第155話 ギミック
さすがはラウラ。もう僕の蜃気楼に対応したっぽい。彼女に何度も同じ技が通用すると思っちゃ駄目だな。センスでゴリ押すにも恐らく限界があるし、この戦闘で変化しないと負ける。かといって、絶望的な実力差があるわけでもなく、長所が噛み合えば勝てる絶妙の相手だ。神に感謝しないとな。二つの鎧に分離したおかげで勝負が成り立ってるし、ラウラのおかげで僕はもっと強くなれる。
「…………」
上空に殴り飛ばされた僕は、広がり続ける模造世界を見下ろせる場所で停止する。対ラウラに意識を傾けたいところだったけど、嫌でも目に入ったのは現実。指摘せざるを得ないものが眼前に広がっている。端的に言えば――。
「首都が戻りつつある?」
バラバラになった島々が繋がっていき、半自動的に復興されようとしている。先代の総長たちが施した仕様なのかもしれないけど、特定の誰かが介入している可能性もあった。仮に第三者によって『開かずの間』が掌握され、起きている現象だとすれば、非常に危うい。模造世界の主導権を奪われる恐れがあり、悪人の手に渡れば、世界は闇に覆われる可能性があった。
「まずいな……戦ってる場合じゃないかも……」
重力に引かれ、否応なく地上に引き寄せられる中、ふと呟いた。立場と責任が先行し、僕の中でラウラとの戦闘の優先順位が下がろうとしていた。
「――っっ!!?」
そんな中、身体がグンと引き寄せられる。意図せずに急降下していく。凄まじい勢いで僕は地上に引き寄せられ、意識は戦いに引き戻される。
「何が、どうなって……っ」
予期せぬ挙動に対し、僕は目を凝らし、周囲を隈なく観察した。注意深く念入りに確認を続けていると、目に入ったのは釣り糸のような細い光。位置関係から考えると地上にいるラウラに通じており、終着点は僕の右手甲。
「そういう絡繰りか。僕が殴った時に針状のセンスを右手甲に刺し、薄く引き延ばした意思産の糸で繋いだ。蜃気楼で誤魔化しても関係ない。本体である僕とラウラが糸を通じて繋がっているのだから、探知も引き寄せも可能」
見る見ると偽物の大地に迫っていく中、身に起きた事象を理解する。そこまで分かったなら深く考え込む必要ない。
「だったら、糸を断ち切るまで!!」
僕はすぐさま左手を刀に見立て、右手甲の指先辺りを斜めに裂いた。
◇◇◇
針と糸を通じてジェノαの行動が間接的に伝わる。左手刀を振りかざし、糸を断ち切ろうとしたのが分かる。
「今さら気付いても遅ぇよ!」
どこぞの建物屋上にいる僕は威勢よく言い放つ。ピンと張った右手小指の糸を使い、運命の相手を引き寄せる。能力名は決めてねぇが、内容は至って単純だ。ジェノαが因果を逆転させるなら、僕は因果を固定する。切っても切れない縁を『針と糸』として具現化し、僕たちを結び付ける。見ず知らずの相手には大した効果が望めないが、関係性が深い相手であるほど強力になる。ジェノαとの因縁を考えれば、切れない糸を構築するのは造作もなかった。残念ながら、さっきの一撃で僕を倒せなかった時点で向こうに勝ち目はねぇ。こっからは僕の独壇場だ。
「総長、一本釣りってな!!!」
釣り糸をリールで巻き取るように引き寄せられたのは、銀の鎧。すかさず僕は左拳をジェノαの胴体に打ちつけ、戦闘を継続する。手応えはあったが、さすがはジェノαといったところか。莫大な顕在センス量で身を守り、鎧の防御力も加味して、僕の攻撃は大したダメージになってねぇ。
「知恵と工夫は見事。でも、いくらやっても無駄だよ。君のパンチは軽すぎる」
余裕を崩さないジェノαは僕の欠点を指摘する。確かに、切れない針と糸がいくら強力でも、ダメージを与えられないなら、勝ち目はゼロだ。能力や特定の条件に左右されず、圧倒的なフィジカルさえあれば成り立つ真っ当な攻略法とも言える。
ただ、僕のギミックはそれだけじゃねぇんだよな。
「見えるか? この煙が」
左手の人差し指で僕の体表面を指し示し、言った。
「それが何? 息でも上がってるの?」
冬場でランニングした時に出る水蒸気ぐらいにしか思ってないのか、ジェノαは変わらないトーンで会話に応じる。見栄を張っているような印象もなく、追い込まれているはずなのに、言葉には揺るぎない自信が感じられた。このまま黙々と殴り合うことも可能だったが、分からん殺しはつまらねぇ。手札を明かして、完膚なきまでに叩きのめしてこそ、真の勝利と言える。
「僕は【断熱圧縮】っつう能力を常時発動している。数十個の酸素ボンベが爆発したエネルギーを切り取り、それを元手にしたもんだ。内容は外的圧力によって生じた熱を、僕の内側に留め、負荷をかけ続けることで、センスを飛躍的に向上させる。溜めた熱が必要以上に外へ漏れ出ない仕様も兼ね備え、極めて燃費がいい。今までの攻防を加味しても、僕のセンスは全く減ってないと断言できるぐらい省エネだ。ここまで聞けば、この後どうなるかぐらい賢明な総長様なら見当がつくだろ?」
「長期戦になるほど、君は強くなる。短期戦から遠ざかるほど、僕は弱くなる」
「ご名答。諦めるんだったら今だぜ。心が折れたガキをいたぶるほど、腐っちゃいねぇからな。事前に決めたルールにはなかったが、降参は受けつけてやるよ」
ここで降参するような相手じゃねぇのは分かっていた。これはあくまで不利な条件だと分かった上で対戦に同意させる通過儀礼だ。これを抜きにして、一方的にボコボコにしたら、僕としても心が痛む。ジェノαは敵ではあるんだが、親の仇ってわけでもねぇからな。傍から見たら歪んで見えるのかもしれねぇが、僕からしたら最大限のリスペクトのつもりだった。
「ラウラはさ、『諦める』って言葉の由来、知ってる?」
すると、ジェノαは何かを悟ったような声音で、変わった切り口の返事をした。イエスでもノーでもなく、別の場所を見つめている感じだ。視座が高いっつうやつなんだろうか、なんでもない質問に聞こえるが、不思議と興味がそそられた。
「夢を諦めるとか、目標に対して実力不足を認めるようなマイナスの言葉なのは分かるが、由来までは知らねぇな」
「いい線いってるよ。半分正解と言ってもいい」
「上から目線の物言いはやめろ。さっさと結論を言え」
「明らかに極める。目標に対して必要なものだけを残し、それ以外を切り捨てることを『諦める』という。元は仏教が由来だね。色々と試行錯誤した上で最終的に残ったものが人の本質だろ。それを端的に表現したものなんだ」
「総長様の御高説は骨身に染みるねぇ。……つまり、何が言いたい」
「僕は長期戦を『諦める』。意味は分かるね?」
ジェノαは結論に至り、自らの戦法を明かす。体表面には莫大なセンスが凝縮され、異様な燐光を放っていた。不必要なものを明らかにしたことによって踏み込んだ新たな領域。成長した僕に引き上げられるように、ジェノαも進化した。行き着く先は絶望か、更なる成長か、あるいは……。
「あぁ、上等だ!! かかってこい!!!」
思い浮かんだ情景を頭の片隅に追いやり、僕は戦闘続行を宣言する。糸と糸で結ばれた僕たちは良くも悪くも逃げられねぇ。こっからは根比べだ。




