第130話 主階
騎士総長の宮殿は、二階建て+地下一階の構造だ。謁見の間や宮殿護衛長室は二階に位置している。これは、主階と呼ばれるヨーロッパの建築様式で、重要な部屋は地面から切り離された高さに置くことを原則としているらしい。隅々まで見て回ると言ったが、大して時間はかからなそうだな。建築様式の意味を真に受けるなら、二階に何らかの手がかりがあるはずだ。
俺の予想では騎士団が天災に関わっている可能性が高い。もちろん、ただの意思能力者が起こした事件という線もあるが、窓から外を見て確認した感じ、個人が起こせる規模を余裕で超えている。アーケインが言うには神が関与しているらしいが、だとしても、きな臭い匂いがプンプンしていた。あのレベルの能力なら、国家規模の集団、もしくは、入念に準備された土地が絡んでいる気がする。
「「「…………」」」
俺たちは宮殿護衛長から建築様式についての説明を受けた後、二階の突き当たりにある部屋に案内された。そこは、一般人が入れるような場所じゃない。立ち入り禁止区域に指定され、騎士団関係者の俺ですら入ったことはないし、噂すら聞かない場所だ。こちらの要望は伝えていたし、恐らく、一発目に答えを持ってきた。部外者に見られたくない部屋もそれなりにあるだろうからな。
「ここは潜考図書室。首都を元に戻す手段はここにあると思われる。……ただし、没頭には注意せよ。二度と本の世界から戻って来れぬやもしれんからな」
簡潔な紹介を受けた後に見えてきたのは、なんの変哲もない図書室だった。大量の本棚に分厚い本が並べられているだけ。地政学や騎士団の歴史などのおおよそのあたりをつけて情報収集するのがベストだろう。ただ、気になるのは……。
「それは例え話か? それともガチか?」
「さぁてな。その目で確認してみるといい」
適当に煙に巻かれ、それぞれが散らばって、本を手に取り始める。モルモットのように実験台にするつもりはなかったが、今のところ害はなさそうだ。……となれば、どんな本を選ぶのかが重要になってくる。
「…………」
俺はすぐに本を手に取ることはなく、壁際の本棚に沿って歩き始めた。本の背表紙に印字されたタイトルを流し見して、今、必要になりそうなものを探す。パッと見、興味関心がそそるものはなく、静寂な空間に足音だけが響く。片っ端から読むという選択肢もあるが、それは情報が溢れる現代において賢いやり方とは言えない。頭に情報を詰め込めば詰め込むほど賢くなれる気はするが、行動力は鈍化する。選択肢が増えすぎて、何を選んでいいか分からなくなる。しまいには、他人の出した答えに満足し、情報収集をすることによって生まれる自分なりの答えを見失ってしまう。
情報収集=食べると解釈すると分かりやすい。フードファイターが職業の人がいたとして、彼らは味に対して無頓着になりやすい傾向がある。一流パティシエが作ったケーキだろうが、三流パティシエが作ったケーキだろうが、バクバク食べる。一口を味わって食べることがないから、一流と三流の違いに気付けない。味に意識が向く前に次のケーキが口に運ばれている。彼らは職業柄、食べやすいかどうか、どうやったら早く食べられるかを考える。それでお金を稼げて、本人が幸せならいい気もするが、一流パティシエの目線に立った場合、心情は異なる。味や見た目にこだわりをもっているのだから、そこで評価されたいと思っているはずだ。成功する保証もなく腕を磨き、手間暇かけて、界隈で認められて、様々な壁を越えた先で、味や見た目の感想もなく無言で一気に平らげられたらきっと、やるせない気持ちになる。
まぁ、そもそも一流なら仕事を選べという話にもなるが、今のはあくまで例え話だ。実際にどう思うかなんてのは、本人にならないと分からない。……ただ俺は、ケーキを暴食するようなフードファイターにはなりたくない。食べるなら選び抜きたい。選び抜かれたものの中でも様々な項目を設け、繊細な感想を抱きたい。
情報収集も同じだ。自分のことを賢いとは思ってないが、精度には自信がある。達成条件さえ明確なら、必要最低限の情報量で答えを導き出すことができる。
「…………これは」
雑談めいた思考の果てに、目に留まったのは興味のそそるタイトル。諸々の条件と合致し、首都の問題に直結しそうな文字列が目に入ってきた。自然と手を伸ばし、本の上部を指でひっかけ、抜き取ろうとした。
『お前……美味そうだなぁ』
不意に聞こえてきたのは、野太い声だった。
掴みかけた本を落とし、声のした方へ視線を送る。
「――――っっ」
目に入ったのは赤ん坊のようなデカい男だった。顔は適度に老け込み、浮浪者のようなボサボサの黒髪で、白いオムツを履いており、肌の露出は激しい。筋肉質というよりも、全体的に丸みを帯びたフォルムで、身長は三メートル弱ぐらいはあるんだろうか。そんな巨体がこちらの顔を覗き込んでいる。全身の毛穴がブワッと開き、身体が硬直し、対応が遅れる。どうして気付かなかった! と自分を責め立てている間に男は行動を開始した。
『いただきまぁす』
大きく口を開き、俺の頭に狙いを定め、歯で食いちぎろうとしている。
「残影転――」
すぐさま右腕を伸ばし、掌を男に向け、反撃を試みようとするが、どう考えても間に合わない。助かったとしても、腕は食いちぎられてしまうだろう。ただ、このまま何もせずに殺されるよりはマシだ。何が何でもジャコモはマフィア界の王にする。そのためなら、腕の一本や二本ぐらいは安いもんだ。
「伽藍なる胸甲騎兵!!!」
そこに響いたのは第三者の声。突如として中身不在の甲冑が現れ、籠状の護拳が持ち手に施されたレイピアが振るわれる。
『………おっと』
男は後方に転がるようにして斬撃を回避。俺はどうにか片腕を失わずに済んだらしいが、状況が好転したか言われれば怪しい。敵は少なくとも知能がある。赤ん坊を相手にする感覚で戦えば、食い物にされるのがオチだな。……とはいえ、念のため、万が一を考慮して確認しておかなければならないことがある。
「あれは、宮殿御用達の一風変わった司書か? 宮殿護衛長」
「いいや、宮殿に侵入した不届き者だ。ご助力願おうか。清掃係!」




