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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ
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第13話 業

挿絵(By みてみん)





 人間には大なり小なりカルマというものがある。


 因果応報と言い換えてもいいが、善い行いは善い結果、悪い行いは悪い結果が訪れるという運命の法則を端的に示したものだ。本来の場合、人生は一度きり。カルマは個人か家族か身内の行いに縛られることが多い。


 しかし、何事にも例外はつきものだ。意思能力という不確定要素が加われば、可能性は無限に広がる。『魂の転写』という能力を行使すれば、見ず知らずの他人の人生に、僕のカルマを持ち込むことが可能になる。長らく非戦闘員だった眼鏡職人の肉体に、長らく戦闘員だった殺し屋()の精神を入れることができる。


 その行き着く先は――。


「…………げほっ」


 黒い拳が懐に食い込み、吐血という結果として現れる。


 原因は明白だったが、頭の中でも、言葉でも認めたくはない。


「終わりだ、雑兵。余命幾許もない余生を独居房で過ごすがいい」


 肩書き通りの実力を誇る大病院長は、死を宣告する。


 能力の見当はついていたが、これもまた口にしたくはない。


 起こってしまったことに興味はなく、気にすべきことは他にある。


「僕は……どれだけ長く生きられる……」


「早くて24時間以内、長くて数日だろう」


 疑問に対し、快く返ってきたのは、冷たい回答。


 大病院長様の見立てだ、大きく外れることはないだろう。


「だったら一つ、僕の我儘を聞いてくれないか?」


 視線を向けた先には、立ち上がる男と現れた女。


 僕は手遅れかもしれないが、未来には布石を打てる。


「…………彼と彼女を見逃してくれ。それ以上は何も望まない」


 ◇◇◇


 聖エルモ砦の脱獄騒動は終わりを迎えた。


 敵味方共に一人も死者を出すことなく、終息した。


「…………」


 鳴り止むことのない雨粒が、肌に打ち付ける。


 苦労して潜入した砦を背にして、目的も自分も見失う。


『僕の寿命はもって数日らしい。前世から持ち越したカルマには逆らえないようだ。……だから、君は君の人生を生きてくれ。僕に縛られる必要はない』


 ラウロの言葉が脳に焼き付いて、離れない。


 意味は理解できるものの、それを受け入れたくはない。


「差し出がましいようだが、ここは冷える。場所を移した方が……」


 隣には潜入の唯一の成果になった男性がついてきた。


 佐々木小十郎。東の帝国における特殊部隊の隊長らしい。


 腰には長寸の刀を帯び、服装は藍色の袴に青色の羽織を着る。


 黒の長い後ろ髪は赤い紐で結われ、古風な和の風格を纏っている。


「獄中でラウロ様は何かおっしゃっていましたか?」


 八つ当たりをすることはなく、私は彼に縛られる。


 意向に逆らい、自ら望んで地獄の道に足を踏み入れる。


「借りは返したい。目的があれば協力するとだけ」


「……その目的とは?」


「マルタ共和国内にいる夜助という日本人を救うこと」


 小十郎の口から語られたのは、個人的なもの。


 組織の任務とは関係がなく、手を貸す道理はない。


 必要なのは、報告連絡相談。上司に伺いを立てること。


 見失った自分を取り戻すのなら、その方が効率的で合理的。


 物心ついた頃から打算的に生きてきた私としては、当然の結末。


「ご協力します。よければ詳細をお教え願えますか?」


 その思いに反し、言葉に出るのは真逆の回答。


 誰かに従事してから初めて、自我が芽生えた瞬間だった。


 ◇◇◇

 

 マルタ共和国。首都バレッタ。騎士総長の宮殿。


 謁見の間に訪れたのは、和の風貌が色濃い5名の人物。


 その内の2名は白い鎖に繋がれて、身動きが取れないでいた。


「国救いの英雄……夜助と椿。ないしは、大日本帝国における大神……瀧鳴と天照の生前葬。それをどうか、マルタ騎士団のご協力のもと、執り行ってもらえませんか?」


 片膝をつき、お伺いを立てるのは、紫髪を一本のおさげにした女性、臥龍岡ナガオカアミ。青のセーラー服じみた服装で、左腰には刀を帯びる。帝国の隠密部隊『滅葬志士』に所属するものの、その職務とは逸脱した行為に走ろうとしていた。


「我々にメリットはありますこと?」


 反応したのは、玉座の隣に立つ短い赤髪の女性。赤い修道服にマントをつけた人物。玉座で口を閉ざす白銀の鎧、総長の代弁者として謁見に臨んでいる。彼女の肩書きは……大宗務長グランドコマンダー。騎士団が信仰する宗教の代表者であり、葬式とは最も縁がある役職。彼女の説得に成功すれば、こちらの要望が通ると言っても過言ではない。


「他国の大神を生前供養したという実績。白教カタリ派としての名を上げ、信徒や団員の更なる増加が見込めます。白教本派からの主権を取り戻したいそちらとしては、悪い条件ではないと思いますが、いかがでしょうか?」


「確かに……魅力的ではあるけれど、引き受けるデメリットがあるのもお分かり?」


「帝国との関係悪化。最悪の場合は……戦争でしょうか」


 掘り下げられた内容に対し、私は率直な意見を述べる。


 本来なら虚言を交えることも、選択肢の一つには入っていた。


 ただ、この場と相手においては、誠実さが武器になると信じていた。


「それを避けるとするなら、貴方だとどうされる?」


「内々で処理します。噂で留め、公式の声明は出しません」


「真実は騎士団の中。関与を認めなければ、戦争にも発展しない」


「不透明性が民衆の関心を騎士団に引き寄せ、信心の起因になるでしょう」


 耳を傾けるべきは、相手の求めているもの。


 こちらの要望ばかり伝えては、交渉にならない。


 WINWIN。どちらも得があるのが理想の関係だった。


「…………」


 良くも悪くも、大政務長は総長に耳打ち。


 最終判断を委ね、答えを待つばかりになった。


(どちらに転んだとしても、私は……)


 決意を胸に秘め、あらゆる結果に対する心構えをする。


 信念は当初から変わることはなく、揺るがない自信があった。


総長グランドマスターは生前葬を許諾された。……ただし、かかる費用の負担は全てそちら持ち。帝国のレートでいうところの『300億円』を現金で用意されよとの申し出。通貨に指定はないが、3日以内に用意できなければ破談とのこと」


 伝えられるのは、ある種、当然とも言える要望。


 想定していたよりも大金に、空気はどんよりとする。


「……少し持ち帰らせてください。返事は3日以内に必ず」


 場の雰囲気を読み取り、その場を立ち去る。


 目下の目標は、『資金集め』になりそうだった。

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