表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

147/149

第147話 十字路

挿絵(By みてみん)





 待てど、捜せど、ジェノαは見つからない。空間転移で姿を消した白銀の鎧の姿が見当たらない。当然、目視だけで街中を隈なく捜そうとしたわけじゃない。アメーバを幾重にも連結させたような神経回路状のセンスを張り巡らせたが、引っかからない。索敵方法に致命的なミスがあったのかもなとも考える。もしかすれば、小さな隙間を見つけて隠れたのかもしれねぇとも思った。……だけど、そうじゃなかった。伸ばしたセンスの範囲外とはいえ、嫌でも感じ取った。


「なんだ、この巨大なセンスは……」


 どこかの建物の屋上で、僕は思ったことを素直に口にする。それは、ジェノαが常時展開していたセンス量を遥かに上回るものだった。ザックリとした数字で表現することもできるが、アホみたいな桁だ。頭の中でさえも浮かべたくねぇ。とはいえ、完全に無視するわけにもいかず、ある程度の見通しを立てる必要がある。センス量の上限がジェノαだったのが、それを大幅に更新する別の敵がいた……ってのが真っ先に思いついた展開だが、あまりにも現実味がなかった。


『ニャア』


 そんな時、高らかな鳴き声が響いた。声がした方向に視線を送ると、灰色猫アウロラの姿が見えた。一瞬、違和感を覚えたが、人間に戻ったから猫の言語を聞き取れなかっただけだと気付いた。どことなく寂しい気持ちがあったが、こうなったもんは仕方ねぇよな。こっちの声は聞き取れるだろうし、共有しておくか。


「何が起きた? ってところか。ジェノαは消えた。遠くに別の敵が現れた。簡潔に言えば、それだけだ。僕たちの勝負は有耶無耶になったような感じだな。大技を放ってくるような気配もねぇし、移動中に何らかのトラブルに見舞われたと考えていいだろう。順当に考えりゃあ、別の敵が諸悪の根源だろうな」


『ニャーオ?』


 アウロラは小首を傾げ、問いかける。これは言葉が分からなくても理解できるな。どうするの? って印象だ。彼女も無関係じゃなく、この戦闘に一枚噛んでるから、口を挟む権利はある。完全な意思疎通を取ることができなくなっちまったが、今でも彼女を信じたいという気持ちに変わりはない。人間になったから、はいサヨナラって切り捨てるわけにもいかず、僕の方針は伝えておく必要があった。


「僕は何もしねぇ。あいつは約束を守る男だ。何があっても戦場に駆けつける。僕との因縁に決着をつける。そこんとこは誰よりも信用してるんだよな。どれだけ待つことになっても、可能な限り僕はここに居座る。幸い、センス効率の高い能力を覚えたところだからな。待ち時間がどれだけ長くなろうとも、力が無駄に浪費されることはないし、この熱が冷めることもない」


 僕は問いに答えると、アウロラは神妙な面持ちをしていた。正しいとも間違ってるとも言えず、僕の判断を尊重してくれているような印象を受けた。本当なら言いたいことはあるんだろうな。言葉が通じれば、何か言ってくれたんだろうな。ただ、どんな助言を受けても、僕の判断は揺らがねぇ。この勝負にだけは口を挟ませねぇ。例え、世界がひっくり返っても僕は待ち続ける。そんな断固たる決意をもってして、地べたに胡坐の体勢で座り込み、待ちの姿勢を貫いた。


「「…………」」


 そこに訪れたのは二人。ジャコモとじいやだった。僕たちの戦いに引き寄せられたのか、遠くの気配を察知したのか分からねぇが、いずれにせよ、嫌な予感がするな。覚悟完了って顔をしてやがる。たまたま出会ったんじゃなく、意図的に接触してきたのが表情を見るだけで伝わる。僕も似たようなツラをしてるんだろうな。何を言ったところで意見を変えない頑固者の面持ちだ。


「何か用か? 暇そうに見えるかもしれねぇが、僕はこう見えて忙しいんだ。何か言いたいことがあるのは察しがつくが、出来るだけ手短にしてくれ」


 問いかけに対し、二人は顔を見合わせる。示し合わせたように頷き、代表と思われるジャコモが口を開いた。


「俺は未来から来た。お前は今日死ぬ。だから、この戦いだけは降りろ」


 ◇◇◇


 ソフィアと大政務長グランドチャンセラーが合流した。ブラックスワンとマルタ騎士団の最強格が足並みを揃えた。共通敵を前にして、僕たちは団結した。生前葬に参列する騎士団の面々も含め、その場にいる全員の視線が、たった一匹に注がれた。


「……………………」

 

 十字路の中央には天使化した悪魔ジュリアが立っている。殴られた左頬を左手でさすりながら、僕に熱い視線を向けている。他は眼中にないようだ。あくまで狙いは僕。好きなものを最初に食べる主義と言っていたけど、ソフィアと大政務長が現れてもなお、順位は繰り上がらなかったらしい。過大評価と言うかなんというか。実力だけで言うなら、僕は二人に劣っている。恐らくだけど、他に付加価値があるんだろうな。白き神か、身体か、魂か、それに付随した何かか。色々と考えられることはあるんだけど、何かを欲しているのは分かる。天使由来のものか、悪魔由来のものかは分からないけど、このまま素直に食われてあげるつもりはない。


「降参を推奨するよ。金輪際、人間界に手を出さないと約束するなら、見逃してあげてもいい」


 僕はひとまず対話を試みた。戦力が均衡している状況だと判断し、話し合いに持ち込んだ。聞く耳を持ってくれなさそうだし、勝ち目は薄そうではあるんだけど、今までとは違って、言葉を差し挟めるだけの隙が生まれたのは確か。問答無用で襲い掛かってこないことを見るに、ソフィアと大政務長の存在は思ったよりも厄介らしい。というか、厄介に思ってもらわないと困るんだよな。将棋で言うなら、こっちが全ての駒を揃えて、万全の布陣で待ち構えているのに、彼女は王だけで勝負を挑んでいるような感じだ。戦闘力が高ければ可能なのかもしれないけど、ゲームとして成立していない。バランスブレイカーと言ってもいいな。実力差に多少のバラツキはあっても、人間界の常識内で僕らはギリギリ留まっている。神や悪魔が絡んでいるとはいっても、ホームじゃないから力が制限されているはずだ。だからここまでどうにかなった。悪魔と人間が交流しても大きく均衡が崩れることはなかった。


 でも、彼女は別格だ。なんの制限もなく、自由自在に別世界の力を扱えているような印象を受ける。もし、制限を受けた上でアレなら……なんて考えたけど、確証もないことを考えるのはよそう。今は交渉に集中したい。万が一ぐらいの確率かもしれないけど、説得が成功する可能性だってあり得る。


「――仮に要求を呑むとしても、供物が足りんな。――立場を弁えろ」


 意外にもジュリアは前向きな反応を示した。悪魔としての取引か、神としての催促かは分からないけど、一理ある。あれだけ大掛かりなことを成し遂げられる実力があるのに、こっちの要望だけを呑んで、黙って引き下がるとは思えない。ただ、聞く耳を持ってくれた時点で、一歩前進だ。どのような立場で物申してるかは分からないけど、悪魔の身体を介した約束には拘束力があるし、悪魔界で厳重に管理されている。僕の予想ではブロックチェーン的な技術があって、そこに今までの悪魔が行った取引内容が記録されているはずだ。外からの改竄が極めて難しいため、簡単に反故にもできず、一度交わした取引の重みが増す。契約を成立させてしまえばこっちのもんだろうけど、問題は彼女が求めているものが何かだな。


「じゃあ例えば、どんなものを差し出せば、君は納得してくれるの?」


「――お前の一番大事なものを渡せ。――それなら見逃してやってもいい」


 言われてパッと頭に浮かんだのは、ラウラの顔だった。優先順位をつけられないものはいくつも抱えているつもりなんだけど、今、最も大事なものは何かと問われれば、迷わずラウラとの勝負に決着をつけることだと答えるだろう。彼女の言っている供物が、人物ベースか出来事ベースかは分からないけど、仮にどっちを差し出すとしても嫌だった。だから取引としての価値があるのかもしれないけど、即断即決はできなかった。


「仮に差し出したとして、約束を守ってくれる保証はあるの?」


「――十字路は悪魔にとっての公的な窓口。――反故にはできんよ」


「対象は人物? それとも、出来事でもいい?」


「――出来事でも可。――初回限定の出血大サービスではあるがな」


 決断を先延ばしにする問いに、ジュリアは端的に答える。いちいち聞かなくても分かっていた内容だったけど、どうやら悪魔の立場として接しているらしい。後は僕が選ぶかどうか。僕の自由意思に全てが委ねられている状態。ラウラを生贄に捧げないのであれば破格も破格だ。ラウラとの勝負を諦めるだけで、この場にいる全員を守れると考えるなら、確かに出血大サービスではある。ただ……。


「悪くはない条件だけど、良くもないね」


「――強気に出たな。――今のお前に何ができる」


「僕は君を天界に送り返せる。その準備はすでに整っている」


 発言に伴い、前倒しで行われたのは生前葬。騎士団総員のラテン語の詠唱によって、天界送りを開始する。本来なら、聖堂で行うのが望ましく、大神には通用しないかもしれないけど、天使ぐらいなら送り返せるはずだ。


「――っっ」


 ジュリアの顔色が歪む。体勢が崩れ、効果があるのが目に見えて分かる。詠唱にそれなりの時間がかかるのが懸念点だけど、仮に暴れたとしても、抑えつけられるだけの面子は揃っていた。


「――茫、漠」


 思った通りというべきか、ジュリアは右手を地面に向け、付近を砂に変えようと画策している。僕がいちいち指示するまでもなかった。彼女は勝手に動き出していた。


「それ、異常だよ」


 正常の魔眼が輝き、砂になりかけた大地を元に戻す。


「……少し大人しくしていただきましょうかねぇ」


 その間に大政務長がジュリアの後ろ手を拘束し、地面に抑えつける。見事な連携プレーだ。このままいけば確実に、天使を祓うことが可能になるだろう。じたばたと暴れるような素振りをしていたジュリアは、がっくりと項垂れ、諦めたようにも見える。とんでもない強敵だったけど、今回は運がよかったな。状況と舞台が整っていたことで何とか勝てた。もし、平場だったら……。


「――――抜開」


 そう考えていたところに響いたのは、不穏な声。辺りの建物は平場に変わり、地理的優位を失い、彼女は二人の拘束を力ずくで解くと、どこかへ飛び立った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ