第139話 可能性
模造世界。首都バレッタ南方面。国立考古学博物館。
年季を感じられる砂色の石造りの柱と壁、近代的なガラス扉が一体化した外観の建物に足を踏み入れたのは二名。枢機卿カルドと第二級悪魔ビリーだった。大神が引き起こした『黒渦』が原因と予想を立てるが、断定はしておらん様子で、情報収集しておるのだと思われる。
天井にフレスコ画が描かれる出入り口を通過し、たどり着いた最初の部屋には、先史時代の日常生活で使用された道具や装飾品といったものがショーケースに飾られていた。資料によると、マルタ島における人類初期の定住から神殿建設期までの歴史を辿るための品々が用意されておるらしい。どうせこいつらは説明文など読まんだろう。興味関心は首都バレッタに起こった『黒渦』の解決に直結するかどうか。その裏にはマルタ島の歴史が深く関わっておるというのに、それに気付かんとは……いかにも滑稽だった。
「ここにお目当てのものはなさそうですが、どう思われますか?」
「概ね同意。移動は任意」
短いやり取りを交わし、二名は移動を開始する。次にたどり着いたのは、博物館のメインホール。人類は神殿全盛の時代に突入し、マルタ島の住民も例に漏れなかった。農耕による収穫量の多寡が生死に直決し、人間がコントロール不可能な自然や天気に将来を左右されることを恐れ、その不安の解消法として信仰心が生まれた。天界の基盤が強固になった時代と言っても過言ではない。
その象徴となる神殿の巨石が台の上に飾られており、ショーケースはなし。どれも側面には螺旋状の模様が刻まれ、意味については諸説あった。永遠の象徴であるというのが最も有力な説ではあるが、それが真実であるとは限らん。
「これは……」
「疑問愚問珍問上等。聞かせてみろよ、お前のビート」
巨石の螺旋模様にカルドの目が留まり、ビリーが合いの手を挟む。どのような感想を抱くかは分からんが、見物だな。答えを知った上で、高見の見物といこう。
「考察を話す前に確認しておきたいのですが、首都が浮き、上空で安定するまでの間、あなた目線だとどのように見えましたか?」
「曲線……放射線……いや、同心円だな、ブロー」
「ですよね。私の予想が正しければ、首都が浮上した直接的要因は『黒渦』ではない。あくまで間接的要因であり、騎士団が黒幕だと考えます」
「突飛なアンサー。必要なのはエビデンス」
「この螺旋模様には薄っすらとセンスが込められている。もし、仮に首都バレッタ全体に刻まれているとしたら?」
「条件達成型の意思能力……。黒渦、螺旋、同心円、全てが必然」
「理解が早くて助かります。細菌やウイルスに対して、人体は白血球などの免疫機能が働くように、超常現象に対して、首都は免疫機能を持っていた。黒渦を起点として、用意していたギミックが連鎖的に発動した。その黒幕が騎士団だったとすると全ての辻褄が合います。つまるところ、これは――」
「首都の神殿化。紀元前のムーブメント……っ!」
テンポよく結論に至り、二名の顔色が変わっていく。ギミックに関しては正しい。とはいえ、それを理解できたところで、対処できるかは別の話。
「あまり自分語りはしない主義なのですが、私の名には『蝶番』という意味が込められています。扉を開閉するために欠かせない金物。それに伴った意思能力を開発し、私は開いた扉を閉じる権利を有している」
「オーマイゴット。祭壇特定=すなわち――」
「首都浮遊問題は解決する」
◇◇◇
首都が浮いてからどれぐらい経ったんだろうか。生前葬の最前列にいる私は立ち往生を余儀なくされていた。今は右手甲と連動するワイヤー式の槍を打ち込んで、大神の動きを封じてはいるけど、どれだけやれるか分からない。なんせこの拘束は、私の意思能力に依存している。センス切れを起こせば崩壊する。術式が刻まれた物質なら半永久的に捕縛することは可能だろうけど、それっぽい鎖は効力を失った。
控えめに言っても、やっばーい。タイムリミットは数十分から数時間ってところかな。22時に生前葬が始まって、いざこざがあって今だから……多く見積もっても、24時は跨げない。大神を長時間捕まえられる使い手なんてその辺に転がってるわけもないだろうし、早急に首都浮遊問題を解決する必要がある。
「単刀直入に聞くが、その槍はどれほど持つ」
そこで声をかけてきたのは、椿だった。墨化した化け物二匹を引き連れ、冗談が一切通じないような神妙な面持ちを作っている。
「最短で数十分、最長で数時間かな」
彼女の立ち位置は非常に複雑だけど、嘘偽りなく本心を述べた。ここで反旗を翻されたら、たまったもんじゃないんだけど、背に腹は代えられなかった。
「生前葬を再開させるには何をすればいい?」
「霊脈を繋ぎ、総長の力を借りる。両方必要だけど、時間がないし、連絡取れないし、私は手が離せないから全く現実味がない」
「ずばり、今の状態で生前葬が再開する見込みは何パーセントある」
「0……と言いたいところだけど、おまけして0.01%かな」
「内訳は?」
「外的要因が100%。私たち以外の誰かが解決するのを祈るしかない」
「その可能性が最も高い人物は?」
「……リディア・カデンツァ。大病院長のお墨付きだよ」
◇◇◇
私は音が視える。周波数を感じ取れる。『絶対音視感』という後天的な技術を持っている。それは人だけでなく、物質にも有効だった。万物には固有振動数というものが設定されており、私はバラバラになった首都の一つ一つをパズルのピースのように認識できる。後は揃えるだけ。周波数を視ることによって可視化された凹凸部分をピッタリと当てはめるだけで、首都はかつての栄光を取り戻す。
私は四本の柱が並ぶ古代ギリシャ風の建物、ローワーバラッカガーデンの記念碑の近くにいた。イギリス海軍の将校の名が刻まれており、マルタに貢献した功労者として讃えられている。詳細は深く知らない。ただ、英国とマルタの間を繋ぐ架け橋となった人物なのは容易に想像がついた。……今度は私の番だ。
「調律を開始する」
響くのは甘美なバイオリンの音色。まだ曲名はなく、モチーフもない。首都の周波数に合わせた即興的なメロディが奏でられる。バラバラになった首都が少しずつ形を取り戻す。終止符を打つまでは、凡曲か名曲かの判別をつけることはできない。ただ私は、後世に語り継がれる神曲になると心のどこかで確信していた。




