第143話 総長対教皇
体調は万全とは言えねぇ。MAXを100%とするなら、今は30%ぐらいだろう。騎士団総長様を相手にするには心許ない数字だと言える。ただ、条件は同じだ。よーいドンでセンスを0%にして、そこから回復に用いた時間は変わらねぇ。充填の速さに個人差はあれど、片方が万全でもう片方が満身創痍っていう状況じゃねぇ。ものすっごいフェアな勝負だ。猫化状態っつうデバフを抜きにすりゃあ、完璧と言ってもいいが、そこまで贅沢は言ってられないよな。
『「……」』
僕とジェノαは石造りの建物屋上で、睨み合う。隅っこの方には灰色猫のアウロラがちょこんと座り、僕たちを見守っている。万が一、僕が負けた場合はアウロラの番だ。二対一で襲い掛かるなんて女々しいことはしねぇ。揉めた時は、当事者同士が拳を交えて白黒ハッキリつけるのがルチアーノ流だった。
「今度は逃げないんだね」
白銀の鎧を纏ったジェノαは、ヒヤリとする言葉を発した。声のトーン自体は普通だ。マフィアのように凄味を利かせたようなもんじゃねぇ。ただ、端的に事実を述べただけ……なんだが、僕としては耳が痛い話ではあった。
『逃げようが、今戦おうが同じだと気付いただけだ』
黒の折れた大剣を地面に刺し込み、僕は猫語で話しかける。話が通じないと分かってはいるが、話しかけてきたのは向こうだ。返事してやるのが礼儀ってもんだし、ジェノαは僕の言葉を何となく分かってる気がする。猫語に理解があるのか、表情や仕草や雰囲気で察しているのかは分からねぇが、このコミュニケーションには確かな意味があるように感じた。
「ここまできたら何を言っても無駄か。戦うのは去年の年末振りだね。正直、僕はワクワクしてるよ。ようやく、あの日の雪辱を晴らせるんだから」
ジェノαは右拳を握り込み、銀色のセンスを昂ぶらせる。なーにが5%だ。低く自分を見積もりやがって。今でも十分えげつねぇよ。僕の見立てが正しければ、ストリートキングの決勝戦レベルだな。あの時の数字を参考にするなら、3000~4000は堅い。常時でこれだし、瞬間的なものなら十倍か数百倍は可能だろう。50万レベルも視野だな。もちろん数字が全てじゃねぇが、それを出力基盤にした大スケールの意思能力が発動できると想定しておけば、幾分か戦いやすい。
『これも何かの因果か……。認めてやるよ。お前は僕の敵だ。あの時みたいに侮ったりはしねぇ。最初から全力でお相手してやる。早々にへばってくれるなよ! ジェノ・アンダーソン!!』
僕は白色のセンスを纏い、軽く跳躍し、大剣の柄を口で咥え、戦闘準備は完了する。同意の上での決闘ってやつだ。ジェノβとの関係性を含めても、これで二度目。直接対決をしたのは、あいつの言うように去年の年末振りってことになる。僕は変わった。ブラックスワンに入り、任務を重ね、場数を踏み、あの時に比べたら格段に成長した。ジェノαも同じようなもんだろう。リーチェに弟子入りし、『血の千年祭』を体験した後に騎士団に入り、総長として腕を磨き続けた。年齢なんかを考慮したら多少の誤差はあるかもしれねぇが、修業した期間に大差はないはずだ。それに白黒がつく。僕たちの成長方針が正しいか間違っていたかが決定する。首都のゴタゴタが闘争のきっかけだったが、今はもはやどうだっていい。一体、どちらが強ぇのか、それをここで証明しようや。
◇◇◇
体調は万全とは言えなかった。MAXを100%とするなら、今は10%ぐらいかな。今のラウラの出力だと、100%中の30%から40%ぐらいの出力はあるように感じる。軽い戦闘を行ったはずなのに、ここまでのパフォーマンスを保てるのは一種の才能だな。センス効率の精度がズバ抜けて高いらしい。相対的に僕はセンス効率が悪いってことになる。回復するのも遅いし、常時展開している白銀の鎧も燃費が悪い。……だけど僕には、彼女が持ってない長所がある。
「……いくよ」
身体に漲るのは万能感。その正体は有り余る銀色の光……センスだ。僕の得意系統は肉体系。センスの総量だけで言えば、ラウラに劣らない。例え、総量の10%分しか運用できないとしても、出力勝負に持ち込めば負けない自信はあった。
『ニャア!!』
大剣を口に咥えるラウラは待ち構える。あえて後手に回り、僕の行動を待っていた。自分から仕掛けるよりも、後出しの方が向いていると判断したのかな。いずれにせよ、戦いは始まった。約九か月振りの真剣勝負の場が整った。
「――――」
奇策や搦め手に頼るのは好みじゃない。僕は地面を蹴り、一気に距離を詰める。青猫ラウラの懐に飛び込み、放つのは無数の拳。左手は『重力』、右手は『空間』の能力を司り、受ける受けないで大きく戦局を左右する。
『――――』
ラウラの大剣捌きは実に見事だった。身の丈の数十倍以上はある得物をブンブンと振り回し、僕の左拳だけを防いでいる。残りの右拳は猫特有の軽やかな身のこなしで回避し、どれも決定打とならなかった。……やはりと言うべきか、僕の手品の種は割れているようだ。『空間』の右拳を受ければ、大剣をワープさせられる。一方で『重力』の左拳を受ければ、多少重たくなるだけで戦闘に支障は出ないと判断したんだろう。……にしても、速いな。フィジカルは人間状態に比べれば遥かに劣っているはずなんだけど、見劣りしない。更に言えば、左拳を受ける度に、重力は加算されているはずなのに動きが一向に鈍らない。もしかしたら……。
『――――ニャアッッ!!!』
思考の狭間で生じたほんの一瞬の隙をラウラは見逃さない。糸を縫うように大剣を振るい、放った拳をすり抜け、袈裟懸けの刃が僕の胴体に迫った。鎧の防御力を過信するつもりはないけど、世界人口の半数が信仰する唯一神の外身だ。仮に切れ味に特化した術式が刻まれていたとしても、打ち勝てる自信がある。意思能力による攻防はイメージによる相性も大いに関係するからね。『剣』対『鎧』がぶつかった場合、ザックリとしたイメージでどっちが勝ちそうかと言われれば、『鎧』に軍配が上がるだろう。本人の努力や工夫次第でその常識を覆す可能性もあるけど、根本の有利不利は変わらないと思ってる。これは、本人のイメージ力だけの問題じゃない。世界の抑止力的なものが働くとでも言うのかな。それとも、集合意識的なものがあって、統計的に相性を判断しているのかな。なんにしても、僕たちの主観や実力だけでは推し量れない『人類平等のバトルシステム』が世界には組み込まれている気がした。
「…………」
僕はそれを信用した。『大剣』に能力が組み込まれている前提でも『鎧』が勝つと判断した。迫る刃は白色の火花を散らし、僕のセンスを突き破り、白銀の装甲に到達する。僕は攻防の結果よりも、ラウラを見ていた。今、何を考え、どういう感情を抱いているのか。静かに思いを巡らせた。
◇◇◇
鎧兜越しにいるジェノαの顔が透けて見えるようだった。遠い目で僕を見つめ、物思いに耽っているのが刃越しに感じる。これが感覚系の強みってやつか。それとも、特殊な繋がりがあったおかげか。あるいは、両方か。ジェノαと僕は赤の他人だが、白き神という見えない糸で結ばれている。僕の内側にいるツクヨミが白き神なのか? といういまいちハッキリしない部分もあるが、白き神の力の一部が僕に移ったのは間違いない。そして、白き神は完全顕現したわけじゃなく、半分だけ目覚めている。ジェノαは大量の悪人を殺す『太陽の儀式』を完遂させ、白銀の鎧を纏えた。一方の僕は大量の善人を救う『月の儀式』を簡易的に達成し、一時的に神に乗っ取られた。どちらが神を使いこなせているかと言われれば、差は明確だ。儀式を終えているジェノαに軍配が上がる。僕に関しては鎧のよの字もないし、神の力を使えた試しがない。だからこそ、自力でここまできた。自力じゃない部分もあったかもしれねぇが、僕の意図した通りに操ることはできなかった。正直言って、ジェノαのことは羨ましいねぇ。僕だって神の力を支配下に置き、自由自在に操ってみたい。いつかは叶うかもしれねぇが、僕は今、欲しいんだよな。
『――切り取りォォォォッ!!!!』
刃に乗せるのは僕の意思能力。切断属性のある攻撃であれば発動可能。通用するかどうかは、出力と相性次第ってやつだな。出力で勝っていても相性が悪ければ発動しねぇし、出力で負けていても相性が良ければ発動することもある。今回のケースで言えば、出力では劣り、相性は悪いという最悪のケースだ。僕が勝つ見込みは一ミクロもないように思えるが、判断されるのは目に見えた要素だけじゃねぇ。見えない繋がりも重視されると思っている。……ようは、因縁ってやつだな。『白き神を宿す者同士』という世界人口分の二という確率は奇跡だって起こせる。
「……っっ!!」
ジェノαの驚く顔が鎧兜を通さずにありありと見える。何が起こったかは言うまでもねぇよな。僕は読み勝った。奴は白銀の鎧を過信した。それだけだ。大味でピーキーな勝負になっちまったが、これで王手だ。
『――貼り付け《ペースト》』
僕は終わりの呪文を口にする。待ちに待った白銀の鎧を纏える時間がやってくる。猫状態でも操れるのか? って疑問はあるが、低身長のリーチェが高身長の漆黒の鎧を操ってたことを考えるに、手足が届かない部分は意思の力で操縦していたと考えられる。言うなれば、『スーパーロボット』みてぇなもんだな。動力となるセンスさえあれば、手足が短くとも白銀の鎧の運用は可能。一方のジェノは攻防の手段を奪われ、一気に追い込まれた形になるはずだ。
『…………』
僕の周囲には白い燐光が輝き出し、それが物質化していく感じがあった。夢が叶う日も近い。数秒後には、僕が密かに願い続けていた光景が広がっているはずだ。
「残念だよ、ラウラ。違う能力なら、僕に届き得たかもしれないのに」
しかし、ジェノαは余裕を取り戻す。僕の判断ミスを確信する。何を根拠に言っているのかは分からねぇが、奴はボラを吹くタイプじゃねぇ。恐らく、今の状況を逆転する策がある。それは、白銀の鎧由来の能力じゃなくて……。
「因果逆転」
ジェノαは短文詠唱し、突き出した左手を左回り、突き出した右手を右回りさせ、円の軌道を描く。言わずとも分かった。説明されずとも伝わった。こいつは因果を入れ替える能力。僕が『白銀の鎧を得た』という結果は、ジェノαが『白銀の鎧を得た』という結果に書き換わる。恐らく、出力から考えても、リーチェのように世界規模のものじゃねぇ。個人間のみに適用される……因果律干渉能力!!
「まずは飛車落ちといったところかな!!」
再び白銀の鎧を纏ったジェノαは右拳を振るい、黒の大剣に打ちつける。反応する暇も回避する術もなく、僕の得物は虚空に呑まれていった。




