第138話 話し合い
首都バレッタの西方面、都市屋上であたいは目を覚ました。鳩尾辺りがズキリと痛み、その原因となったソフィアのパンチを嫌でも思い出す。最初に手合わせした頃と比べれば、強くなったもんだね。体術は当時から光るものがあったが、精神面は未熟だった。それがここまで……と考えると感慨深いものがある。王位継承戦で行われた対ジェノβ戦とは違って、手加減をしたつもりはなく、全力でやって負けた。次やる時の勝敗は分からないが、肉体面も精神面も大幅に成長したと言えるだろうね。彼女を育て上げるのがマルタ共和国に来た目的じゃあないが、ソフィアはあたいの娘だ。複雑な事情が絡んでいるとはいえ、過ごした時間に嘘はない。娘の成長を祝ってやるのが、親の領分というもんだ。……ただ、そろそろ現実と向き合わないといけないね。
「…………」
あたいは起き上がり、辺りを確認すると、夜の雲海が目の前に広がっていた。おおよそ上空2000メートルといったところだろうか。首都バレッタはバラバラに分解され、浮遊しているらしい。意識や接触は極力しないようにはしていたが、どうも自分の影がチラつくね。マルタ騎士団の元総長閣下様が関係していそうだ。
地面に転がっていた茶色毛のニワトリを回収し、両腕で抱え、あたいは付近の散策を始めた。生前葬がどうこうの話じゃなさそうだね。実質的に進行不可能な上に、解決策はパッと浮かんでこない。誰がやったのかは見当もつかないが、これは人の身に余る神の御業だ。意思能力を加味したとしても、超常現象だと言い切ってもいい。まったくもって面倒だねぇ。王位継承戦も、冥戯黙示録も、不老不死継承も、あたいの思った通りにいきやしない。それぞれに参加した奴らと比べても実力は劣ってないはずなんだが、どうもツイてないね。あたいよりも若い奴らの顔を立てるのに多少の気を遣ったとは言っても、ここまで人生上手くいかないもんかね。サイコロを振った数だけはそこらの人より多い自信があるが、毎回毎回出目が悪い。不平不満の一つや二つをこぼしたいところだが、人類の平均寿命から考えれば、かなりのご長寿だ。年長者として不甲斐ない一面を見せるわけにはいかないね。
「――――」
屋上から地面に降り、石畳の道路を歩いていると、ふと目に入ったものがあった。黒の修道服と黒の修道騎士服を着た二人の男女……マルタ騎士団関係者だ。しかも、片方は相当な手練れ。接触を避けたいのは山々だが、思考に没頭したせいで、完全に気を抜いていた。詳細不明だが、無人の街だと早々に断定し、誰も遭遇しない前提で動いていた。そのせいで目が合った。こちらに気付き、向こうは進路を変更した。
相変わらず、ツイてないねぇ。こっちは全力バトルをやったところで疲れてる。独創世界を展開できないどころか、大したセンスも練れないだろう。そんじょそこらの雑兵に負けてやるつもりなんかサラサラないが、あいつは別だ。
「これはこれは……幾多の地域に出没し、面倒事を解決する代わりにお布施を要求する聖女マルタとお見受けしますが、合っておりますかな?」
金髪長耳の太っちょは、余計なことをペラペラと喋り、あたいのイメージを下げにくる。まぁ、あながち間違いってわけでもないんだが、認めるわけにはいかないね。
「そんな恩着せがましいことはしてないよ。トラブルを解決したら、向こうが勝手に財産の一部を手放すだけだね。欲しいなんて一言も言ってないし、他所様から与えられたものだけで、あたいが構成されているわけじゃない」
「随分、面が厚いですね。世界はあなたが創造されたのですか?」
「あたいが全ての起源を主張するつもりなんてない。借り物で成り立っているのは身に染みて分かってるよ。消費者の側面もあるが、生産者としての一面もあると言いたかっただけさ」
「ほぅ。一体、あなたが何を生産したと?」
「あんたに答える義理はないし、分かってもらおうとも思わない。……しっかし、ほぼ初対面の割に当たりが強いねぇ。あたいと喧嘩でもしたいのかい?」
リスクを承知の上で、あたいは太っちょの腹の内を探る。ここからどう転ぶかは想像もつかないが、現状の動機さえ掴めれば、予想を立てることはできる。深掘りすることで戦闘のリスクが増すとしても、相応のリターンは見込められた。
「弱い者いじめはしない主義でしてね。今の満身創痍のあなたに脅威は感じない。見抜かれないとでも思いましたかぁ?」
しかし、脅しは通用しなかった。この手の探り合いは、武力の均衡があってこそ成り立つ。一度でも下と見られれば、そのイメージが覆ることは基本的にない。戦闘面なら裏をかける好都合な展開だが、交渉面なら都合が悪い。人を上か下か、無能か有能か、舐めるか舐められないかを主軸で考えている権威主義人間とは極力関わりたくないんだが、我がままは言ってられないね。
「前言撤回だ。あたいに当たりが強かろうが暴言を吐こうが、勝手にしな。人様の心の中をコントロールしようとは微塵も思わない。……ただ、聞かせておくれ。これは騎士団の……いいや、前総長、老マルタの計画なのかい?」
向こうの事情や性格は脇に置いて、あたいは本題に足を踏み込んだ。恐らくだが、変に当たりが強いのもそれが理由だろうね。もう一人のあたいの活躍は出来るだけ耳にしないようにしていたから、何があったのかは分からない。ただ、亡くなったのは知っているから、内容によっては逆恨みされてもおかしくないかもね。
「よく……その言葉を口にできましたねぇ」
太っちょの雰囲気が変わる。緑色のセンスを身に纏い、怒りを露わにしている。真偽はどうあれ、地雷を踏んでしまったらしい。人は違えど、何度見た光景か分からないね。初めて起きるトラブルなら、生娘みたいに怯えることもできただろうが、今は……無理だね。良くも悪くも一度目の衝撃を超えることはない。年齢を重ねれば重ねるほど感情表現が穏やかになっていくのはそういう絡繰りだと思ってる。ようは、二番煎じに飽き飽きしてるのさ。仮に暴漢に襲われたとしても、それが数百回繰り返されれば、慣れというものが出てくる。子供の頃なら初めの出来事の連続に喜怒哀楽を揺れ動かすが、長く大人をしていれば冷めて見える。当事者意識に欠けている場合も起こりやすいが、原因は総じて感情の劣化だね。若ければ若いほど、暑い寒いだけでワーキャー騒げるが、年を重ねれば重ねるほど刺激に慣れて、気温の変化に疎くなる。まぁ、だからといって若い頃と比べて何もかも劣ってるってわけでもなく、感情と引き換えに得るものもあった。
「無知は罪だと言うが、赤ん坊に罪はあると思うかい?」
「詭弁、ですねぇ。今の状況と全く当てはまらない議論に何の意味があると?」
「あたいは騎士団に関してだと赤ん坊だよ。ほぼ何も知らない」
「知る時間はあった。それはあなたの不徳の致すところでは?」
「まぁ、かもしれないね。裏を返せば、あたいに構って欲しかったわけか」
「……はぁ? 何を仰って」
「老マルタが亡くなって以降、騎士団内でゴタゴタがあったんだろ? 権力争いか財産分与で揉めたかは知らないが、現総長が現れるまでは内部崩壊寸前だったと予想する。そこであんたは思ったはずだ。老マルタの片割れである聖女マルタが引き継いでくれれば……ってね。そん時のあたいは、ドイツで隠居して外界との連絡を絶っていた頃だったから、世界中を探そうとも見つけられるわけもない。痕跡を残すほど未熟ではないし、独創世界さえ展開できれば、どこでも隠れ家にできたからね。その間に期待は不満に変わっていき、今の感情に至った。早々にあたいが騎士団のSOSに気付き、介入すれば済んだ話で、そうしなかったことをあんたは怒っている。だから、『あたいに構って欲しかった』が要約になるわけさ」
大人の力を遺憾なく発揮し、あたいは問題の本質を深掘りする。ドイツの哲学者が言ってたっけね。『年齢を重ねれば感情は穏やかになるが、代わりに理性が深まる』って。人は失われたものに目が行きがちだが、万物は流転する。地上に存在する時点で、永久不変のものは存在しない。若かりし頃に戻りたいと思うことはあっても、今は今のあたいで人生を楽しめる。この説得が仮に上手くいかなかったとしても、その時はその時さ。舞台から降りることに大した恐怖はない。
「仮にそうだとして、今になって何をなされるおつもりか?」
潮目が変わったのが分かる。太っちょのセンスが鎮まったのが目に見えて伝わる。残すは、あたいの返答次第ってわけか。言葉選びが重要だねぇ。抽象的すぎず、具体的すぎず、騎士団に人生を縛らせない程度のそんな言葉。
「あたいで良ければ相談に乗るよ。受け取るかどうかは好きにしな」
太っちょのハッとしたような表情が見える。何を考えているかは知らないが、向こうの答えは決まったようだね。
◇◇◇
石畳の道路上で金髪長耳の太っちょ……大財務長の相談を受けた。老マルタが亡くなって以降の話を聞かされた。あたいの予想は概ね当たっていた。全てが的中したってわけでもないが、総長の後釜問題で揉めていたのは事実らしい。そこで選ばれたのが、ジェノα。老マルタの秘蔵っ子だね。どういう理屈や経緯があったかは知らないが、騎士団に異論は出なかったらしい。恐らく、宗教的シンボルである白銀の鎧を扱えることが鍵ってところかね。なんせ騎士団は、白教の分派だ。白き神に対する信仰心は薄いが、代わりに鎧を崇めた。よくある宗教的解釈の違いと言ってもいいだろう。騎士団と白教にパイプがあり、総長が白教における枢機卿クラスの権限を持っているのは鎧信仰に由来する。
白教=白き神◎ 白銀の鎧△
騎士団=白き神△ 白銀の鎧◎
話を聞く限り、こんなイメージだ。白教目線だと騎士団は分派だが、通じるところはある。神に対する解釈の違いはあれど、同じものを信仰しているという点では共通している。だから、同盟を結んだんだろう。教皇の代替わりによって解釈の誤差は発生するんだろうが、一度根付いた関係は簡単には変わらない。だからこそ、白教は騎士団総長にアポを取り、気軽に謁見できたんだろうね。……ただ、宗教的解釈の違いってのは問題が根深い。教皇ラウラが焦げついた理由にも何となく察しがついた。
「首都が浮遊した問題はさておいて、現状の情報を整理すると、ラウラは騎士団の宗教画に斬りかかった→それには白銀の鎧が描かれていた→騎士団の物質主義的思想からかけ離れていると判断した→だから、お灸を据えるために猫にした。ってことで合ってるかい?」
尖った石で壁面に文字を刻み、あたいは話をまとめる。
「ええ、まさに。やりすぎだと思われますか?」
聞く耳を持った大財務長は、先ほどとは比べものにならないほど謙虚で、下から目線で話を進めていた。隣にいる黄色髪をポニーテールにした女修道騎士は、相変わらず沈黙を貫いている。
「いや、あたい目線だと相応の罰だね。これに関しちゃ、ラウラが悪い。教皇になり立てだとは言っても、トップを張るなら最低限の礼儀ってもんが必要だからね。そこから大きく逸脱するようなら、誰かが躾ける必要がある。……ただ」
「なんでしょう」
「白教が物質主義的思想を捨てた可能性もなくはない。本来、宗教が教義を変えることなんてあり得ないが、あり得ないことが起こるのがこの世界だ。想定に入れておいても損はない。その上で聞きたいんだが、もし仮に白教が物質主義的思想を捨て、白き神信仰のみの非物質主義になった場合、騎士団はどう動く」
あたいが鋭く切り込んだのは、今回のゴタゴタの少し先だった。ラウラが猫に戻ろうと、総長との謁見の機会が訪れようとも、宗教上の理由で避けることができない問題だ。内容によっては宗教戦争に突入するんだろうが、それだけは避けたいってのが、あたいの心情だね。どうにかバランスを取ってやる必要があるんだが、組織ってのは一枚岩じゃないし、予想が正しければ……。
「控えめに言って、戦争、でしょうねぇ。私一人が反対しようとも、騎士団全体をコントロールはできないでしょう」
「そいつは笑えないね。同盟決裂レベルで止めるのは無理かい?」
「白教の利権が絡んでいるので、厳しいかと。私の予想では白教の総本山……アシガバートに騎士団の精鋭部隊が出撃し、屈服させるまで占拠することが予想されます。恐らく、悪魔の同盟などはお構いなしでしょうねぇ。むしろ、我々の活動を正当化するためのプロパガンダに使われるでしょう」
「あり、得るね。あたいたちは今、薄い氷の上を歩いてるってわけか」
立っている石畳が急に薄っぺらい素材になったように感じる。もちろん比喩表現だが、足場が不安定な状況なのは間違いなかった。
「……あんたはどう思う。あんただよ、そこの修道騎士」
スケールのでかい話に結論を出せないまま、あたいは話を振った。今は猫の手も借りたい気分だ。ただの雑談なら突っ立てても気にならないが、戦争に発展するかもしれない議論に参加してこないことが妙に癪に障った。他人事のように感じているというか、自分には関係ないと割り切っているというか、心ここにあらずで、その態度に少し腹が立った。あれが大財務長目線のあたいだったのかもねぇ。まぁ、何にしても今は別視点の情報が欲しい。話す内容はなんでもいいが、問題解決の糸口が欲しかった。
「総長と教皇の謁見実現が先では? 裁量権を持たない人間が思索を巡らせたところでどうにもなりませんよ」
ピシャリと言い放った修道騎士の発言に、あたいたちはハッとしたような表情を作る。議論に参加していないように見えて、誰よりも熟慮していただけなのかもねぇ。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるとも言うが、彼女の場合、一発で十分だった。




