。
「お初にお目にかかります……イギリス国王アルカナ・フォン・アーサー。私はリディア・カデンツァ。超常現象対策局『ブラックスワン』の代理者でございます。厚手がましいようですが、王位継承戦の縁と所縁をもってして、殿下の力をお貸し願えますでしょうか」




