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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第157話 正論

挿絵(By みてみん)





 脳が揺れる。視界が爆ぜる。銀光が駆け巡る。ビッグバンの真っ只中にいるような感覚だった。何が起こってるか分かったもんじゃねぇ。ただ、僕は生きていた。死にはしなかった。ジェノαの全力を受け切ってやった。面白いのはこっからだ。


「…………」


 目が眩み、焦点が定まらない中、僕は動き出そうとした。しかし、身体はピクリともしねぇ。重度の精神病患者がベッドで拘束されてるみてぇに、四肢は自由を奪われていた。……何が起きた。反射的に目をぱちくりさせようとするが、瞬きもできないことに気付く。状況が一切分からないまま狼狽えていると、視力は徐々に回復しつつあり、鎧と思わしき輪郭が見えた。


「終わりだよ、ラウラ」


 そこで聞こえてきたのは、ジェノαの物悲しそうな声だった。勝利を確信し、期待外れだと言われた気がする。反論したいことは山ほどあったが、物理的に話せねぇ。口を開けなかったことに気付かされた。それにより、おおまかな状況が見えてくる。拳を受けた→何らかの能力が発動した→全身を拘束された。ってオチだな。あの大出力で技を放ったなら、発動した時点で勝利を確信してもおかしくねぇ。


「終わってねぇよ、ボケが」


 だが、僕は易々と拘束を破った。身体から発せられる〝熱〟が拘束具を溶かした。自然と周囲に飛び散ったのは銀結晶。どうやらこれが能力の正体らしい。センスを結晶に変え、相手を閉じ込める。シンプルだが、理に適った能力だ。相手を傷つけたくないという思いが可視化された、ジェノαらしい発想とも言える。……まぁ、だからなんだって話だ。必要以上にこいつを持ち上げる意味はねぇ。敵の攻撃は僕に通用しなかった。重要なのは結果だ。僕が優勢なのは疑う余地がなかった。


「ふーん。だったら、因果逆転リバーサル


 すかさずジェノαは両手で円を描き、意思能力を発動する。厳密な可動域は不明だが、恐らくこいつは、指定した結果を逆転させる。銀結晶が通用しなかった→銀結晶が通用した。といった具合に事象を改変できると思われる。


「残念ながら、そいつは対策済みだ!!!」


 僕は右手甲の小指を引っ張り、運命の糸を引き寄せる。それは意思能力を放ったジェノαの右手甲の小指に通じ、互いの因果を固定化する。切っても切り離せない関係ってやつだ。ここに嘘や偽りはなく、誰かに改変させる余地は与えねぇ。


「――っっ」


 結果として、因果逆転リバーサルは不発に終わる。ジェノαは否応なく僕に引っ張られ、たたらを踏むように懐まで手繰り寄せられる。不意を突いたからか、フィジカルの押し引きで勝てたからか、どっちでもいいが、大事なのは今この瞬間だ。


「観光地巡りといこうや!!」


 僕の右拳はジェノαの頑強なセンスを突き破り、鎧兜を打ち付け、場外へ飛ばす。糸の可動域は約三メートルに設定していたが、僕が意図的に操作した場合、距離は伸ばせる。釣り竿とおんなじ要領だな。僕はリールを使って糸の長さを調整できるが、餌に食いついた魚は糸をコントロールできない。だから、糸が結ばれた時点で、ずっと僕のターンなんだ。攻守交替はない。今までジェノαは僕に泳がされていた。勢い余って糸が切れる可能性が唯一の懸念点だったが、そうはならなかった。


「……ぐっっ」


 飛距離は伸びに伸び、放物線を描き、建物を突き破り、僕たちは新たな舞台に辿り着く。――マノエル劇場。中世にタイムスリップしたようなオペラハウスが広がっている。最奥にあるステージに僕たちは着地し、無観客での即興劇が開始される。


「猫市だったか。奴隷を売買する隠語だな。どういうつもりで見過ごした」


 僕は教皇として総長を責め立てる。白教内で枢機卿の地位を持つ格下を相手に、責任を問う。猫の時は言葉が通じなかったが、今なら話せる。どんな回答をしても勝負は続行するが、マルタで消化しておかなければならない問題の一つだった。


「僕なりの証人保護プログラムだ。身分を隠さなければ殺される人を集めた」


 ジェノαは筋の通った回答を示す。直接見えたわけじゃねぇが、曇りのない真っすぐな瞳で僕を見つめているのが分かった。言ってることはもっともらしいが、それを鵜呑みにするほど僕はピュアじゃねぇ。


「じゃあ、猫たちは模造世界モンド・フィントのバッテリーじゃねぇんだな」


「それは……」


 ジェノαは言い淀む。瞳が揺らいだのが分かる。


「都合のいいことばかり、言ってんじゃねぇぞ!!」


 僕はジェノαの顎下辺りを殴りつけ、再び舞台移動を開始する。僕たちを結ぶ糸は伸び、放物線を描き、僕たちを新たな舞台へと引き寄せる。――聖エルモ砦。ラウロ・ルチアーノが囚われ、精神的な死刑の原因になった場所だ。僕たちは謎の巨大戦車が鎮座する中庭に到着し、先ほどと同じように睨み合う。


「独自の法体制で何人が犠牲になった。それを何とも思わねぇのか」


「それがマルタ騎士団の伝統だ。僕一人でどうにかできるもんじゃない」


 ジェノαは御託を並べ、責任から逃れようとしている。当事者じゃなく、被害者面をしているような印象さえ受けた。


「言い方を変えよう。お前は何人に死刑を下した」


 僕は遠慮なく本題に踏み込む。騎士団は独自の法体制をもとに裁判をかけるが、判決に時間をかけないらしい。詳しくは知らねぇが、訴えられた野郎の善悪を見定める秤のようなアイテムがあると僕は読んでいた。四大官職のうちの誰かがその役割を担っていると考えていたが、新しい総長に代替わりしたことで、裁判は変わった。こいつらの用語では、『速攻裁判』っつうらしい。流れ作業のように人の生死を決め、弁護をする隙は与えない。極めて非人道的であり、僕も親父を殺された以上、他人事のようには思えねぇ。その諸悪の根源は目の前にいると読んでいる。


「僕は……やりたくなかった。でも、やらざるを得なかった。明らかに騎士団の裁判は機能していなかった。仮に処刑されなかった悪人が世間に野放しにされ、誰かを殺した場合、僕がやったことは正しかったことになるよね」


 ゾワリと背筋に凍り付いたと同時に思う。……なぜ教えてやらなかった。誰も指図しなかった。間違ってると言ってやらなかった。こいつはまだ十歳やそこらのガキなんだ。いくら精神が熟達したとて、人の生死に携われるほどの知識や倫理観は備えてねぇ。自分では出来ていると思っているかもしれねぇが、それは周りが甘やかした結果だ。総長という大層な肩書きがジェノαを腐らせた。今のやり取りでそれを確信した。権力は人を駄目にする。若くして成果を出したやつが陥りやすい、典型的な失敗例だった。


「人は殺さない。それがリーチェと交わした約束だったな」


「そうだけど、それがなに?」


 一見、なんでもない発言が僕の逆鱗に触れた。白のセンスに黒が入り混じる。ジェノαに向けられた感情が可視化される。


「お前はとっくに人殺しだ!! 自分で手を下せない卑怯者だ!!!」


 僕はジェノαの胴体を思い切り蹴りつけ、浮かび上がったところを右拳で叩きつける。落ちた場所には巨大戦車があり、勢い余って木っ端微塵に吹き飛んだ。普通なら死んでるが、あいつはしぶとい。こんなところでくたばるやつじゃねぇ。


「まだ説教は終わってねぇぞ!!!」


 落下の衝撃によって生じた土煙の中に入り、僕は次なる舞台へ移動するため、ジェノαを捜す。今までと同じように殴って、間違いを指摘する。その繰り返しだ。


「僕にも言いたいことがある!!!」


 気付けばジェノαは懐に忍び込み、間隙を縫う右拳を放った。的確に僕の左脇腹を捉え、明後日の方向に飛ばされ、今度は僕が追われる立場となった。糸の制御は全く効かず、どういうわけか主導権はジェノαに握られている。


「「…………」」


 たどり着いたのは、聖堂内にある画廊。白銀の鎧が描かれた絵画が壁にデカデカと飾られている。


「君は騎士団の尊厳を踏みにじろうとした。信仰の対象をズタズタに切り裂こうとした。それがどういうことか分かる?」


「あの時はそうするしか……」


「僕たちは神に祈ることで心を保っている。君がこれを切り裂けば、命を絶つものが大勢出ただろう。そうなったときに君は責任を取れる?」


「それは……」


「知らない、関係ないとは言わせないよ。君は一歩手前までいった。宗教画を通して、信者の心を切り刻む愚行に及ぼうとした。そんな奴に説教をする資格はない。僕は間違っていたのかもしれないけど、君がマルタでやった行いが全て正しかったことにはならない!!!」


 感情を爆発させ、放たれたのは燐光を伴う右拳。胴体に直撃すると、聖堂内の天井を突き破り、否応なく上空に飛ばされる。どちらが間違っていて、どちらが正しいか。この議論に終わりはねぇのかもな。人の欠点を探せばいくらでも見つかる。できていないことを指摘すれば、優位に立てたように思える。でも、結局はどっちも未熟だ。人に正しさを押し付けてる時点で三流以下だ。教皇や総長なんて肩書きがあるからおかしくなるんだ。偉いと勘違いするんだ。僕たちはただの人だ。数十億分の二っつう矮小な存在だ。……あーあ。こんなことなら教皇なんて安請け合いするんじゃなかったぜ。身の程を弁えていれば、こんな面倒くさいトラブルに巻き込まれることもなかったのによ。


「…………」


 僕は再び結晶化する。物理法則を無視し、空中で固定化される。突破するには〝熱〟が必要だ。でもよ、もう疲れちまった。現実を突きつけられて、萎えちまった。だから少しだけ休ませてくれ。僕からのほんのささやかなお願いだ。

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