第18話 王手
突如訪れた停電。それは、宮殿内のみならず、首都バレッタ全域に広がった。地響きを伴い、市民とマルタ騎士団の混乱を生む。いかな手練れであろうとも、理解のためにコンマ数秒の遅れを生む予期せぬ災害。それをあらかじめ予期していた場合、総長ならびに大宗務長であろうとも反応できない黄金時間が存在していた。
「――――」
0.1秒。不可避の間隙にカルド枢機卿が謁見の間に形成したのは、黒い結界。意思の力を基盤とし、繊細な出力コントロールによって空間を自在に区切り、様々な条件を課す術。いわゆる、結界術と呼ばれるものを披露していた。
危惧していたのは、初動を止められること。四隅にセンスを展開し、正方形が作られるまでの間に干渉されれば、ひどく脆い。停電が伴わなければ、術者か結界の土台に攻撃が加えられ、展開を真っ先に阻止されていただろう。
場合によっては、一撃必殺。
場合によっては、一生捕縛。
可能性は無限であり、勝敗に直結する要素になり得る。だからこそ、煮詰まった意思能力戦では一、二を争うレベルで警戒され、熟達した手練れにはまず通らない。そもそも通る状況だったとしても、普通はやらない。白教の枢機卿という立場でマルタ騎士団の総長に牙を剥けば、冗談では済まされない。
「貴方が先に手を出された。その意味はお分かり?」
黒い結界の中で、赤いセンスを滾らせるのは大宗務長。
隣の玉座に座る白銀の鎧を着た総長は、沈黙を貫いている。
自分含め、結界内には三名が収容。その他諸々は結界外にいた。
「いいや、先に手を出したのはそちらだ。妻の仇は取らせてもらおう!」
私は両手の指の間に六本の黒い螺子を生成し、迷わず投擲。
もう後戻りはできず、目下の障害となる大宗務長の排除を優先した。
「ちっ」
舌を鳴らす音が聞こえ、元いた地面には螺子が突き刺さる。
すでに彼女は射線上から姿を消し、背後に回り込む気配があった。
「「――っ!!!」」
振り向きざまに左足で蹴りを放ち、右拳を叩き込んだ。
体術は相打ちの状態で、黒と赤の異なる閃光がほとばしる。
それにより、おおよその敵の力量を察し、得意系統を絞り込む。
(肉体系だな。体術は五分、センスは私が上、筋肉量では不利か……)
病的にやせ細った身体では、相対的に劣る。肉体での勝負には限界がある。拳を弾いた反動で距離を取り、黒い螺子を再び六本生成して、早々に見切りをつける。遠距離戦に持ち込めば有利。接近戦に持ち込まれれば不利という図式。
勝敗を分けるのは――いかに距離を詰められないか。
射程外から黒螺子を投擲し続け、ジワジワと体力を削り、強みを一方的に押しつけるのが理想の展開と言える。どこかのタイミングでガードせざるを得なくなり、その時こそが勝負の分かれ目となるだろう。……その逆もしかり。
「聖十字礼装――【拳天槍牙】」
彼女の両手に纏われるのは、赤色の両手甲。その先端部分には、パイルバンカーの如き突起物が見え、距離を取った私に照準を合わせている。響く音色には心当たりがあり、能力と背景を理解できてしまったからこそ判断が遅れた。
「……磔の刑に処す!!!」
両手甲から放たれた二つの突起物は、私に向けて飛翔。ワイヤー式のアンカー構造になっており、意図した通りになってしまえば、その末路は目に見えていた。回避を優先するも、追尾する仕様になっており、振り切ることができない。
――それなら。
「………………」
わずかな間隙に、二本の太い黒螺子を生成し、両手で握る。
彼女とは真逆の方向に投擲し、その間にも突起物は迫ってくる。
肉薄と言えるラインまで接近し、回避困難な状況を自ら作り出した。
――だが。
「…………ッッ!!!」
顔を歪めた大宗務長は、身に迫った突起物の方向を転換。
得体の知れない黒螺子から総長を守るために槍を飛翔させる。
――生じたのは致命的な隙。
彼女の両手は塞がり、回避できる方向は限られる。
すぐさま六本の黒螺子を生成し、逃げ道を塞ぐよう投擲。
総長はともかく、大宗務長との決着は片が付いたと思った矢先。
「……っっ!!?」
目の前には、反対方向にあったはずの飛翔する突起物。想定外の展開に回避が間に合わず、片方の槍が私の右腕を貫く。ジャキンと音を立て、肉を貫いた突起物は十字型の槍に変化。釣り針のような要領で引っかかり、簡単には抜けない形状。
(いつの間に移動を……。いや、そういう次元ではないな。安易に浮かぶのは、対象の位置を入れ替える能力だが、それも納得がいかない。総長が操る能力が、そんなチンケなものであっていいはずがない。もっと崇高で神秘的。世界の真相に迫る能力だと仮定するなら……)
キュインと音が鳴り、大宗務長の右手甲と槍を繋げるワイヤーに引き寄せられながら、能力を考察する。回避不能の状況に陥りながら、思考に没頭する。反撃に転じたとしても意味がない。恐らく詰んでいる。何をやっても結果は変わらない。
「悔い改めなさい!!!」
密着状態で放たれたのは、渾身の左アッパー。
視界が明滅し、私の二度目の復讐は失敗に終わる。
だが、前回と違って何も収穫がなかったわけじゃない。
(総長の意思能力は……因果の、入れ替え――)
結論に至り、バタンと音が鳴る。そこで私の意識は途絶えた。