第146話 襲来
さすがはラウラだ。白き神の片割れだ。僕が初めて戦った裏社会の敵だ。今は立場も状況もまるで違うけど、奇妙な縁で結ばれているのは間違いない。ジェノβに比べれば、僕と過ごした時間は長くないかもしれないけど、濃度では絶対に負けてない。そう言い張れるぐらいの戦いだ。今が僕のベストバウトなんだ。誰にも奪わせてなるものか。お互いの立場上、色んなしがらみがあるけど、この戦闘だけは誰にも邪魔されたくない。僕から台無しにすることは絶対にないと言い切れる。……でも、世界は僕だけのものじゃないんだよね。
「…………」
空間転移でワープした先には悪魔であり、天使がいた。緋色の髪に、ソフィアと瓜二つな容姿、半袖に近い黒のローブを着ており、頭の上には白い輪っか。額には二本の角、臀部から尻尾が生え、背中にある蝙蝠のような羽根を使い、空中に留まり続けていた。名前は確か、ジュリア。ジェノβと同じ『呪われし子供達計画』に選ばれた一人のはずだ。なんでここに……なんて野暮なことは聞く意味がない。彼女がマルタ共和国に来ていたのは分かっていたし、移動してきたのは僕だ。偶然、ばったり出くわしただけのように思える。ただ、どうも様子がおかしい。明らかに異質な雰囲気を纏っており、よく見渡してみればここは、僕が移動したいと思った場所ではなかったことに気付いた。だから、聞くべき内容はこうだ。
「どういう理由で僕を呼び寄せたの」
僕は怒りを露わにすることなく、落ち着いたトーンで話した。重力を操って浮遊し、同じ目線で話に応じた。今ならいつでも戦場に戻ることはできるだろうし、体力気力も100%に近い状態だから焦ってはいない。ただ、理由があって呼び寄せられたなら、困る。この子を無視して再び戦場に戻ろうとも、空間転移する度にこっちへ飛ばされるんじゃ……という懸念が常に付き纏う。それじゃあラウラとの戦闘に100%集中できない。あれだけ丁寧にお膳立てをしたんだ。多少の時間を割いてでも、後顧の憂いは断っておきたかった。
「――知れたこと。――ワタシも混ぜろ」
端的な答えと共に、目の前が爆ぜた。緋色の意思弾が炸裂し、僕の身体を吹き飛ばしていた。重力を操っても勢いを完全に殺し切ることはできない。空間を操っても恐らく彼女のもとに運ばれるだけ。因果逆転は勝手知ったる相手じゃないと不測の事態を招く可能性がある。色々な条件を加味して、僕は抗えなかった。意思弾の威力が高いこともそうだけど、ありとあらゆるものが彼女に味方していた。
「……っっ」
建物を突き破り、訪れたのは潜考図書室だった。そこには、甲冑を従える宮殿護衛長を含めた三名が戦闘に及ぼうとしていた。経緯は不明。というか、いちいち考えていたら頭の処理が追いつかない。目の前のことだけに意識を回し、重力の反発でブレーキをかけ、僕はジュリアの襲来に備えた。
「そ、総長!? どうしてここに」
真っ先に声を上げたのは、宮殿護衛長だった。構っている余裕はないけど、必要最低限の説明をするぐらいの義理はある。
「天使が来る! 僕を守って!!」
端的に指示を送り、意図を察してくれたのか、すぐさま周囲には甲冑が現れ、僕を守ろうとしている。ここは宮殿護衛長の支配領域だ。宮殿内に踏み込んだ害意のある敵は排除されるようプログラムされている。範囲は限定的だけど、僕が知る限りでは、護衛という面において右に出る者はいない。いかに天使と言えど、悪魔の身体を依り代にしているなら、通用するはず。
「――茫漠」
しかし、ジュリアはたった一言で攻略した。宮殿全体を砂に変え、内と外の境界を失くした。周囲にいた甲冑は消え、宮殿護衛長の地の利がなくなる。戦意を失った護衛長や、状況を整理し切れない二人は眼中になく、ジュリアは僕の懐に迫り、羽根を使ってクルリと独楽のように回転し、右足で回し蹴りを放った。
「――っっっ」
成す術なく僕は蹴飛ばされ、舞台移動を余儀なくされる。体術もセンスも意思能力も桁外れだ。これでも僕は強い方だと思っていたけど、まるで歯が立たない。ラウラと全力で戦いたいのに、世界がそれを許してくれない。
「「………」」
次に降り立ったのは、十字路と思わしき場所だった。生前葬の最前列に位置し、そこにいた人たちが異様な光景に唖然としているのが目に見える。そこには大宗務長、八重椿、夜助などの姿もあり、意思能力産と思わしき化け物の姿も見える。状況から考えて、フリーで動けるのは椿しかしない。
「椿さん! こいつは敵だ!! 僕と一緒に戦って!!!」
必然的に選ばれた答えを口にし、僕は協力を仰いだ。
「心得た!!!」
それを無視できるほどの薄情者でもなく、椿は僕の期待にノータイムで応える。袈裟を着た大鎌を持つ老いた坊主と、虎をベースにしたキメラが動き出し、やってきたジュリアを迎え撃つ。
『――――』
『――――』
放たれるのは大鎌の横薙ぎと、獣の咆哮。どんな能力が組み込まれているかは分からないけど、身震いするほどのセンスが練り込められているのが分かった。
「――陳情」
ジュリアは両手の掌をそれぞれに向け、短い呪文を唱える。すぐさま攻撃は無効化され、糸が切れた人形のように坊主と複合獣はピタリと動きを止めた。椿の顔から血の気が引いていくのを感じる。たぶん僕も同じ感想を抱いている。むしろ、それ以上かもしれない。今までの攻防を見る限り、単純な攻撃力、概念的な破壊、それに加えて精神掌握を可能にし、全てが一級品。才能ある使い手が一芸に特化し、人生を捧げてようやく達成可能の技を複合的に易々と使っている。全知全能の存在なのか? と言いたくなるぐらい欠点が見受けられない。得意系統なんて意思能力者の常識は通用せず、全ての系統を100%極めたような実力を発揮していた。
「……すまん。わらわでは役に立てなさそうじゃ」
聞こえてきたのは、弱々しい言葉だった。素直に実力不足を認め、心が折れてしまっている。他人事のように聞こえるけど、そうじゃない。圧倒的格上を前にして、死を悟ったような感覚に近い。だって彼女は他人事では済まない。ジュリアの機嫌によって命が左右される状態。少しでも機嫌を損なえば、死ぬ。それを甘んじて受け入れている。弱肉強食の世界が広がっていることを誰よりも認めている。良いも悪いも、生も死も、勝ちも負けも、どちらか一方を特別視することはない。仏教でいう諸行無常を悟った僧侶のような言動が彼女からは感じられた。
「――秘奥剣」
そこに現れたのは、一人のサムライ。生前葬の行列から跳躍し、刀を上段に構え、青色のセンスを迸らせている。ジュリアはそれを見ていた。今までの彼女から考えたら、止められたはずなのに何もしなかった。絶望的な状況の中で立ち向かってきた使い手に対する敬意の表れか、それとも侮蔑か。彼女の心を読み取ることはできなかったけど、刃は縦に振るわれ、黒髪のサムライは意気を乗せた。
「獅子舞!!!」
放たれるのは獅子の王。獰猛な牙と爪を持つ四足歩行動物は空中を駆け、ジュリアのもとに迫った。まごうことなき、必殺の一撃。それも恐らく、彼のキャリアハイを更新したと思わせるような勢いと熱量をもってして振るわれたセンス。
「――」
ジュリアは右拳を前に突き出し、獅子の頭を貫き、屠る。人の努力を嘲笑うかのように、非凡なる才能が残酷な結果を突きつける。最悪の展開だけど、これは予想できたことだ。二番煎じな展開だ。このままぼーっとしてるわけにはいかない。
「彼方へ消えろ」
僕は右手を突き出し、地の果てに飛ばすイメージを描き、センスを込める。正直アレは、今の僕たちには倒せない化け物だ。断言していいし、敗北は認めてやる。だけど、これ以上は滅茶苦茶にさせない。僕はラウラを待たせてある。これ以上、彼女のために使うと決めた力を無駄遣いするわけにはいかない。
「――傍若」
次にジュリアは自分の右手の掌を向け、呪文を唱える。恐らく、強制力や状態異常に強いバフを自身に施した。サポート型の能力も可能なのか。彼女は別の場所に飛ばされることはなく、何事もなかったかのように目の前に立っている。……逃げられない。彼女との戦闘を避けることはできない。動機や背景を知った上で説得を試みたいところだけど、話す隙を与えてくれるわけがない。
「――悪いが、好きなものは先に食べる主義でね」
気付けばジュリアは懐に忍び込んでいる。意思を断ち、右拳を放ち、衝突する瞬間に全神経を集中させている。彼女は頭から食べるつもりだ。強いものから順番に手を下し、最後には綺麗に平らげられたジュリアの住処が広がっているはずだ。いわば、魔王城の完成だ。模造世界が大地を覆い、彼女の暴力によって成立する闇の世界が広がる。その光景が見えた。イメージできたということは、そうなる可能性が高いということだ。現に、僕は諦めつつある。抵抗したところで、無駄だと思いつつある。仮に抵抗するとしても、何をすればいい。体術で劣り、センスで劣り、精神掌握で劣り、サポートでも劣り、何もかも下位互換の僕たちは何を頼りに頑張ればいい。何に縋れば勝つことができる。神か? 天使か? 祈る対象が敵なんだ。祈れば祈るほど奴らの思う壺になる。だとしたら、悪魔か? いいや、それも駄目だ。目の前にいるジュリアは悪魔の属性も有している。黒魔術や取引といった類も得意分野の一つだろうし、余裕で対策されるだろう。やっぱり、最後には一つしか残らない。なんの根拠もない希望なんて言葉は生温い。古今東西あらゆる物語において、化け物を退治するのはいつだって人間だ!!!
「……厘っ!!!!!」
聞き覚えのある高らかな声音と共に、迸るのは緋色の閃光。それは、ジュリアのものではなく、似て非なる別個体による出力だった。
「――っっ」
ジュリアは左頬に拳を受け、顔を歪ませ、殴り飛ばされていく。建物を突き破り、今までの色濃い攻防の中でも、初めての有効打となっていた。もちろん、今ので勝ったとは思えないけど、希望は見えた。抽象化された概念が実在する人と重なることで、信じることが可能になった。その先頭で旗を振るうのは、上空2000メートルの地に遅れてやってきた二人。
「私、参上!!!!!」
「微力ながらお力添えさせていただきますよ。我が主」
ソフィアと大政務長。ブラックスワンとマルタ騎士団の最強格二人が足並みを揃えた瞬間だった。




