第144話 極限
白銀の鎧は奪い返された。頼りの得物はどこかに飛ばされた。絶対絶命の窮地ってやつだ。殺す気があるかどうかは知らねぇが、例え生き残れたとしても、最悪の未来が広がる。模造世界が広がり続け、本物の世界は闇に閉ざされる。ジェノαがコントロールできる事案かどうかは定かじゃないが、少なくとも、止める気はない。ソフィアと大政務長が消えたのは不慮の事故だと言ったが、模造世界が事故だったとは一言も言ってねぇからな。
想定にあった。早かれ遅かれ実行するつもりだった。そう判断して、僕はジェノαに見切りをつけた。黒だと断定した。ここで勝利を収めたところで、根本的な問題は解決しねぇのは分かってる。もっと他に目を向けるべきなのは頭で分かってる。……でも、理屈じゃねぇんだよな。とにかくこいつは一度ぶちのめす。そう自分で決めた以上は、筋ってもんを通さないといけねぇよなぁ!!!
『――――』
僕の意思に応じて、身に纏われていたセンスが一段階向上する。目に見えて量が増えたわけじゃなかった。どっちかっつぅと変わったのは質だ。先細って外向きに力が発散される形状から、円形のものに切り替わった。心なしか白色のセンスの濃度が増した気がした。だからなんだって話だが、妙に身体に馴染む。王家の大剣に比べれば見劣りするはずだが、妙な安心感と万能感があった。
「変わったね。追い込んだことで成長を促してしまったようだ」
白銀の鎧を再び纏ったジェノαは、落ち着いた様子で声をかけてくる。出会った頃からそうだが、年の割に達観してるというか、大人びてるというか。白き神がどうとか、神格化を抜きにして、ジェノαとβに共通した長所だと思っていた。……でも、どうしてかな。今はどうも鼻につく。上から目線の物言いが癪に障る。圧倒的に優位に立った状態で達観してるのが気に食わねぇ。
『それは勝つか負けるかしてから言えよ。そうだろ? クソガキ!!』
僕は圧倒的に不利だと分かった上で、突っ込んだ。便利な得物もなく、猫の身体だけで白銀の鎧に立ち向かった。
「――これで、出鼻を挫こうか!!」
放たれるのは左拳。重力で僕の身体に負荷をかけ、じわじわとなぶり殺しにするつもりなんだろう。僕の予想では、受ければ受けるほど重力が加算される仕組みのはずだ。『重さ無視』の性質があった王家の大剣とは相性がよく、受けても効果がなかったわけだが、生身だと話が変わる。一発や二発ぐらいは当たっても平気かもしれないが、積み重ねればいつか、攻防が破綻する。僕の身体がジェノαのスピードに追い付けない事象が発生する。そこまで分かってたらやることは単純だ。
『――――』
空中で身を逸らし、僕は左拳をヒラリと躱す。徐々に距離を詰め、僕の短い手足が届きそうな位置まで迫ってくるが、リーチの差ってのは残酷だな。
「――、――、――――!!」
右左右と交互に拳を繰り出し、ジェノαは迫り来る僕を迎撃する。なぜか当たる気がしなかった。心も身体も軽やかで、あらゆる感覚がこれまでになく冴えていた。鬼気迫る状況のはずなのに、思考を回す余裕すらあった。僕は容赦なく放たれる白銀の拳を小結界の足場を駆使してかいくぐり、五芒星を描くような軌道をした後にすかさず距離を詰める。
『――!!!!』
僕は勢いのまま白銀の鎧の胴体に頭突きをかまし、ぶっ飛ばす。ガンという高らかな音と共に得も言えない快感が身体を突き抜けると、脳に電流が走った。……これだ。この感覚だ。これこそが『精神掌握』だ。感覚系は豊かな感受性で相手を掌握することに意識がとらわれがちだが、本質は別だ。自分を掌握する術に長けている。人よりも自分を深掘りすることを得意とする。狭く、深く。その興味の対象を僕自身に絞ったのは間違いなかったんだ。自分という人間の解像度を上げ続けることでしか見えない景色。……世界が止まって見えやがる。
『意思保存の法則――』
吹き飛ばされるジェノを追いつつ、僕は短文詠唱を開始する。残す工程は多くない。水中都市ラグーザの質量には遠く及ばねぇが、その分、燃費がいいし、手頃な破壊力を見込める。結局、アイデアってのは創意工夫してなんぼなんだよな。コピー&ペーストもカット&ペーストも手垢まみれのギミックだが、意思能力として運用し、どう活用するかで個性が出る。奇抜なアイデアを見つけるまで、あーだこーだと悩むのもいいが、僕には性に合わなかった。早々に能力を確定し、アイデア被りだとしても諦めずに深掘りを続けたことで、ようやくたどり着いた領域。
『【断熱圧縮】!!!』
僕は短い右手を伸ばし、ジェノαの顔面に打ち付ける。ガギンと先ほどよりも痛烈な音を響かせ、えぐり込むように地面へ潜っていく。手応えありだ。爆発めいた見た目の華やかさはなかったが、身体能力の向上は甚だしい。僕は顕在センス量が封じられる聖エルモ砦で肉体強化のコツを掴んだ。全身の骨と肉と神経に潜在センスを流し込むことで、猫にあるまじき膂力を得た。こいつはその応用だ。切り取った大量の酸素ボンベと爆発。それを貼り付ければ、ミサイル並みの破壊力が見込めるが、一回限りで終わっちまう。だから僕は、酸素ボンベの仕組みに欠かせない圧力と熱を活用することにした。それを端的に表したワードが『断熱圧縮』だ。
自転車の空気入れと似たような原理だが、密閉された空間に気体を押し込むことで、熱エネルギーが発生する。容器の耐久力のギリギリまで押しとどめ、蓋をするなりして閉じ込めれば、外部に熱が漏れ出ない効率的なシステムが完成する。内的構造のため、外的な顕在センス量で劣っていたとしても、問題ない。最小限のセンス消費で内的圧力をかけ、超効率的な肉体強化が見込めるってわけだ。アウロラに褒められた僕のセンス効率の高さとも相性がいい。デメリットとして、内的圧力による温度の上昇……つまり、僕への負担が大きいわけだが、文句は言ってられねぇわな。むしろ今は、この熱が心地いい。湯船に浸かっているような快適さすら感じられた。
「…………」
地面を突き破り、当たり前のように現れたのは鎧を纏ったままのジェノαだった。僕がいる屋上に着地し、無言を貫いている。まるで効果がないように見えるが、僕の印象は違った。勝利条件は断熱圧縮×肉体強化で白銀の鎧を打ち破ることじゃない。……センス切れだ。十数分前に5%しかないと言っていたセンス残量を0%にするのが目的だ。この攻防がいつまでも続くとは思えない。ジェノαが嘘をついていたとも感じない。戦闘が長引いてる時点で、僕の有利は揺るがなかった。もちろん、一瞬の気の緩みが敗北に繋がるが、時間さえ稼げれば、僕の勝利は目前だった。
「君の狙いは燃料切れかな。その見立ては正しいし、燃費の悪い白銀の鎧対策としては筋の通った攻略法だ。僕があの時、残り5%だと言ったのも嘘じゃないし、今はそれ未満だろうね。センスを失えば、実戦上、僕は詰みだろう」
ジェノαは悟ったような声音で状況を整理する。考えを見通されていたというか、自明の理だったとでもいうか。ただ、あらためて言語化されたことにより、空気がより一層引き締まったのが肌感覚で分かる。どう転ぼうが決着は近い気がした。……それでも、何か裏があるように感じる。もう一波乱起きる気配がする。見ず知らずの相手ならまだしも、僕が相手にしているのはジェノαだ。今までの経験則から考えると、ここですんなり諦めるようなタマとは思えなかった。
「君はそれでいいの? 騎士団総長としての僕と本気で戦えるのは、一生に一度あるかないかなんだよ。力を失って、泣きべそかいた僕に参りましたと言わせたいの? 違うよね。そんな大人げないことしないよね。そんな決着は望んでないよね。僕の言いたいことは分かるよね」
ジェノαが悟っているのは敗北だった。いや、それより先の屈辱的な光景と言うべきか。こいつの発言を聞き入れなければ、十中八九、僕が勝つだろう。つまんねぇ決着で勝負が終わり、当分の間、ジェノαとも関わることはなくなるだろう。もう僕の中だと答えは出てんだよな。……ただ、だからといって、お互い100%の状態でバトルができるってわけでもなく、今から本気で殴り合って決着をつけたとしても後悔が残る。じゃあ、二日後に体調を整えて、お互い万全の体勢でやろうってわけにもいかねぇし、どうしたもんかな。
僕は答えを出せずにいた。内向きの熱量は高まり続けるが、外向きに発することができなかった。少なくとも、僕たちの間ではどうしようもない問題だ。超規格外の回復アイテムとかがあれば話が別だが、そんな都合のいいもんが転がってるわけ……。
「――ランチは、お好き?」
不意に現れたのは車椅子に乗った、満身創痍の金髪美女だった。どうやって屋上まで……と口に出かけたが、考えるだけ無駄だな。意思能力か何らかのギミックなら自由に移動できても違和感はない。それよりも問題はなんて答えるかだった。
「うん」
『ああ』
この場に否定的意見はいらねぇ。空気が悪くような発言は相応しくねぇ。必然的に選ばれたのは、肯定。内容の良し悪しに思案を巡らせることなく、僕たちは反射的に『はい』というニュアンスの言葉を口にしていた。これによって何が起こるかは全くの未知数だったが、深く考える間もなく答えは明らかになった
「「ウサギの煮込み、お待ち……っ!」」
二人に分裂した金髪美女は車椅子から飛び出し、僕たちに頭突きを放つ。僕とジェノαの頭部にクリーンヒットし、視界がグラついた。気絶する寸前の感覚に近い。ふわっと魂が抜けるような感覚と共に地べたに這いつくばる。そうなりゃあ、最低の決着ってやつだな。僕がセンス切れを狙って決着をつけた方が百億倍マシだ。……でも、そうじゃなかった。兎料理は意図せず幸運を運んだ。
『僕を解放しろ!!! 大財務長!!!!』
万全の体調に戻った僕は、猫化状態の原因を作った人物に話しかける。なぜそうなかった……なんてのはどうだっていい。しょうもない理屈を並べたら、熱が冷める。それより大事なのは今だ。目の前にいる好敵手だ。そいつと全力で戦うためなら、僕はなんだってやってやる。悪魔に魂でも売ってやる。だから……っ!!
「聖なる夜っ!!」
金髪長耳の太った男は僕に触れ、解放の呪文を唱える。地面も境界も背景もあやふやだ。ここがどこで、何がどうなってんのかに考えが及ばない。ただ、条件は整った。期せずしてお互いが100%の実力を発揮できる舞台が成立した。首都に住んでる一般人はいねぇし、被害にいちいち気を遣う必要もねぇ。
「勝負だ、ジェノα。どっちが強いか白黒ハッキリつけようぜ」




