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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第151話 白き神

挿絵(By みてみん)





「ついにこの時が来たか。随分、時間がかかったねぇ」


 白が広がる空間で黒のローブ服を着た白髪の老婆……イザベラ・レナトスはポツリと感想を口にする。目の前には四角いウィンドウがあり、マルタ共和国の上空2000メートル付近で立ち上がる白い光柱が映し出されていた。


「さて、どうなるかな。力に呑まれるか、それとも……」


 傍らで見守るのは、灰色の着物を着た、花魁風の髪型を作る金髪の鬼……ツクヨミ。当事者というよりも、第三者目線で語っている。


「外野が口出しするもんじゃあないよ。アタシたちは黙って見ればいい」


 ◇◇◇


 模造世界モンド・フィント上空。遠くでは白い光柱が立ち昇っている。『血の千年祭』で僕に起きた出来事を思い出す。


「月の儀式は完了した。今の僕と接触したら、ラウラは……」


 思い至るのは最悪の想像。本人が気付いているかどうかは分からないけど、どちらにせよ、約束を守るのは難しい状況になった。彼女と戦える状況じゃなくなった。


「いや、今はただ――」


 僕は目の前の問題に意識を溶かし、光の柱を目印に移動を続けた。


 ◇◇◇


 白き神って結局、なんなんだろうな。白教が作り出した信仰心の賜物であるのは間違いないんだろうが、何らかの元ネタがあるはずだ。内に宿る日本神話のツクヨミが関与しているのが分かったが、僕の肌感覚的にあれは黒幕じゃねぇ。『月』という繋がりがあったから寄生できたって印象を受ける。全部を分かった状態で前に進みたいのは山々なんだが、現実ってのはそんなに簡単じゃねぇんだよな。


「同胞だぁ? 寝ぼけたこと言ってんじゃねぇぞ!!!」


 得も言えない万能感を身に纏い、僕は地面を蹴りつけ、瓦礫の山を駆け抜けた。目の前には、得物を持たない黒髪和服の男が立っている。外見は夜助。中身は瀧鳴大神らしい。こいつに関してもよく分かってねぇが、首都バレッタを無茶苦茶にしたのは事実。模造世界モンド・フィントが発動する原因には違いない。気付けば、僕は相手の懐に潜り込み、思うがままに三連の右ストレートをぶち込んだ。


「―――」


 パシパシパシと乾いた音が響き、大神は拳を掌で受け止め、威力を完璧にいなしている。ハッキリいって、この攻防に深い意味なんてない。根本的な解決にならない。生前葬を完遂させることが唯一の勝ち筋だ。幸い、崩れた聖堂は意思能力産の物質だったわけだし、葬儀の場は残ってる。そこにいかにして誘い込むかが僕の役割であって、全力で倒すのが目的じゃねぇ。だから――。


切り取り(カット)!!」


 僕は後先を考えず、左腕を伸ばし、裁ちばさみを繰り出した。大神ともなれば、かなりの大容量だろう。ただ、今の僕ならどうにかなるはずだ。


「…………」


 大神は何もしなかった。刃が右わき腹に触れるも、抵抗しなかった。パキリと音が鳴り、裁ちばさみは砕け散る。続けて、シャンという音が耳に届いた。


「っっ!!!!」


 気付けば大神は僕の左側に移動し、腕をガッチリ掴み、ブンブンとハンマー投げのように振り回す。抗うことはできず、遠心力が最大化したと同時に、僕は上空へ放り投げられた。目まぐるしく景色は移り変わっていき、バラバラになった首都を上から見下ろせる位置までぶっ飛ばされた。追撃に来るかと思いきや、大神の気配はない。シャンという不快な音色も聞こえねぇし、意図が全く見えてこねぇ。


「ちょ、ちょっと待って。まだ心の準備が!」


 そこで大神の狙いは明らかになった。間接的に伝わった。儀式が終わったジェノαと僕が接触することによってどうなるか、それを考えるだけで想像がついた。終わりの始まりだ。ストリートキングで話題に上がった予言が遅れて実現した。


「「――――」」


 僕とジェノαは重なり合う。眩い白き光を放ち、これまで積み上げてきたものは全て台無しになった。


 ◇◇◇


 歴史を綴るには目撃者がいなければならない。第三者の目によって観測しなければ、事象は定まらない。


「…………」


 元『人類史の書記』としての血が騒ぎ、私はアルカナの身体を使い、戦場に駆けつけていた。翼を用いる……なんて真似はせず、小結界によって足場を作り、あくまで人間の立場として状況を見守る。


 目玉はなんと言っても、白き神。天界に住まう天使と言っても、軽々しく会えるものではなく、面会したことがあるのは一握りだと聞く。天使の中でも末端にいる私は当然お会いしたことはなく、前提知識は人類と同じレベル。だからこそ、胸の高鳴りが抑えられない。目の前の現象に目が離せない。


「――――」


 依り代の二人が接触したことによって生じた白き光がピークを過ぎる。輝きは徐々に落ち着いていき、円形に収束し、中身が露わになる。


「え……」


 恐らく、この場にいる誰よりも先に、私は白き神を拝謁した。その正体を視界に収めた。儀式の条件を満たし、完全復活に近しい存在なのは分かる。白き神の力の一部を宿すジェノβが、合流していない時点で完全に一歩及ばないのは理解している。人間界で出力されるお姿は、天界と違って不完全なのは想像がつく。それでも、違和感が勝った。神々や常軌を逸した存在に耐性のある私でも目を疑った。


「球体?」


 ◇◇◇


 地球、太陽、月。共通しているのは球体という構造。その原因は重力であり、星の中心にある一点に向かって均一な力が働くことによって、形が保たれる。恐らく、白き神に起こった出来事も例に漏れんだろうな。大なり小なり重力が働いているからこそ、球体に保たれていると思われる。これは吾輩の予想ではあるが、白き神の最後のピース……ジェノβが現れるまで、吸い寄せ続けると言い変えてもよいな。見境なく周囲の構造物を引き寄せ、破壊の限りを尽くし、目的が達成されるまで止まらん舞台装置と化す。それをどう工夫するかは配置された面々の腕次第であり、ラウラとジェノαが動けん今、誰が主役に躍り出るかは全く想像がつかん。人類史の書記という立場を超え、一読者として期待に胸を躍らせずにはいられなかった。


 ◇◇◇


 どれだけ長い間、眠っていたのだろうか。鮮明に覚えているのは、生前葬を始めたことと、それを妨害してきた悪魔クオリアに敗北したこと。その後のことは想像を巡らせるしかなく、一から十まで説明してくれる人は周りにいない。ただ、変わった。世界は変化した。上空には常軌を逸した存在がいた。


「……良からぬものなら、斬らねばなりませんね」


 私は左腰にある刀――【羅刹・真打】を握りしめ、大きく跳躍した。


 ◇◇◇


 超常現象にはハッキリ言って慣れている。これまで数々の難事件を拳と魔眼とセンスで解決してきた。でもあれは……見たことないなぁ。見るからに人智を超えてるし、正常の魔眼が通用するかも分からないし、人の手に余る代物なのは間違いない。現状、害はないけど、人類に被害をもたらすと判断すれば、代理者エージェントとして介入せざるを得なくなる。でも、個人的には触りたくない。総長と教皇が中にいるから迂闊に触れない。自分が良かれたと思ったことが相手にとって不快になることがままにあると、水中都市を消し飛ばしかけた一件で学んだ。


「こんな時、局長がいればなぁ」


 空に浮かんだ白い球体に向かう道中、私は上司の名前を口にこぼす。ないものねだりをするのはよくないと分かっていた。それでも、期待せずにはいられない。人類史において、誰よりも多く超常現象を解決に導いたのはダンテなのだから。

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