第132話 打ち合わせ
マルタ共和国及び水中都市ラグーザに潜伏してから数か月。入念に準備してきたつもりだったが、予定通りだったことはほとんどない。水中都市ラグーザは切り取られるわ、ぽっと出の悪魔に負けるわ、首都バレッタはバラバラになるわ……とんだ災難続きだ。実力不足と言われればそれまでだが、ここまで想定外のことが起こり続けると、綿密な計画を立てる意味なんてあるのか? と思ってしまう。
相手が無機物の建築とは違って、人間は読めない。良い意味でも悪い意味でも、その場のノリや思いつきで長期計画はぶっ壊れる。ラウラなんてのはその典型だ。周りの影響なんて大して考えもせず、思いついた瞬間に舵を切る。そこがバミューダトライアングルだろうが、ドレーク海峡だろうがお構いなしだ。軌道修正は骨が折れるが、最後までラウラの我がままに付き合ってやるしかない。
「…………さて、どうするか」
黒のシルクハットを被り直し、俺は起き上がる。そこは石造りの屋上だった。見慣れた景色ではあるんだが、見慣れない景色も混在する。細かく分解されたバレッタの島々が周囲には浮かんでいる。なぜそうなったのかは皆目見当もつかない。ただいつも通り、後手後手で対応しなければならない事実は変わらなかった。
「その前に少し質問をしてもよろしいですかな?」
そこで声をかけてきたのは、執事服を着た男だった。黒髪オールバックで白の布袋を装着し、顔はそれなりに老けている。肩書きは確か、アルカナの最上級秘書官だったはずだ。『じいや』と呼ばれていたらしいが、本名は聞かされてない。
「あぁ、勝手にしろ」
「貴方はこれから何を軸に動かれるおつもりですか?」
ズバリ聞かれたのは、今後の活動方針に関わる話だった。ラウラ救出作戦でじいやとは一時的に共闘することになったが、勢力図が少しややこしい。首都がこうなったのもあって、ここらで足並みを揃えておく必要があった。
「当然、俺はラウラを捜すが、無理強いはしない」
「詳しい理由をお聞かせ願っても?」
淡々と事務的会話が進むと思いきや、想定よりも踏み込んできやがった。結論よりも過程を重視しているらしい。俺の根っこを把握しておけば、行動のブレを抑止できると思ってるのかもしれないな。言い方を選ばないなら、首輪とリードをつけておきたいってところか。彼とは初対面に近いし、どこまで話すべきか……。
「ルチアーノファミリーって知ってるか?」
「ええ。殺しをビジネスにしたマフィアですよね。それが?」
「俺はそれに憧れてる。正義の殺し屋ってやつだ。法で裁けないクソ野郎共をぶっ飛ばす組織を作ることを目指している」
「立場上、肯定も否定もできませんが、聞かなかったことにしておきましょう。……ただ、その目標とラウラを捜すのと何が関係あるのでしょうか」
「ラウラは俺が憧れていたマフィアの関係者だ。ルチアーノファミリーの数少ない生き残りだ。向こうがどう考えているかは知らんが、俺は家族のように思っている。夢を抱くきっかけになったボスのご息女は、損得勘定を抜きにして助けたい。少なくとも、奴隷という立場から脱却して、教皇として一人前になるまでの間は、面倒を見たいと思ってる」
語ったのは紛れもない真実だった。相手がどうこうの話じゃなく、俺の根幹にまつわる話に嘘はつけない。都合のいいことを言えば誤魔化せたんだろうが、そうした瞬間に自分が捻じ曲がるような気がしてできなかった。
「彼女がこの事態を引き起こした諸悪の根源だとしても?」
「なんの根拠があって……」
「あくまで仮定の話ですよ。どこまで許容できるのか気になったもので」
「身内に手を出さなきゃ、許容するな」
「身内とは具体的にどこからどこまでを指すのでしょう?」
問われたのは、俺の本質的な部分に直結するものだった。手の届く範囲にあるものは助ける、ぐらいの感覚で捉えていたが、それでもまだ抽象的だ。マフィアを立ち上げたいとは思っているが、まだまだ資金は少ないし、加入を見込めるメンバーも少ない。頭の中で勝手にファミリーとは思っているが、本場のマフィアに比べれば、ごっこ遊びだ。正式な構成員とするための儀式と誓約を行ったわけじゃない。組織に縛り付ける前だからこそ、ルーチオとリリアナを騎士団に送ったが、それは身内の定義が曖昧だったことを意味する。追々、変更を加えるとして、今の段階で身内を再定義するとすれば……。
「俺と関わりある人物から、水中都市ラグーザの住民まで、だな」
「広い意味の方はやけに大所帯ですね。それはまたどうして」
「あそこは故郷であり、元領地だ。そこに住まう人物に危険が及んだら、出しゃばれるだけの甲斐性は持っていたいもんでな。俺の正義にも通ずるもんがある」
「殊勝な心がけですが、もし、ラウラが都市に甚大な被害をもたらしたら、どうされるおつもりですか?」
あり得る話だった。実際に水中都市は、ラウラの意思能力で切り取られ、体内に収納されているはずだ。あの時は水没を防いでくれたヒーローだったが、宙ぶらりんの状態で結果は確定していない。もし仮に、出力時のゴタゴタで住民に被害があれば、俺の天秤はどちらに傾く……。
「程度にもよるが、取返しのつかない被害が出た場合は、敵とみなす」
現状の答えを示すと、じいやの瞳の奥が揺れた。何を思ったのかは分からないが、琴線に触れたらしい。勘違いじゃなければ、関心を持たれたような気がする。
「良い覚悟をお持ちのようだ。ご同行させてもらっても?」
「別にいいが、一方的に俺だけ話して、そっちの身の上話はなしか?」
「それは追々とさせていただきましょう。無論、差し支えなければ、ですが」
適当に言葉を濁されながらも、俺たちの方向性は定まる。結果だけ見ればなんの進展もなかったわけだが、非常に建設的で有意義な会話だったように思える。俺はじいやの発言に異を唱えることはなく、移動を開始する。ただ、ふと気になることがあり、俺は足を止め、背中を見つめ、言った。
「そう言えば、あんたの名前を聞いてなかったな。この際だから教えてくれ」
「セバス……とお呼びください」
何か含みがあるような言い回しで、じいやはセバスと名乗る。表情こそ見えなかったが、どこか哀愁に満ち、それ以上深くは語らなかった。




