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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第153話 前兆

挿絵(By みてみん)





「お前、ブラックマーケットのジャンク屋で育ったんだってな」


 僕はブルックリンにある昼間の露店市場を練り歩き、声をかける。隣には黒の修道服を着た褐色肌の少年ジェノαが視線を落として、とぼとぼと歩いている。人の姿はなく、街は異様に静かで、世界に僕たちしかいないような舞台が広がっていた。


「そうだけど、雑談してる場合じゃ……」


 表情通りと言うべきか、現実を重く受け止めた上で、ありがちな台詞を並べている。まったくもってその通りなわけだが、外の深刻な状況を無視して、なんの気なく話しかけたのは、きちんとした理由があった。


「まぁ、聞けよ。僕たちの接触は偶然か必然か運命じみたものか判別つかねぇが、この空間には何か意味があるはずだ」


「何かって?」


「総長対教皇……表面的な勝負は100%フェアな条件で成立したろ。ただ、内面的な部分は整ってねぇと思ってな。白き神の件はいったん脇に置いて、僕たちの心の穴を埋めりゃあ、何か面白いことが起きるんじゃねぇか」


 僕は結論を先送りすることなく、思ったことを素直に答える。ジェノαはハッとした表情を作り、どことなく表情が引き締まった気がした。心情は不明だが、少なくとも聞く耳は持ってくれたって感じだな。


「続けるぞ。お前はいつからここに住んでた」


 舞台は移動し、気付けば、ジャンク屋の二階と思わしき物置小屋にいた。散らかった部屋の中で机と椅子があり、対面するような形で座り、僕たちは話していた。


「うーん、厳密には覚えてないなぁ。10年前とか?」


「8年前にはいたんだな?」


「たぶんそのはずだよ。どうして?」


「昔、僕の親が殺されたって話をしたろ。それが8年前だ。ブラックマーケットの近くにある邸宅で起きた事件で、何か覚えてるんじゃねぇかと思ってな」


 切り出した話に、場の空気が一段重くなったのを感じる。ジェノαは神妙な面持ちになり、記憶を掘り返しているのか、しばらく考え込んでいた。


「それって、ルチアーノ邸の炎上に関係ある?」


 沈黙を破り、恐る恐る出してきたのは特定のキーワード。


「あぁ、それだ。僕の人生のターニングポイントになった」


 僕は自然と前のめりになって会話を転がす。何を知っているかは聞くまで分からねぇが、期待させる言葉には間違いなかった。


「それこそ、10年前じゃなくて?」


 さも当たり前のように語られた一言に、僕の背筋は凍り付いた。会話を広げて、何らかの心理的障害を把握しようとしたが、初っ端に見つかった。……こいつはかなり根っこが深そうだな。ジルダに続いてジェノも10年前と主張している。多数決で物事を決めるなら間違ってるのは僕の方だ。もしそうなら、今まで見てきたものが作り物だった可能性がある。もちろん、今に至るまでの全てが偽物とは限らねぇが、ターニングポイント付近のゴタゴタに関しては自分を疑ってもいいかもな。


「……ラウラ?」


 すると、ジェノαは僕の顔を覗き込むようにして問いかける。どう答えてやるべきか……。一から十まで説明してやることもできるが、外の状況を考えりゃあ、余計な時間はなさそうだし、ここは思い切ってもいいかもな。


「この際、時間はどうでもいい。何か覚えていることはあるか?」


「単純計算で2歳か3歳の時の話だよ。覚えてるわけ……いや、待てよ」


 ジェノαの顔色が変わると、舞台は移動し、気付けば僕たちは邸宅前にいた。時間は夜に切り替わり、邸宅が炎上している光景が映し出される。ツクヨミの映像では見たが、僕の記憶にはない部分だった。


「僕はこの景色を見たことがある気がする。なんでこうなったかは分からない」


 今や貴重となった揺らめく炎を見つめ、ジェノαは答える。分からないならそれまでだ。事件の真相は明らかにならねぇ。議論は行き止まりになったように思えたが、僕が抱いた印象は違った。


「2歳か3歳のまともに歩けるか怪しい頃にこの場にいたってのか?」


「確かに……おかしいな。5歳とかなら分かるけど、2、3歳じゃ厳しい」


 流れが変わったのを感じる。議論の取っ掛かりが掴めたような気配がある。間違っていたのは僕じゃないかもしれねぇ。


「記憶を改変された可能性はあるか?」


「心当たりはないけど、大いにあり得るね」


聖遺物レリック『カマッソソ』が関与している可能性は?」


「確率は0じゃない。むしろ、現実的な数字かも」


「今、接触できたとしたら?」


「僕たちの内面が100%フェアな状態になる可能性がある!」


 議論は白熱し、方向性は一致する。欠けたピースは見つかった。


「だとしたら、やることは単純明快だよな」


「あぁ! 今の僕たちに不可能なんてない!」


 ◇◇◇


 私たちは白い球体の破壊を試みた。封印という妥協案を避けるために精を出した。だけど、拳も杖も刀も蹴りも通用しなかった。どれだけ強く叩き込んでも効果はなかった。……まぁ、半分ぐらいは覚悟していたけど、ここまでとはなぁ。うんともすんとも言わず、何事もなかったように空中に居座っている。


「次の手はあるかニャ?」


 この場の意思決定に大きく関わるナハトは尋ねる。壊すと言い出したのは私だし、歯切れの悪い言葉を並べれば、封印に舵を切るのは目に見えていた。我がままを言えるのは次で最後だろうな。今は静かだけど、何か起きてからじゃ遅い。


「じゃあ……」


 周りにいる二人に目配せをしつつ、私は様子を伺った。アミは困り果てたような表情を浮かべ、天使は無表情を貫いている。何か口を挟んでくるような気配はなく、多少の無茶は許してくれそうな雰囲気があった。だったら、アレっきゃないな。世界の混沌と紙一重だけど、思いついたものは仕方がないよね。


「一回だけ目を瞑ってくれる? これが何か起こしても」


 私は両手の掌を合わせ、場の全員にお願いする。これは強制じゃなく、任意。死なば諸共というか、赤信号、皆で渡れば怖くないというか。一人でも反対が出れば諦めてもいいと思ってる。ただ、意見が一致したらその時は……。


「私は構いません。責任は取れないでしょうが、結果は受け止めます」


「人類史を見守ることが私の責務。結果の良し悪しに関係なく、観察します」


 アミと天使は快い反応を見せ、残すところはナハト。猫型の強化外骨格を纏っているため、表情は分からないけど、すぐに返事は返ってきた。


「……仕方ないニャア。一回だけだよ」


 流されたのか、空気を読んだのか、割り切ったような声でナハトは言った。心情は知ったこっちゃないけど、これで全員の同意は得た。どうしてここに人が集まってこないのか、という懸念点もあったけど、私たちの足並みは揃った。


「出でよ、混沌! 都合のいい未来を私たちに与え給え!!」


 わざとらしい口調で適当な言葉を並べて反応を待つ。偶然か必然か、白い球体はゴゴゴと音を立て、揺れ動くのが分かる。鬼が出るか蛇が出るか、人類が滅亡するか。何が起こるか分からないけど、世界はより良いものになるはずだ。なんてったって、中にはジェッ君とラウちーがいる。悪い方には転ばないと私は信じていた。


「………………」


 白い球体の揺れがピタリと止まる。私たちに何らかの害を及ぼすこともなく、首都に対しても影響はなかった。選ばれた対象はたったの一匹。重力に引き寄せられたのは、黒い蝙蝠。抗う素振りもなく、見る見ると迫り、そして、球体に触れた。


「「「「――――っ!!!!!」」」」


 失明すると反射的に思ってしまうほどの眩い白光が目に入る。規模も範囲も分からなかったけど、害はない。ただ、優しく包み込むような光であるのは伝わった。私は目をゆっくり見開く。光が馴染むまで何度か瞬きして目を慣らす。滲んでいた視界の焦点が定まっていき、見えてきたのは鎧を纏っている二人。片方は白、片方は銀で色分けされ、各々が鎧と同じ色のセンスを放っている。


 短いようで長く感じたマルタ共和国の旅路も終わりが近い。そのクライマックスを飾るにふさわしいカードが揃った。立場や肩書きや面倒なしがらみは全部無視していい。それを邪魔する不届き者は私たちが成敗してあげる。嫌な現実は無視して、ここで全てを出し切ってもいい。だから、今は……今だけは――。


「熱は冷めてないよね?」


「当たり前だ!!!!!!」


 思う存分戦ってほしい。そう願うばかりだった。

 

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