第134話 取引
私は狂った首都を練り歩く。左肩には黒の蝙蝠。白い修道服の裾が揺れ、ブーツの靴音が石畳に鳴り響く。志を同じくする相棒……アーケインとは離れ離れになった。物理的な亀裂を入れられ、会うこと自体が困難になった。地理的には首都の中央付近だと思われるけど、今までの土地勘はあてにならない。本物から偽物に……首都を完璧に再現したセットに放り込まれたような感覚があった。絵空事のような妄想に思えるけど、根拠がないわけじゃない。
「……」
私はペタリと外壁に右手を触れ、意思を送り、室内を探る。そこは、道路沿いの住居と思わしき施設。3LDKの構造は把握できるものの、人の気配がまるでない。一件なら偶然で片づけてもいいけど、数十件も同じ結果が繰り返されれば偶然とは言い切れない。妄想は膨らむばかりで、妄信する根拠としては十分。
仮に私の予想が正しいとして、これは神が望まれたことなのだろうか。天界に味方する立場とはいえ、直接コンタクトを取るのは難しい。天使や神が宿った依り代を介せば会話できるけど、位置関係をバラバラにされた今となっては不可能に近い。とはいえ、孤立無援というわけでもなく、私と同じような立場の人間が絶対にいる。少なくとも、生前葬に関係した人物は散らばった島々に点在する気配があった。
「次の寄生先、探そっかな」
状況把握を早々に切り上げ、私は行動を開始する。ターゲットは私の裏切りを知らない存在、もしくは、私の思想と近しい存在。単独で動くにはどうしても限界があり、各組織の強豪全員と敵対するには身が持たなかった。
「…………」
そこで期せずして出くわしたのは、見知った顔。黒のエージェントスーツを着て、銀色の梟を右肩に乗せた、短い蒼色髪の男がいた。
「ダヴィデ・アンダーソン……」
彼とは教皇とともにマルタ共和国まで同行した仲間。生前葬に参列しているところは確認できたけど、彼がどこまで戦況を把握しているのかは分からない。もし仮に、別の場所に気を取られていたのなら、付け入る隙はあった。
「聞きたいことは山ほどあるが、率直に聞こう。お前は敵か? 味方か?」
すると、彼は目を鋭くさせ、探りを入れてくる。問答無用で襲ってこない=裏切りを知らない……と判断するのは、安直。先の攻防を知った上で確認を取っているケースも考えられる。どちらにせよ、私が口にする言葉によって白黒を判断するつもりかな。嘘をつくかどうかはさておき、対話の余地はあるらしい。
「そちらの捉え方によりますね。あなたにはどう見えますか」
「余計な情報を与えたくない。会話に応じる気があるなら、先に喋れ」
その場しのぎの言葉を並べて誤魔化そうとするも、通用しないみたい。あくまで私がどう思っているかを口にしない限り、話は進展しないようだった。告解のごとく、罪を全て告白すれば赦してくれるのだろうか。それとも、私が何を言おうとも断罪するつもりなのだろうか。……分からない。この後の展開なんて予想できないけど、答えは決まっている。
「私は神の味方。あなたが志を同じとするなら受け入れましょう。それに背くのあれば……謹んでお相手します」
白いセンスを纏い、左腕に蝙蝠を乗せ、私は身構える。何をするにしても、彼と敵対する確率は極めて高い。であるならば、そうなる前提で対応するのがベスト。首都がどうなろうと、面子に変わりがないのなら、やることは同じ。
「修道女の割に血の気が多いな。俺が暴漢にでも見えたか?」
ただ、ダヴィデは微塵も敵意を見せなかった。センスを薄っすらと纏うことなく、冷めた目でこちらを見ている。……心情は不明。演技かどうかはさておいて、今のところは戦う気がない様子。油断を誘っている可能性もあるけど、ここは素直に相手のペースに合わせた方がよさそうだった。
「どちらかというと、冷血漢ですね。相手の状況や反応に関係なく、与えられた命令や前提条件に従い、冷徹に判断を下す。私が何を言おうと、やることはすでに決まっているはず。ボロが出るまで回りくどく人格攻撃をされるより、さっさと聖戦をおっ始める方がこちらとしては有難いのですが、いかがでしょうか?」
「見立ては正しいが、何事にも例外はある」
「……というと?」
「その聖遺物に触れさせろ。代わりに、一時的に手を組んでやってもいい」
やり取りを重ね、見えてきたのは、ダヴィデの思惑だった。上から目線の交換条件と言い換えてもいい。どうやら過去に、記憶忘却をされた覚えがあり、それを回帰することが接触してきた目的だと考えられる。ただの口約束になんの法的拘束力もないものの、それを反故にするような人格でないのは確か。聖遺物に触れさせるという条件も軽く、その見返りもこちらとしては有難い。ただ……。
「触れさせろ? 礼儀がなってませんね。聖書や道徳の教科書は、読まずに焼き払うタイプですか?」
「読んだ上で焼き払うタイプだ。従うか従わないかハッキリしろ」
上から目線の姿勢を崩さず、ダヴィデは取引を続ける。理由は恐らく……私が敵になると見越した上で接しているから。敬意の欠片もないのはそのせい。いくら冷血漢のイメージがあるといっても、今の彼は冷たすぎる。見たにせよ、聞いたにせよ、私が裏切ったことを知っている前提で動いた方がよさそうだった。
「仮に従ったとして、約束を守る保証は?」
「ない。記憶が戻った時の俺の気分次第だ」
「それ……冷血漢というよりも、悪代官では?」
「起こってもないことを心配するより、今に目を向けたらどうだ?」
杞憂や懸念はバッサリと切り捨てられ、迫られるのは選択。ここまできたら、どちらが上で、どちらが下とか関係ない。取引のリスクリターンを踏まえ、どちらが私にとって得なのかを総合的に判断するべきだった。
「私は……」
私は体のいい言葉を並べながら、ギリギリまで考える。両方を検討した上で、自分なりの答えを探る。どれだけ考えても行き着く先は分からない。相手の反応に依存し、確率を計算しようとしたところで気休めにしかならない。だとすれば、私が選ぶべきは何か。何を大事にしたいのか。神を中心に添えずに考えるなら、私は何を望んでいるのか。奇想天外な三択目を考えようとするものの、結局は単純な選択肢に戻ってくる。最終的に行き着いたのは、損得ではなく、娯楽。私の興味がそそるものは一つしかなかった。
「その取引、承りましょう。ただし、何が起こっても責任は取りませんよ!」
首都の狂気に染められたのか、私は左腕に止まっていた蝙蝠を飛ばせる。意図した通りに彼女はダヴィデの方へ飛翔していき、接触を試みている。不安や懸念を大きく上回る好奇心に胸を躍らせながら、未知との遭遇を心待ちにした。
「――わっとと」
そこに割り込むようにやってきたのは、緋色髪の悪魔。虚空から突如として現れ、蝙蝠の軌道上を遮る形になっている。この場にいる誰も悪くない。恐らく、何らかの意思能力が絡んだことによる不慮の事故。未知は更なる未知を呼んだ。
「――え?」
『――!!!』
ジュリアとカマッソソは期せずして衝突する。
眩い輝きを放ち、封じられた記憶の回帰が始まった。




