第152話 専門家
トルクメニスタンでは、山を張って失敗した。悪魔と地獄の門を必要以上に警戒し過ぎた。結果として、マンハッタンは死人のパンデミックを招き、致命的な損害が生じた。ベクターの貸し借り、リーチェの現状把握、覚醒都市の偵察などの得るものは多かったが、振り返って正解だったかと考えると素直にイエスと言えない。
だからこそ、今度ばかりは外せない。白き神の復活は想定にあったこと。ストリートキングにおけるラウラからの報告は受け、あらかじめプランは用意してあった。私が出向き、解決する筋道もあった。……だが、それでは後任が育たない。指揮官が自ら動けば、第二のマンハッタンを生むことに繋がる。
そのため、援軍を用意した。対神に特化した専門家を派遣した。
「ニャハハハハ。久方振りの出番だニャ!!」
赤級代理者ナハト・シュバルツ。猫を模した黒の強化外骨格を着た存在は、マルタ共和国上空2000メートル付近に投下された。
◇◇◇
首都上空。謎の白球体に引き寄せられるように集まったのは、数名。王位継承戦で見知った顔ばかりだったものの、まずは互いの目的を明確にしなくてはならない。
「私はこの球体の善悪を見定めにきました。……あなた方は?」
左腰にある刀をいつでも抜けるよう気を配りつつ、端的にこちらの思惑を明かし、視線を送る。問いかけに対し、ノータイムで反応したのは左隣で小結界を足場にしている緋色髪の女性。
「私も似たようなもんかな。……そっちは?」
ソフィアは軽いトーンで返事をし、話を回した。視線は自ずと右隣にいる青色髪の少年に向けられる。
「こちらも同じようなものかと」
アルカナは以前の性格とは大きく異なる物言いで回答する。何やら訳アリの様子。恐らく、頭上に浮かぶ白い輪っかが関係している……とは思うものの、断定はできない。どれだけそれらしい理屈を並べても憶測の域を出ず、いくつかやり取りを重ねて判断するしかなかった。
「ひとまず敵ではないということですね。……では、この球体の詳細を知っている者は?」
私は質問を重ね、左右に視線を送り、反応を見る。アルカナは沈黙し、一方のソフィアは片手を上げ、勝手知ったる様子。
「総長と教皇が合体した。白き神完全復活一歩手前ってところかな」
「仮にそうだとして、これから何が起こるかの見当は?」
「わかんない。正常の魔眼を使えば問題が起こる前に対処可能かもしれないけど、中にいる二人に支障が出るから安易には使えないってのが現状」
ソフィアは両腕を組み、眉を落とし、困った表情を浮かべている。事実であるなら厄介極まりないものの、現状は把握できた。少なくとも、斬る斬らないで済む問題ではないのは確か。自ずと私たちの視線はアルカナに向き、ソフィアは続けた。
「何か意見があるなら聞くよ、第二王子……いいや、天使」
明るめな声音から厳しいトーンに切り替わり、責め立てるように話を振る。場合によっては、『正常の魔眼を使うことも厭わない』といった脅しめいたニュアンスが大いに含まれている気がした。
「………………」
当の本人は口を閉ざし、答えを先送りにする。沈黙の了解とでも言うべきか、天使だと半ば認めているようだった。ただ、正体が分かったところで手を出せない現状に変わりはない。むしろ、悪化していると言ってもいいかもしれない。天界関係者が解決できない問題なら、私たちはお手上げの状態に近かった。
「「「――――――」」」
そんな時、私たちは一斉に上空を見た。夜闇に紛れて降り注ぐ一点の黒を観測した。示し合わせたように私たちは同時に跳躍し、各々のセンスを纏い、現れた何かに向けて拳と刀と杖を振るった。
「………」
降り注いだ一点の黒は真下に蹴りを放っており、それぞれと拮抗する。彼女たちの力の入れ具合は不明。ただ、少なくとも私は手を抜いておらず、接敵した対象は平均以上の実力を有しているのが分かった。
「この手応えって、もしかして……」
唯一、何らかの見当をつけたソフィアは拳を引いた。それに従い、私たちも手を緩め、反応を待つ。
「局長直々に命を受け、ただいま見参。神のことならウチにお任せニャ!」
◇◇◇
現れた第三者の正体に気付いたのは間違いなく私だけ。ブラックスワンに所属し、一度手を組んだことがあるから正体は分かる。今の状況に適した人員なのは間違いない。だけど……。
「代理者ナハトだね。お呼びじゃないから帰っていいよ」
私は全員分の足場となる小結界を展開し、冷たくあしらうように告げる。彼女は全身を黒の強化外骨格に纏われ、表情を伺えなかったけど、この後の反応は大体予想がついた。
「そんニャア! 遠路はるばるここまできたのに!!」
おおげさなリアクションを取り、ナハトは感情を露わにしていた。一応、私の方が階級が上だし、話し合える余地があるように見える。ただ、これが本音だと思うのは危ういな。局長の命令次第だけど、周りの状況を無視するように言われていたなら、このやり取りは茶番になる可能性もある。気を抜けば、彼女は能力を発動する。発言を誤れば、取り返しのつかないことが起きる。他の人は気付いていないんだろうけど、この場の言葉は慎重に選ぶ必要があった。
「あの……解決する手段があるなら、手を借りるべきでは?」
そこで声を発したのはアミだった。もっともな発言だし、何もおかしなことは言ってない。能力の詳細を知らないのだから、それに頼りたいと思うのは自然だった。どういえば、伝わるかな。できるだけ中身に触れず、それとなくやめておこうと思わせることが出来ればベスト。
「この子の力は根本的な解決にならない。神を天界に送ることはできないし、殺すこともできないし、元の二人に戻ることもない」
「つまり?」
「封印だよ。答えを先延ばしにして、現状維持に努めるだけ」
物事の核心には触れず、私は抽象的な結論だけを口にした。ある程度のニュアンスは伝わったのか、アミは口を閉ざしている。これが正しいか、間違っているかは人による。ただ、妥協案ならベストかな。何もしないよりはマシって程度。
「では、どうなされるおつもりですか?」
「否定するのはいいけど、代案を求む!!」
天使とナハトは声を上げ、この場の判断は私に委ねられる。各々の顔は立てつつ、自分の要望を通せればいいんだけど、かなりシビアな塩梅が求められる。そんな状況中で浮かんだ結論は非常にシンプルなものだった。
「まずは壊せるかどうかを試す! 話はそれからでしょ」




