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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第158話 その先

挿絵(By みてみん)




 正しいってなんなんだろうな。僕が正しいと思ったことでも、相手にとっては間違っていたりする。善だと心から信じていたことが、相手にとって悪だったりする。リーチェさんの言うように、僕は善悪の境界線を自分で定めた。復讐を全否定し、『やられても気にしない』、『やられる前に止める』と自分の進むべき道を決めた。それだけで大人になれたような気がした。……いや、そこらの大人よりも賢いとすら思っていたかもしれない。でも、その先があったんだ。ラウラとの勝負に勝ったはずなのに、ちっとも嬉しくない。僕の心は満たされない。


「……」


 僕は画廊内の天井に空いた大穴を見つめる。そこから見える円形状の銀結晶を眺める。現実は厳しいな。悪を蹴散らして、スッキリして終わり、なんて分かりやすい結末は用意されていない。というか今までは、相手のことをよく知ろうともせず、悪だと断定して、正しさを押し付けていただけなのかもしれない。


『決まってるじゃありませんか。エンターテインメントショーですよ』


 ふと思い返されるのは、元米国大統領レオナルド・アンダーソンの言葉だった。人を駒のように扱い、僕たちを焚きつけ、最後まで悪役に徹し、散っていった。あれは彼の本心だったんだろうか。それとも演技だったのだろうか。結果として儀式は成功し、僕たちは白き神の力を得た。『神格化』の影響を受けず、自我や感覚が残った状態で神の力は支配下にある。もし仮に全てが計画通りだったとしたら、この先に何を見ている。彼が思い描いた夢の果てには一体何がある。


「――――」


 物思いに耽っていると、コツンというヒールの靴音が鳴る。空いた天井から画廊に着地した人物がいた。長い七色髪を揺らし、肌の露出が激しい赤と黒のドレスを着て、優雅に登場する。僕はこの人を知っている。浅からぬ縁がある。


「アウロラ・ルチアーノ……。どうしてここに……」


 自然と脳内では灰色猫が浮かび、目の前の人物と一致する。どうやら、僕たちが戦っている間に大財務長グランドトレジャラーと接触し、猫化を解いてもらったみたいだ。


「ラウラが倒れたら、次は私の番。悪いけど、そういう決まりなの」


 端的に目的を明かし、身に纏われるのは七色のセンス。表面的な量は大したことないけど、内面的な質は計り知れない。それが光の輝きに顕著に表れている。ラウラの完全上位互換というか、センス効率を極めた一種の完成形のようにも思えた。


「……君は僕に勝って、何を得るの?」


 考えなしに戦いを始める前に、僕は問いを立てる。彼女のことを根掘り葉掘り聞くつもりなんてない。ただ、今と関係する事柄なら聞く権利はあるはずだ。もう昔には戻れない。戦う相手を無条件で悪だとこき下ろしても、僕は満たされない。


模造世界モンド・フィント。人間界、悪魔界、煉獄界、天界に次ぐ第五の世界を構築する権利を得る」


 語られたのは大層な野望。言葉だけ聞けば実現不可能なように思えるけど、不思議と可能だと思わせるような自信を兼ね備えていた。


「理由は?」


「猫を含めた化け物によりよい住処を与える。人間にばかり都合のいい法律で縛られた世界にはもううんざりなのよ」


「各界と対立することになってもいいの?」


「私たちは誰のものでもない新しい大地で生活するだけ。その権利を奪おうとするなら誰であろうと立ち向かう。例え、神であってもね」


 会話はここで終わりだ。これ以上掘り下げたところで埒が明かない。相手が心を閉ざしているのだから、僕が何を言っても変わらない。彼女の言い分にも一理あるし、一概に間違っているとは言えない。グレーゾーンってやつだ。僕は善悪の曖昧な世界で生きている。それを自覚した。ラウラの戦いで得ることができた。白と黒でハッキリ物事が片付くようなことの方が少ないんだ。それでも戦わなければならない時がある。それが今だ。この瞬間なんだ。総長としてのあるべき姿なんだ。


「誰のものでもないか……大きく出たね。模造世界モンド・フィントはマルタ騎士団保有の財産だ。盗人猛々しいにもほどがある。奪いたいなら奪ってみろ!! 千年に渡る歴史と伝統を受け継いだ僕が相手だ!!!」


 ◇◇◇


 盗人。奪う。その言葉を強調し、総長は私を悪だと断ずる。間違っているとは思わない。なんらおかしなことは言っていない。私たちの価値観が合わない。ただそれだけ。立場も状況も思想も歩んだ道も違うのだから、無理もない。いくら世界平和を祈ったところで、戦争がなくならないわけよね。話し合えば歩み寄ることができる人もいるけど、どれだけ話しても歩み寄れない人もいる。どちらも折れることができなかった場合、対立する。中身に多少の違いはあれど、何百回、何千回、何万回、何億回と繰り返して、今の人類がある。私たちの戦いは人類史のページに刻まれる。勝者が歴史を綴り、結果が未来に伝わる。良くも悪くもこの戦いは人類と化け物の境目を決める。負けられない理由がある。勝たなければならない訳がある。それを一から十まで語って分かってもらおうとは思わない。私はただ……。


「――――」


 不平不満や憤りを心意気に変え、身構える。長々と戦うつもりはない。総長が消耗しているのは知っている。ラウラとの戦いで残量が30%から40%辺りに落ち込んだのが見て取れる。攻防は一回。それでこの因縁にケリをつける。


「言っとくけど、加減はできないからね!!!」


 総長は戦闘を開始する。踏み込んで、右拳にセンスを集中させている。言葉ではそう言いながら出し惜しんでいるのが分かった。ラウラとの戦いで見せた燐光が伴わなかったことで、手を抜いているのは明らかだった。


北極ノーザン――」


 私は意思能力の発動に必要な言葉を並べる。そこまで言えば伝わる。総長の脳内にはある映像が浮かんでいるはず。心に焼き付く絶景を思い出したと思われる。想定通り、銀の鎧の身体が硬直する。センスに淀みが生じ、迷いが生まれる。進むべきか、退くべきか。技の正体を知っているがゆえに、一手遅れる。


「――――」


 私はそれを見逃さなかった。詠唱をキャンセルし、淀みない動作で前進し、総長の鎧兜を右手で鷲掴む。ハッとした表情を作り、呼吸が乱れる姿がありありと浮かぶ。もしかすれば、この後の展開にも想像がついたのかもしれない。だけど、何もかもが遅い。シンプルな動作かつ、対象までの距離は近い。気付いた頃には終わっている。無意識下に落とし込んだ無駄のない行動に対し、意識を乱された彼が読み合いの速さで私に敵うわけがない。


「ここ、は……っ!!!!」


 一手遅れて総長は私の思惑に気付く。壁に接触し、事態を把握する。そこは画廊の最奥。巨大な壁画が飾られ、荘厳な門が描かれている。ただの絵画であれば何の意味もない。しかしこれには、世にも珍しい付加価値があった。


「いってらっしゃい。ここではない何処かへ」


 行き先は水中か、もしくは過去か。絵画は都市ラグーザのゲートに直結する。総長さえいなくなれば、『開かずの間』の掌握は容易い。そうなれば模造世界モンド・フィントは……。


「気を、緩ませたな……っ!!!」


 総長は私の右腕を左手甲でガシリと掴み、拘束する。勢い余るままに引っ張り、私ごと絵画に引きずり込む。力で抗うことはできない。センス量で劣り、身体能力の強化も肉体系の総長には遠く及ばない。


「一緒に堕ちてもらうぞ、混沌へ……っ!!!!」

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