第140話 ノイズ
「ランチはお好き?」
目の前にいる金髪美女は確かに言った。貯蔵庫からピョンと跳躍して外に出た最中に目線を合わせ、尋ねてきた。言葉は理解できるんだが、行動が常軌を逸している。これでも人より変な奴と絡んできたつもりだが、飛び抜けてネジが抜けてやがる。『はい』か『いいえ』か『戦う』か『逃げる』か『無視する』か。どれを選んでもいいが、着地するまでの間に答えを出さなきゃならねぇ気がする。
『…………』
僕は何らかのリアクションを示すより先に、隣へ目線を送った。そこには、同じく貯蔵庫からピョンと飛び出している灰色猫の姿が見えた。目を見開き、面を食らっているのが分かる。仮に演技だとしたらオスカー賞もんだ。レッドカーペットの上を悠々と歩くアウロラの姿が目に浮かぶ。
まず確かめたかったのは、これが仕組まれた出会いかどうかだった。アウロラを信じるとは言ったが、グレーな存在であることに変わりはない。僕を裏切る前提で作戦を立て、意思能力者をけしかけている可能性もなくはなかった。……まぁ、今回の件に関しちゃ、白だな。偶然、遭遇したと考えていいだろう。
次に考えるべきは、何らかの意思能力の可能性だな。応答することによって発動する条件達成型の能力だと見ていいだろう。地上なら頭のネジが飛んだ奴が突然話しかけてきた可能性もあるが、ここは模造世界だ。意思能力者しか踏み入れることが許されない土地のはずだ。こんな異常な場所で露骨な接触をしてきた時点で、黒だ。気さくな隣人だと思える方がどうかしてる。
ここまで考えりゃあ、半分答えは見えてるな。僕はアウロラと目を合わせたまま首をクイッと金髪美女の方に向かわせ、意思疎通を図る。彼女は軽く頷き、僕たちの目線は答えを待っている金髪美女に注がれた。そして……。
『『――――』』
意思能力戦が始まった。僕たちは返答の代わりにセンスを纏い、着地と同時に踏み込んで、猫引っかきをお見舞いしてやった。どれだけ筆舌を尽くしたところで、僕たちの言葉は届かない。『はい』か『いいえ』かを答えたところで、認識してもらえるとは思えない。戦闘に発展するのは、ある種の必然だった。
「…………」
しかし、爪が金髪美女の肌に触れようとした瞬間、ノイズが走った。比喩でもなんでもなく、彼女のシルエットに歪みが生じていた。俗に言う、グリッチエフェクトってやつだな。色飛びした液晶に移る人間を眺めている感覚に近い。身体の一部分が左右に歪み、原型を留めなくなっている。
『『………………』』
僕たちは図らずしも手を止めた。後方に下がり、距離を取って、様子を見た。
「待っててば――」
そこに合流したのは白銀の鎧を纏ったジェノαだった。ガシャガシャとせわしない足音を奏で、追いついてしまう。前門の虎に、後門の狼ってところか。開けた場所に出たから逃げ道がないわけじゃないじゃないんだが、面倒な状況なのは変わりない。ジェノαの続く言葉がないことを考えると、金髪美女を認知したな。今はどうするべきかと頭をぐるぐる回しているはず。……良くも悪くも条件は五分だ。何を起こすか分からない存在が目の前にいるという事実は変わらねぇ。自ずと場は沈黙に満ち、三人の目線は一斉に金髪美女へと注がれ、反応を待っていた。
「ラ、ラララ、ランチ、おすすすき」
ようやく発した言葉は、さっきの焼き増し。壊れたお喋り人形のように言葉を繰り返している。今のところ害はない。狂った人間というより、意思能力で具現化された人形が一番妥当かもな。放置しても問題なさそうだが、油断は禁物だ。
『センスは絶対に解くなよ。恐らく、何か起きる』
『何かって……例えばどんな』
『決戦形態。敵を排除することに特化した戦闘モードとかな』
適当に返事をしつつ、僕たちは様子を見守った。半端に手を出せば、巻き込まれる危険性もあるし、後手後手にならざるを得なかった。
「君……知らない顔だね。ご退場願おうか」
しかし、ジェノは動き出す。僕たちの判断に反して、金髪美女に近付き、右拳を振るおうとしていた。確か、あの右手は『空間』を司る能力のはずだ。殺すつもりなんてサラサラなく、どっかへ空間転移させるつもりなんだろう。
僕たちには止める理由がなかった。ジェノαを敵だと断定した以上、どう転ぼうが構わなかった。むしろ、共倒れになってくれた方が有難いとすら思える。
『…………』
それなのに、僕の身体は勝手に動き出す。二人の間に割って入るようにして、飛び出した。ジェノαの胴体に体当たりして、金髪美女との接触を拒んだ。敵だと思ったことに後悔も反省もないが、心のどこかで人情ってもんが残っていたのかもな。今はどうであれ、奴と過ごした過去に罪はねぇ。
「何を――」
不意を突かれたジェノαは疑問の言葉を口にしながら、明後日の方向に飛んでいった。ただの頭突きじゃなく、渾身のセンスを込めた。しばらくの間は戻って来れないはず。少なくとも、金髪美女の能力が明らかになるまではご退場だ。
「サンドウィッチ伯爵。波刃包丁シルブプレ」
彼女が手にしたのは、パン切り用の刃先がギザギザとした長包丁だった。どうやら、戦闘モードに入ったってのは的外れじゃないらしい。身の毛がよだつような黒いセンスを纏い、見るからに敵意を露わにしている。今の結果だけ見れば、ジェノαが正解で僕が間違っていたようにも思える。……だが、そんなのうだうだ考えたところなんの意味もない。動き出した時間は今更止められねぇ。僕は僕の判断を信じる。選んだ答えを正解にする。目の前の敵を倒す。ただ、それだけだ。
『――貼り付け《ペースト》』
詠唱と共に現れたのは、身の丈よりも遥かにデカい黒の大剣だった。その柄の部分を口で挟み、装備する。刀身は半分折れているが、関係ない。王家専用だろうが、軽かろうが重かろうが、素手よりかはマシだ。……というか、これ以上の得物を僕は知らねぇ。
『「――っっ!!!」』
空中に走ったのは幾多の斬閃だった。遅れて甲高い音が響き渡り、不発に終わったと悟る。手応えを考慮すると、威力は僕が上、スピードは彼女に軍配が上がるってところか。上等だ。とことんまでやってやる!
『――――』
大振りの横薙ぎを放ち、金髪美女は包丁で応じるが、威力を殺し切れない。勢い余るままに石造りの建物を次々と貫通していった。
『来い! 一気に畳みかけるぞ!!』
端的な指示を飛ばし、僕は戦地に赴く。遅れてアウロラも追従し、貫通している建物を次々と通り抜けた。直線状に穴が開いているが、地球一周させるほどの威力はねぇ。亀裂が止まった場所が終着点だ。そこで決着をつける。
『『………』』
辿り着いたのは上品そうなリビングだった。白を基調としたテレビ、ソファ、テーブル、冷蔵庫などの必要最低限の家電が並び、異様な静けさに満ち、人の気配はない。亀裂はここで止まっているが、金髪美女の姿はなかった。
どこに行きやがった……と。反射的に口にしそうになるが、愚行には及ばなかった。恐らく、身を隠し、奇襲を画策している。声を出せば位置がバレるだろうし、僕は喉元まで出かかった感情をグッと堪えた。
時間的猶予を考えて、隠れるとしたらリビング内だ。キッチンと一体型のため、物陰は多い。逃げおおせるのが目的なら、僕たちの目に留まらない場所に移動するのが鉄板だが、アレはそうじゃない。あくまで狙いは奇襲だ。実行に移すには、僕たちの動向を伺える場所に隠れる必要がある。じゃないと基本は不発に終わるからな。標的を殺すために建物ごと爆発したとしても、中に標的がいると確定した状況じゃないと効果は薄い。絶対にどこかで視認している。今か今かと隙を伺っている。
『……』
僕はリスクを承知の上で、周囲にセンスを展開した。アメーバ状に伸ばし、攻防力を捨て、索敵に特化させた。片っ端から探す……なんてもんは素人のやることだ。意思能力者には意思能力者の戦い方がある。引っかかれば最後。そこに向けて、今出せる全力を叩き込んでやる。
だが、反応はなかった。少なくともリビング内に敵は隠れていないことが分かった。これ以上は伸ばせねぇ。周囲一帯を隈なく探したいが、残念ながら今はこれが限界だった。……ただ、収穫がないってわけでもなく、範囲は絞れた。後は。
(上――っ!!)
根拠はなかった。ただ、天井を切り崩し、死角に紛れて奇襲をかけてくる金髪美女の光景が瞼の裏に浮かんだ。それを阻止すべく、僕は動き出す。天井に大剣を振るい、二階に隠れているであろう女の出鼻を挫こうとした。
「…………」
僕の予感は当たっていた。二階に金髪美女は潜んでいた。恐らく、リビングで停止し、突き抜けてきた穴を一個だけ戻り、隣の家の二階から僕たちがいる家の二階に進み、引きこもっていた。ただ、待っている間は何もしなかったのか? そんなわけねぇよな。何か仕込む時間はあったよな。だとすれば、なんだ……。
『『――――!!』』
視界に広がるのは大量の瓦礫。落ちてきたのは金髪美女+三階だった。




