第154話 100%
今までの戦いは大雑把な勝負しかしてこなかった。能力の出力と相性次第で、強い方が勝つっつう単純明快な内容だ。それ自体を否定するつもりはねぇが、条件が完全に五分の相手の場合、恐らく通用しねぇ。出力差や能力の相性差はあるんだろうが、そこを煮詰めてもジェノαには勝てねぇ。実際、大神には通用しなかった。
だからこそ、試してみてぇことがあるんだよな。
「…………」
僕は白の鎧の表面に薄っすらと白光を纏い、必要最小限の出力で留める。
「…………」
対するジェノαは銀の鎧と莫大な銀光を纏い、必要最大限の出力に留めている。位置は上空2500メートルってところか。僕たちは地球の重力に引かれ、睨み合ったまま落ちていく。他は視界に入ってなかった。模造世界の問題や神と天使の存在を忘れ、僕たちは全力で現実から逃避する。夢を夢のままで終わらせず、都合のいい現実に変える。
「これはさっきのお返しだ!!」
先に動き出したのはジェノαだった。右拳を振りかぶり、なんのフェイントもかますことなく、大味な右ストレートを放った。相変わらずというべきか、αもβも本質は同じというべきか、肉体系特有のセンス量のゴリ押しで突破するつもりらしい。実験台にするには持ってこいの相手だ。この戦いで感覚を掴んでやる。
「――」
火花が散る。センスとセンスが摩擦し合い、ジェノαの右拳は空を切る。鎧兜越しで表情は隠れているが、目を見開く姿がハッキリと見えた。手応えありってやつだ。僕は左手刀によって打点をずらし、必要最小限の労力とセンスで右ストレートをいなした。戦況は五分に思えるが、差し引きではプラスだ。センス消費量という観点だけで評価するなら、低燃費で済ませた僕に軍配が上がる。一方のジェノαは高出力と引き換えに燃費が悪く、着実にセンスを目減りさせた。長期戦になれば僕が有利だが、短期戦ならジェノαが有利っつう構図だ。乗用車エンジン対F1用エンジンと言い換えてもいいな。『長く走る』には乗用車エンジン一択だが、『レースに勝ちたい』ならF1用エンジン一択だ。一対一の真剣勝負なら、ジェノαが有利になる。戦闘っつうのはいくら長引いても数分から数十分程度の短期戦だからな。そこで全てを出し切るなら高出力エンジン搭載のジェノαの方が勝ちやすいに決まっていた。
「僕を誰だと思ってやがる。遠慮も加減もいらねぇから、全力でこい」
短期戦に拍車をかけるように、僕はジェノαを煽り立てる。こいつの実力はこんなもんじゃねぇ。恐らく、あれでも加減していた。僕のセンスの張りが控えめだったことで遠慮が勝った。ジェノ特有の甘さだな。『人を殺してはいけない』というリーチェの縛りの影響だと言い換えてもいい。でもそれじゃあ、今よりも高みは目指せねぇ。お互いにとって得にならねぇ。殺しを強要するつもりは毛頭ないが、気持ちのいい終わりを迎えるためにはジェノαの理性のタガを外してやる必要があった。
「こいつは失礼した。……だったら、お望み通りの全開だ!!!」
挑発に乗ったジェノαは内に秘めた銀光を勢いよく解放。周囲の温度は飛躍的に上がり、熱気に包まれる。内と外の温度差で光が屈折し、空間が歪んでいるように見えた。自力で蜃気楼を発生させたらしい。理屈は分かるんだが、とんでもねぇな。高出力のセンスを解放するだけで気象を操れるようだ。
「…………」
気を引き締め直し、僕は一貫して待ちの姿勢を貫いた。必要最小限のセンスに神経と感覚を溶け込ませ、その時を待った。
「いくよ!!!!」
ジェノαは重力を操ったのか、空中にいるにもかかわらず、僕に向かって直線的な移動を開始する。速いのは速いが、目で追えないってわけでもない。そのスピードでフェイントをかませることなく、放ったのは右ストレート。さっきと同じ戦法だ。顕在センス量を高めて、物理で殴るっつう芸のない戦い方だが、理には適っている。肉体系は体術を極めるだけで大抵の物事は解決するからな。深く考えずに殴っときゃ相手は勝手に倒れる。別系統の使い手が単純な攻防を繰り返せば、センス量の問題で威力を相殺しきれないだろうからな。僕も例外じゃなく、手刀でいなすのにも恐らく限界があり、パワーで解決される可能性はある。
……ただ、こいつは本当にセオリー通りなのか? 肉体系の常套手段を何度もこするほど愚かな相手なのか? 拳が顔面に迫る短い間に僕は疑問を浮かべる。それらしい答えを導き出すより先に、僕の身体は勝手に動き出した。
「――――」
特別なモーションはなかった。両手で手刀を作った体勢を維持し、僕は新たな領域に足を踏み入れる。繊細な意思のコントロール。針状のセンスを右手の指先から前方に飛ばし、迫りくるジェノαに立ち向かわせる。攻撃力は皆無だ。当たったところで戦況は揺るがない。あのセンスの壁は突き破れない。狙いは別にあった。
「…………」
針状のセンスはジェノαを素通りする。実像に見せかけた虚像と見破る。僕は攻撃でなく、感知に特化した。必要最小限の労力でジェノαの戦術を見抜いた。センスによる蜃気楼を利用したトリック。まず間違いなく、奴は正面にいない。
手刀を空振れば致命的だったが、遅れを取ることはない。身体には円形状のセンスが纏われ、接敵と同時に身体が動くように意識を傾ける。今なら上下左右どこから来ても対処可能だ。どんだけ高出力でも、いなせるのは証明済み……。
「――――っっ!!!!」
しかし、目の前の光景は僕の予想を覆す。上下左右なんか見境なく、同時に大量に現れたのは無数のジェノα。全員が拳を振りかぶり、右ストレートをぶち込もうとしている。視覚的なインパクトは強烈だった。ある程度の心構えはしていたが、筋肉がグッと硬直したのを感じる。蜃気楼の拳が次々と僕のセンスを突き破り、防御できるイメージ力がことごとく削られる。そこまで織り込み済みなら大したもんだ。本命の一撃がクリーンヒットすれば、一発KOも十分あり得る。攻防力で張り合えば負けるのは目に見えているからな。だからこそ、僕の感覚は研ぎ澄まされた。
「甘ぇよ!!!」
硬直した肉体はセンスにより突き動かされる。体内の感覚器官を支配することによって、反応速度を向上させる。僕の左手刀は吸い込まれるようにして、反応があった背後に振るわれた。
「知ってる」
だが、声が聞こえたのは正面。一番意識が薄かった場所にジェノαはいた。僕は左手刀を空振り、致命的な隙を晒している。恐らく、途中まで実体だったのは事実。僕のセンスに触れた時点で移動し、それが蜃気楼となり、判断を見誤らせた。感知済みだから正面は安全という意識の裏をついてきたのもポイントが高い。……なんて批評家みたく理屈をこねてる場合じゃねぇ。
「間に合え――!!!!!」
僕は思考を切り上げ、声がした方向に右手刀を振るう。迫り来る銀の鎧を易々と切り裂くが、すぐに違和感に気付く。これも実体じゃない。読みの裏の裏すらベイトにした。あまりの高速な展開に頭と体がついてこねぇ。本命が別にあったとしても、両手を動かした直後……僕の反応速度には限界があった。
「借りは返すよ!!!」
上空にいるジェノαは両手甲の指先を握り込み、ハンマーを振り下ろすように僕の頭部に叩きつけた。火花を散らせ、センスを突き破り、ガキンと甲高い音を鳴らし、高出力の衝撃が全身へ隈なく伝わる。これで『おあいこ』ってやつだな。頭を蹴るという行いが、頭を殴られるという結果で返ってきた。ここに性別の垣根はなく、真の意味での男女平等だ。……あぁ、たまんねぇな。この痛みが、この読み合いが、一発一発の攻防が愛おしく感じる。だからこそ惜しいな。
こっから先は全部、僕のターンだ。
「ジェノ・アンダーソン!!!!」
高速で落下中の僕は、小結界を多重に展開し、物理的なブレーキをかける。バリン、バリン、バリンと何度もガラスを叩き割ったような音と共に、僕は思いの丈を叫んだ。その期待に応えるように、ジェノαは再び蜃気楼を展開し、無数の銀鎧と共にあらゆる方向から拳を振るう。
「ラウラ・ルチアーノ!!!!」
互いの熱量は一致していた。得手不得手はあれど、実力も装備も環境も限りなく五分に近かった。それでもいつか終わりがくる。雌雄は決する。どこかで決定的な差が生まれ、勝敗に通じる。それは何か。努力か? 根性か? 読みか? センスか? 能力か? 工夫か? 発想か? ぜーんぶ関係ねぇ。勝ちてぇと強く思い続けた方が勝つんだよ!!!
「うらぁっ!!!!!」
僕は迷うことなく正面に右拳を振るう。数々の蜃気楼を見破り、ジェノαの実体を捉える。空中で白の閃光が激しく迸り、反発し合う僕たちは、天と地を境目に引き離された。




