第17話 異常
騎士総長の宮殿、出入り口前。
大門の前には、大財務長が立っていた。
門に手をかける気配はなく、振り返り、言った。
「手荷物検査や武器防具のお預かり……なんて無粋なことはいたしません。謁見の間までご案内しますが、一つだけ遠慮願いたいものがございましてねぇ」
「……なんでしょう?」
「聖遺物の持ち込みは原則禁止とさせていただいております。ご退室願うか、別室での待機となりますが、どちらを選ばれますかな?」
明かされたのは、唯一の条件。視線が注がれるのは、私の右肩にいる蝙蝠型の聖遺物『カマッソソ』。教皇の代理かつ、枢機卿という立場から考えても、退室することはできない。かといって、何の対策も講じず、別室で待機させるのは愚行。第三者の手に渡るリスクを考慮すれば、何らかの手は打つべき。
「無論、後者としましょう。……イブ、彼女を頼みますね」
「うおっ、責任重大。……ではなく、任されました枢機卿」
私はカマッソソを手渡し、イブはそれを受け取る。一度怪しい行動に出た彼女に一任するのは不安だったものの、一度の失態で見限る人間にはなりたくない。チャンスを与えるといった手前、引くに引けず、この場にいる白教派閥はイブのみ。あらゆる要素から考えても、彼女が適任であり、信用に値する相手かどうかを見定めるには、ちょうどいい課題だと言えた。
「――――ッッ!!!!」
そこで遅れてやってきたのは、頭痛。ズキンと脳が割れるように痛み、大量の情報が頭の中に流れ込んでくる。片頭痛や神経痛という次元を遥かに超え、気が狂いそうになるが、この仕組みを前もって理解していたことが正気を保たせた。
「…………」
消された記憶を取り戻す条件は満たされた。
カマッソソに手で触れたことで、私は元に戻った。
「あの……顔色が優れないようですが、ご気分でも……」
「いえ、何も問題はありません。計画通り、謁見は続行します」
ここまで来て、迷うことなど何もない。
後ろを振り返ることなく、私は宮殿に足を踏み入れた。
◇◇◇
騎士総長の宮殿。大使の間。
そこに集う面々は、ソフィア、ダヴィデ、ジュリア、ビリー、刃影、イブ+α。聖遺物を所有していた者と、あえて謁見の間から席を外した者と、先に訪れていた者。私個人としては、さっさとイブが大事に抱えるカマッソソに接触して、答え合わせをしたいところだけど、場は少し複雑だった。
「わーお。帝国の六英傑が二人+棟梁もいる。……どういう状況?」
視線の先には、白い鎖に繋がれる夜助と椿。その鎖を掴んでいるのは、王位継承戦でも見かけた、帝国の隠密部隊『滅葬志士』所属の隊長格アミ。経緯は一切読み取れないものの、帝国の手練れが集まっているのは間違いなかった。
「情報料は帝国レートで30億円になりますが、いかがでしょうか?」
継承戦当時は第二王子アルカナに仕える敵だった。無条件で話してくれるって間柄でもなく、吹っ掛けられるのはお金。ドルで換算すれば、約2050万ドル。地方都市のビルを一棟丸々買えるぐらいの額って感じかな。それを高いと思うか安いと思うかは個人の感覚による。アメリカの政府機関に勤め、その上澄みも上澄みの地位にいる私の場合は……。
「当然、ペイするよ。現金、株式、債券、小切手、暗号通貨、電信送金、ネット決済、貴金属、美術品……何でもござれだけど、何がいい?」
ノータイムで快い反応を見せ、相手の出方を待つ。ハッタリでもなんでもなく、全部用意できる。王位継承戦で戦闘力を初期化された今となっては、身の丈に合ってないお金だけど、本人の状況や状態にかかわらず減額されないのが資産価値の良いところ。悪い面もあるっちゃあるけど、この場においては都合がよかった。
「現金と電信送金は別の枠組み……」
アミはハッとした表情を作り、イエスでもノーでもない反応を見せた。
「言葉尻から察するには、期日と条件が決められた資金集めに苦労してる感じ?」
「ええ、まさに。訳あって3日以内に帝国レートで300億円の『現金』を用意しなければいけないのですが、『電信送金』だと条件を達成できないということに今気づいた次第。首都で資産を現金化したい場合、何が最短なのでしょうか」
「それ……タダでアドバイス貰うつもり?」
「一つ私が組織に『借りを作る』……なんていかがでしょうか」
「乗った! 話が分かるねぇ。さすがは王位継承戦を勝ち抜いた女」
「建前は結構。それより、本題をお願いします」
お互いに実りのある会話を進め、口約束で契約は成立。
先に私が支払いを終えたら、アミの情報が開示される状態。
気心の知れた仲だし、この場において嘘をつく必要はなかった。
「奴隷は通貨。マルタ共和国では現金と同じ枠組みにある。資産の形式を問わず、300億円相当の価値を用意して、交換すればいい。後は分かるでしょ?」
「単価の高い奴隷を買って、献上する。ですが、それは……」
「道徳的にも倫理的にも終わってるよね。まさしく、『異常』だよ。でも、誰も手出しできない。それを裏で取り仕切ってるマルタ騎士団は、あらゆる国家に縛られず、独自のルールや司法制度で成り立ち、活動する地域は全て治外法権。表向きは慈善団体で国交が良好なのも彼らに都合がよく、組織的犯罪の温床になり、奴隷に関する情報を摘発した者たちは真っ先に消される。だから、誰も手出しできない。団員も手練れ揃いだから、全盛期の私でも壊滅するのは不可能に近かった」
「…………」
与えられたショッキングな情報に、アミは口を閉ざした。前情報を知らなかったなら無理もない。ここまでの大規模な犯罪をなかったことにできる組織は、世界中を見ても両手の指で収まる程度しか存在しないからね。善側に立とうと心がける『滅葬志士』としては寝耳に水というかなんというか。彼女がここに訪れた目的は不明だけど、その根幹を揺るがす問題なのは間違いなかった。
「以上だけど、何か質問は?」
「壊した方がいいのでは? こんな組織」
「同感だね。私が個人で動けるならとっくにやってるよ」
質疑応答の果てに、行き着いたのは一つの結論。
彼女が認識していた常識が覆ったところで、それは起きた。
「「――――!!!」」
停電。大使の間には暗闇が訪れ、場は予期せぬ方向に動き出した。