第14話 嵐の前
騎士総長の宮殿内、大使の間。
そこは赤を基調とした部屋で、天井にはシャンデリア、部屋中央には13脚ほどの赤い椅子が半円形状に配置。壁や上部壁面には数々の肖像画が描かれ、地面が赤い絨毯が敷かれる。そこに、総長と大宗務長との謁見を終えた面々が集結していた。
「生前葬が300億円ねぇ……」
黒のワンピースドレスを着た白髪ロングの若かりし女性マルタは、赤い椅子に腰かけ、問題の本質を口にする。
「元首相の国葬でも約15億。その20倍とは……足元を見られたな」
次に反応したのは右目に眼帯をつけた、元マフィアの男カモラ。立て上げた黒髪を横に流し、ややほっそりとした見た目をしている。
「確認ですが、マルタ騎士団が生前葬を行った場合……『不老不死』継承の儀に影響を与えることはないんですよね?」
「白教本派と同じやり方ならね。……ただ、カタリ派に関しては、非公開の情報があまりにも多い。継承を無事に済ませたいあたいとしては、これ以上の手間と暇と金をかける意味合いは薄いと思うんだがねぇ」
こちらの主目的である『不老不死』の儀。
その主導権を握るマルタの反応は思わしくない。
「………」
一方、『不老不死』継承予定のカモラは無言を貫く。
イエスもノーも言わない時点で芳しい反応とは言えない。
彼と彼女には、資金援助は頼めないと思ってよさそうだった。
「……少し席を外していただけますか? お二方と相談します」
失礼を承知の上で、私は二人に退席を願う。
「好きにしな。外にいるから終わったら声かけなよ」
「早まったことはしてくれるな。あくまでそれらは俺の生贄だ」
マルタとカモラは席を外し、去り際に釘を刺される。
『不老不死』継承の儀の成否を握っているのは……残った二人。
「「…………」」
黒い和服を着た黒髪セミロングの若い男性、夜助。
西陣織の黒い着物を着る黒髪ロングの小柄な女性、椿。
両者には日本の神が宿り、白い鎖により動きが封じられる。
――今、主導権を握るのは私。
鎖の延長線上にある持ち手を掴んでいる。
後のことを考えなければ、生かすも殺すも自由。
そんな不条理な状況下で伝えるのは、秘めていた心情。
「結論から申します。私は生前葬であなた方の生贄を阻止したい。どうか力を貸していただけませんか?」
◇◇◇
騎士総長の宮殿前、出入口付近。
外は大雨の中、建物の物陰で雨宿りするのは二人。
「今のアミをどう思う?」
「生前葬が実現すれば、反転して敵になるだろうな。俺のことも、『不老不死』のことも、それに必要な生贄のこともよく思ってはおらんだろう。今、事を起こすほど間抜けではないと思うが、向こうの条件が揃ってからが勝負だ」
「あえて野放しにして、受けて立つってわけかい?」
「いいや、今のところ視界にすら入ってない。300億円相当の通貨を自力で集め、マルタ騎士団を動かして初めて眼中に入る」
「発言も意気込みも一丁前か。……だけど果たして、中身が伴っているのかね」
「…………」
マルタの問いに対し、響いたのは雨音。
カモラはその時が訪れるのを静かに待っていた。
◇◇◇
首都バレッタ東。船着き場。
大雨の中、たどり着いたのは帆船。
帆を畳み、桟橋にある柱にロープで固定。
可動式の連絡橋がかけられて、下船準備が整う。
――降りてきたのは、白教の派遣団。
枢機卿、修道女、悪魔、代理者など多様な面子が揃う。
各々の目的は『悪魔の活動範囲を広げること』で概ね一致。
安全上の観点から逸脱した場合、代理者が動くという制限付き。
マルタ騎士団との交渉が何事もなく終わることを願うばかりだった。
「お待ちしておりましたよぉ、カルド枢機卿と……その他諸々の方」
見えたのは、黒の修道服を着る恰幅のいい金髪長耳の男。
右肩に黒猫を乗せ、特徴的な野太い声を響かせて、出迎える。
従者はおらず、傘もささず、ずぶ濡れの状態で待っていたようだ。
「あなたは確か……大財務長ですね。ご足労感謝します」
何事もなかったように連絡橋から降り、私は挨拶を交わす。
枢機卿という立場から考えるなら、ごく自然な振る舞いだった。
「いえいえ、滅相もございません。私の職務を全うしたまで。……それより、教皇の御姿が見えないようですが、どこにいらっしゃるのでしょうか?」
当然というべきか、大財務長は異変に気付く。
その他諸々の面々ならともかくとして、彼女は主賓。
知らぬ存ぜぬでは、マルタに足を踏み入れられないだろう。
「海の底にある都市……と言えば通じますか?」
私は彼と目線を合わせ、リスクを承知で探りを入れる。
教皇の拉致が仕組まれていたならと考えれば、不安が募る。
もし、後ろめたいことがあれば、大財務長の顔が物語るはずだ。
「……はて? なんのことやら。病欠ということでよろしいですかな?」
眉をピクリともさせず、何事もないよう彼は尋ねる。
今のところはグレー。白でも黒でもない中間の反応だった。
そのまま話に乗っかってもよかったが、それは少しだけ癪に障る。
「いえ、彼女なら遅れて来ますよ。……まず間違いなくね」
寄せるのは、教皇ラウラへの全幅の信頼。
関係値は浅いが、信に足る人柄が彼女にはあった。
「それはいい。後の楽しみとしてとっておきましょう。……では、こちらへ」
清濁併せ呑む大財務長は懐を見せず、案内を開始。
私たちは教皇不在のまま、騎士総長の宮殿を目指した。