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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ
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第15話 愛と金

挿絵(By みてみん)





 降りしきる大雨の中、傘もささずに進むのは、首都バレッタ東側の大通り。宮殿までの送迎手配が整っていたが、せっかくだからと断りを入れ、歩いて向かうことにした。マルタ共和国という異国の地を肌で感じるためだ。先頭は大財務長が歩き、私を含めた派遣団が後を追う。

 

 まず目に入ったのは、大量の野良猫。


 広い公園内にある樹々の下や、石造りの住宅街の物陰に集まり、身を寄せ合って雨宿りをしている。微笑ましい光景のように思えたが、なぜか引っかかる。気付けば足を止め、樹々の下にいる一匹の灰色の猫に目を奪われた。


『ニャーオ……』


 目と目が合うと、灰色猫は鳴き声を上げた。動物の専門家ではないので、言葉こそ理解できないが、物悲しい雰囲気が伝わってくる。雨が降っているからか、餌が欲しいからか、肌寒いからか。……なんにしても、気さくに挨拶したようなポジティブな反応に思えないのは確かだった。


「おや? 野良猫が気になりますかな?」


「ええ……少し。何か由来や背景はあるのですか?」


 足を止め、気さくに声をかけてきた大政務長と雑談を始める。


 他の面々も空気を察し、木陰で猫と戯れ、小休止しようとしていた。


「気候が温暖で、食べ物も豊富。住民が猫を好意的に受け入れる文化的風習もあり、増殖したと見るのが一般的な理由。さらに深掘りすれば、地中海交易でマルタが栄えていた頃、船に積まれた食物を荒らすネズミに困っていたそうな。そこで船員が船の中で猫を飼い、ネズミ対策として重宝した結果、マルタの地に住み着いたとみるのが歴史的背景でしょうな」


 語られたのは、納得の理由。地理的に見れば、ここは地中海のど真ん中。東西南北から集まった交易品を流通させるための中継地点として最適。船で運ぶのが全盛だった時代を考慮すれば、船員が猫を飼うのは極めて合理的だった。それがきっかけとなり、猫が島に住み着き、住民に愛されるようになったのも頷ける。


 しかし、見渡す限りの猫、猫、猫、猫。


 雨で普段より数が少ないなら、余計に違和感を覚えてしまう。


「……にしても、数が多いですね。たまたまですか?」


「約50万匹から100万匹。マルタの総人口と同じか、倍以上は生息していると言われております。文化的、かつ、歴史的背景があったとしても多すぎるという気持ちも分かりますが、猫好きの私にとっては楽園。あるべきものを受け入れ、愛することができる環境に感謝しても仕切りませんねぇ」


 饒舌に語る大財務長は、恍惚とした表情で灰色猫に手を伸ばす。


『シャーーッッ!!!』


 お気に召さなかったのか、威嚇して、猫ひっかき。


 彼はそれすらも受け入れ、右手の甲についた傷を眺めている。


『…………』


 それに気付いた彼の右肩に乗る黒猫は、腕を伝い、傷口を舐める。

 

 次第に見る見ると傷が塞がり、尋常ならざる回復能力を発揮していた。


「その子は特別ですか……? それとも……」


 そこで思い至るのは、一つの可能性。


 理解の限界を超えた領域に通じる禁断の質問。


「ご想像にお任せします。もしくは今、試されますかな?」


「……いえ、やめておきましょう。あなたの反感を買うのは避けたい」


 明確な答えを出すことはなく、雑談は終了。


 歩みを再開すると、再び灰色の猫が鳴き声を上げた。


『ニャーオ……』


 先ほどと同じ声音、同じトーン、同じニュアンス。


 猫ではないし、専門家でもないから意味は分からない。


 ただ、『助けて……』という悲痛な叫びが聞こえた気がした。


 ◇◇◇


「見るがよい、これが金の力じゃ!」


 大使の間に響いたのは、携帯を片手に持つ椿の声。


 画面には『保有資産評価――313億円』と表示される。


 株式の評価額であり、額面だけ見るなら、一括払いが可能。


「米国の投資信託か。手堅くて、つまらん投資じゃのぅ」


 真っ先に反応したのは隣の席に座り、画面を覗き込む夜助。


 両手は白い鎖に拘束され、自由を奪われながらも、自然な反応。


 私たちとの反応の薄さから考えても、気心の知れた仲なのが伺える。


「手堅くて何が悪い! 9割以上がお先真っ暗のベンチャー企業の株を買うくらいなら、丁半博打に全額張った方がマシじゃ!!」


「残る1割を見分けてこそじゃろうが。伊達に長くは生きておらんのなら、先見の明で未来の有望株を掴むぐらいの器量があって然るべきと思うがな」


「一文無しのくせに文句ばっかじゃな。わらわのおこぼれに預かるのじゃから、黙って見ておれ!」


 二人は痴話喧嘩じみた会話をしつつ、売却画面に映る。


 株式の売買成立は、基本的に2営業日後。ギリギリ3日以内。


 入金が確認された時点で契約が成立するなら、期限に間に合う。


 ――ただ。


「取得額を差し引いた売却後の利益はいくらですか?」


 ピシャリと言い放った一言に、空気が凍り付くのを感じる。


 両腕だけ解放される椿は急いで画面をスライドし、数字を確認。


 ひぃ、ふぅ、みぃと古風な数え方をして、頭の中の電卓を弾き出す。


「……えーっと、212億円じゃな」


「まずいですね……」


「ん? わしにはよう分からんが、どういうことじゃ?」


 椿と私は行き着く答えを理解するものの、夜助は疑問符を浮かべる。


 無視して話を進めるのは不親切というもの。解説する必要があった。


「株式の利益には20.315%の税金がかかります。源泉徴収なしで利益を自分で確定申告するタイプの口座なら後払いでどうにかなりますが、残念ながらこちらは源泉徴収ありの口座のため、売却時に43億円の税金が差し引かれます」


「……つまり?」


「手元に残るお金は、270億円。生前葬の300億円に届かせるには、余分に30億稼ぐ必要があるということです」

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