表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

156/162

第156話 リミッター

挿絵(By みてみん)





 僕とジェノαはセンスの糸で結ばれている。右手甲の小指同士を繋ぎ、動ける距離を大きく制限する。可動域は約三メートルってところか。石造りの建物屋上を武舞台とし、周囲に一般人はおろか、使い手もおらず、誰かを巻き込む心配はない。建物を無茶苦茶に壊しても、直接的な損害を被る奴はいねぇ。なんの憂いもなく思いっきりやり合える神環境だ。勝敗は気絶した方が負けっつうシンプルなルールで、ノイズや不純物は一切混じってない。お互いが隠し持っていた手札もほとんどが開示され、限りなく五分に近い状況になった。


「…………」


 嫌でも目に入るのは、ジェノαの体表面に纏われる銀の燐光。長期戦を『諦める』と宣言したが、短期戦を『極める』と言ったのと同義だ。奴の性格から考えても、センスの特徴から考えても、全くもって正しい。自己分析を重ね、今の状況を照らし合わせて導き出した、ジェノαの最適解ってやつだ。まともに付き合えば、僕が壊れる。長期戦向きのビルドにした能力には限界がある。


 ……だが、やってみてぇことがあるんだよな。


「来ねぇなら、こっちから行ってやる!!」


 後手に回り続けた僕は、ここにきて先手に回る。相手の得意な土俵だと分かった上で、自殺紛いな特攻を開始した。さっきとは違って、回避に限界がある。蜃気楼で誤魔化そうとすればすぐに分かるようになった。だからこそ、正面からの殴り合いで強い方が勝つというフェアな戦場が成り立つ。僕は距離を縮め、右腕を振りかぶり、今出せる全力のセンスを込め、それをそのまま相手の鳩尾辺りに打ち付ける。


「…………」


 それは当然の如く通用しなかった。ジェノαが纏う銀の鎧とセンスを突破できず、ダメージを与えられずにいる。単純な攻防力では向こうが圧倒的に上だ。何度やっても無駄と感じるような決定的な壁を感じた。


「らぁぁぁぁああああっ!!!!」


 構うことなく僕は果敢に攻めた。拳に蹴りに頭突きをかまし、あくまで接近戦にこだわった。やや後退させる程度の威力は発揮できたが、有効打には程遠い。鎧も肉体も大した差はないはずだが、やっぱ明確な差を作ってるのはセンスだな。こいつさえ攻略できれば、ただのガキだ。意思能力や鎧の性能を考慮に入れても後れを取らない自信がある。問題は、いかにしてセンスを突破するかだ。


「その程度? だったら今度は僕の番だ」


 たった一発。ジェノαは右拳を放ち、反撃を試みる。糸を通じて分かる。こいつは本物だ。なんの手練手管も施されていない裸の拳だ。能力やフェイントを加味したとしても、避けることは可能だった。何らかの意図を込めれば、糸で伝わるからな。相手の心を読むまではいかないが、動きには敏感だ。高度なモーションセンサーと言ってもいい。普段とは異なる挙動を見せた場合、変化を察知し、報告される仕組み。それは、ジェノαもなんとなく分かってるはずだ。ジャブ程度の感覚で放ち、避けられる前提で動いているはず。


「……っっ」


 僕はあえて拳を受けた。顔面で受け止め、数メートルぶっ飛ばされる。だが、糸がピンと張り、ボクシングのリングロープのような働きを見せ、停止。建物にぶっ飛ばされ、隠れたり、策を巡らせたりというターンはやってこない。良くも悪くも間が途切れることなく、徹底的な肉弾戦が継続する。


「意外だね。君なら避けられると思ったんだけど」


 特に動揺の色を見せることなく、平坦なトーンでジェノαは言った。受けても避けてもどちらでも構わないが、こちらの優位は揺るがない……という、圧倒的な自信を言葉の節々から感じられる。実際、糸で繋がった状態はジェノαにとって有利だった。体術に特化した肉体系を相手に、逃げ隠れできないリングで戦うのは無理がある。蜃気楼を封じられたといっても、それを補って余りあるフィジカルの差が僕の最大の障害となっていた。


「『避けられなかった』と『避けなかった』。パンチを受けるという結果は同じだが、両者の間には大きな隔たりがある」


 僕はジェノαを攻略する鍵を既に持っている。


 ◇◇◇


 ラウラに大幅な変化は見られない。体表面のセンスが爆発的に増えたわけでもない。ただ……。


「君は『避けなかった』。わざと攻撃を受けた。【断熱圧縮】を加速させるために、僕の拳とセンスを利用した」


 白い鎧の表面から煙の如く発生する水蒸気を見つめ、僕は考察する。


「よくできました。僕の能力の性質上、長期戦が有利なのは間違いないが、短期戦が不利だと言った覚えはない。お前が後者を望むなら、僕はその熱量に応じて加速度的に成長する。どうすれば攻略できるか、なんて言うまでもねぇよな」


ラウラは挑発するようにあえて手の内を明かし続ける。引くに引けない状況というか、遠慮している場合じゃないというか。勝ち負けにこだわるなら、手加減をする余裕なんてないほどにラウラは戦いの中で進化し続けている。


「…………」


 僕は心のどこかで『殺してはいけない』というセーフティがかかっていた。あり余るセンスを全力で発揮できずにいた。それが悪いこととは思えない。人間の良識の範囲内に収まる善いことだ。……だけどそれは、僕の成長を鈍化させる。世間が作った良識や倫理観やマナーに縛られているうちは、その枠組みの中でしか実力を発揮できない。超法規的存在が現れた時に、対応することができない。世間に遠慮して、顔色を伺って、100%の出力を出し惜しみ続ければ、常に全力で戦ってきた相手にいずれは追い抜かれることになる。才能がなんだ。センスがなんだ。得意系統がなんだ。良識やマナーなんてものはなんの役に立つ。自分を擦り減らして、他人のご機嫌をとってなんの意味がある。時代によって移り変わる曖昧な基準や物差しに、無理やり僕を当てはめなくてもいい。結局は全員死ぬんだ。『殺し』を正当化するつもりはないけど、必要以上に『不殺』を美化するな。ケースバイケースってやつだ。彼女は僕の全力を耐えられる。受け切れる。その上で倒れてくれる。次のステップへ進むためには欠かせない相手だ。脳のリミッターを外せ。リーチェとの約束は無視しろ。今、この瞬間のためだけに僕の全てをさらけ出せ!!


「そこまで言ったんだ。死なずに受けてくれるよね?」


 細やかな攻防なんていらない。技も能力もフェイントもいらない。僕はセンスで他を圧倒する。ありとあらゆる困難や障害を一点突破する。それを大言壮語だと言われないぐらいの実力は備えているつもりだ。これまでは受け止められる相手がいなかった、それだけのことなんだ。燐光を伴う銀のセンスは右拳に集中し、一点に凝縮される。際限なく打てるほど僕のセンス効率は高くない。恐らく、最大で三発。限りある意思を僕は右拳に込める。人を殺す可能性がある力を、骨と肉と手甲の上に纏う。お互い逃げ道はない。問答に意味なんてない。それでも……。


「生き残るどころか、更に強力になって立ち上がると約束してやるよ」

 

 円形状に発達した白光を纏い、ラウラは期待に応える。これは一方的な暴力じゃない。お互いにとって最善手を模索し続けた上での選択だ。事前に手札を明かされたからこそ分かる。遠慮する理由がなくなる。僕の全力を耐え切れば、彼女のセンスが飛躍的に向上するのは事実。だからこそ、僕のやるべきことは一つなんだ。


「「…………」」


 糸と糸が引かれ合う。ピンと張り、やがて弛緩し、片方を引き寄せる。拳にあれこれと手を加えようかと思ったけど、やめた。究極的に言ってしまえば、肉体系に必殺技はいらない。不純物が混じれば精度が落ちる気がした。とはいえ、意思は込めたい。イメージを力に変えたい。やるべきことは決まっている。だから考える余裕があった。ネーミングに意識を巡らせる余白が生まれていた。


 ふと銀の燐光が目に留まる。どういう仕組みなのかは分からないけど、蛍の光のようで綺麗だった。荒々しいというよりも優雅。破壊を想起させるというよりも、流れに身を任せる感覚の方が一致する。おおまかなイメージが固まる。僕はそれを連想する。拳に乗せた時の感触と噛み合うかを想定する。理屈が通っているかどうかより、フィーリングが重要だ。僕の言葉であることが何よりも優先だ。着飾る必要はない。誰かに気を遣う場面でもない。100%中の100%。それを引き出すには、外から与えられたものでなく、僕の内から生じたものでなければならない。


摩天諦拳アバドンフィスト!!!!!」


 迸る燐光と共に僕は右拳を打ちつける。濃縮されたセンスは爆発的に広がり、拡大解釈された銀のセンスは蛍火のように飛び散り、結晶化を伴った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ