第129話 探索
元ラウロ……アーケインと名乗った男と手を組み、俺たちは騎士総長宮殿内を探索することになった。聖エルモ砦に勤務していたが、訪れたことがないわけじゃない。備品管理の名目で、砦と宮殿を何度も行き来した時期があった。何も知らない一般人に比べれば、多少の土地勘はある。とはいえ、隅々まで把握してるわけでもなく、仕事に関係しない場所には疎かった。全く興味がなかったと言い換えてもいい。騎士団に人生を捧げる気なんてサラサラなく、修道誓願なんてもってのほかだ。あくまでマフィアとして大成するための足がかりとして俺たちは修道士になった。資金集めはジャコモに任せ、鉄砲玉の俺とリリちゃんは実力を磨くことを優先した。設定した期間は3年。それまでの間に地盤を整え、少しの衝撃じゃあビクともしない盤石な体制を築き上げることを目標としていた。結果としては大失敗だろうな。リリちゃんが殺されるのが分かっていたら、絶対に修道士になることはなかった。
「浮かない顔だね。ここに嫌な思い出でもあったのかな?」
甲冑が並んでいる廊下を歩きながら、アーケインは声をかけてくる。親しみやすいというか、妙に馴れ馴れしいというか。当然ながら、こいつへの疑いは晴れたわけじゃない。会話の流れからして離れることも可能だっただろうが、この手の輩は手元に置いていた方が安全だ。手に負えない場所から引っ掻き回されるよりかはずっといい。親しくなりすぎず、薄情になりすぎない。他人と仲間のちょうど中間ぐらいの関係性を維持する。そのためにも、多少の会話は必須だった。
「ここ自体にはなんの思い入れもない。ただ最近、同僚が亡くなったばっかでな。騎士団関係のものが目に入ると、自然と想起してしまうってだけだ」
「それは……お悔やみ申し上げる。無神経なことを言ってしまったようだね」
「気にすんな。お前は知らなかっただろうし、俺が黙っていれば済んだ話だ。……というか、俺の身の上話に興味なんてないんだろ。何か聞きたいことがあるなら今の内に聞いておいたらどうだ。こう見えても、騎士団関係者だからな」
「じゃあ、お言葉に甘えて聞かせてもらうが、ここにその騎士団関係者とやらが一人も見えないのはなぜだい? ここは仮にも騎士団の心臓部分。中央政府に相当する場所なんだろ? 傍から見たら警備体制が杜撰だと指摘せざるを得ないが、何か申し開くことはあるかい?」
思った通りの人物像というべきか、アーケインは自分の興味がある方向へ話題を振った。実利主義ってやつだな。何事も自分の損得で考え、相手の心や感情には疎いタイプ。向こうが腹の内に何を抱えているかは知らんが、こいつの解像度を上げておいても決して損はしないはずだ。そのためにも……。
「お前の目は節穴か? 見張りはそこらにいるだろ」
俺は相手の調子に合わせつつ、会話を転がした。視線の先には、廊下の左右に均等で配置されている甲冑があった。ここまで言えば、馬鹿でも分かるだろう。
「……まさか、あれが全部」
「ご名答だ。ここに人的リソースを割く必要はない。宮殿護衛長一人で十分だ」
「ということは、その御方は宮殿内にいる?」
「間違いなくな。今、向かっているのも、その御方がいる場所だ」
俺はピタリと足を止め、木彫りの小ぶりな扉の前で停止する。宮殿を隅々まで探索するには、俺よりも適任がいる。性格には多少の難があり、交渉には骨が折れるかもしれないが、職務の延長線上ならどうにか説得することはできるだろう。
「「………」」
特に許可を取る必要もなく、俺たちの向いている方向は一致していた。いきなり断りを入れずに開ける……なんて愚行に走ることはなく、俺は扉を数度ノックする。その間に呼吸を整え、心の準備を完了させ、俺は喉を震わせた。
「失礼します、宮殿護衛長。少しよろしいでしょうか」
慣れない敬語を使い、扉の向こう側にいるであろう御方の反応を待つ。ぎこちない態度になっているのは自分でも分かっていたが、騎士団の上下関係が明確に定められている以上、適当にあしらうことはできない。端的に言えば、真面目過ぎておもんないが、社会というのは礼儀があって成り立つもの。礼を失すれば、甲冑が襲い掛かってくるリスクもあるし、不遜な言葉選びはできなかった。
「誰だね、君は。まずは名と肩書きを名乗り給え」
返ってきたのは、いかにも権威に染まっていそうな男の言葉。声は野太く、顔を見る前から体型に想像がつく。私腹を肥やした結果の末路ってやつだな。意思能力の性質上、宮殿から一歩も外に出る必要はないし、役職のおかげで大抵の修道士や修道騎士が敬ってくれるから歪んだ性格を矯正することもない。俺が最も嫌いなタイプだった。まぁ、それでも顔色を出さずに折り合いをつけるのが社会ってもんだ。目上は媚びへつらってなんぼ。得することはないだろうが、下手に出れば損はしない。
「うざいな。少しぐらい融通利かせろや。遠回しに開けていいかって聞いてんだ」
だけど俺は、根っからの反社会勢力なんだよな。今それを思い出した。媚びへつらうのが嫌いで社会に反抗するためにマフィアになろうと決意した。ちょうどそれが爆発した。リリちゃんが亡くなったせいもあるのかな。とにかく俺は、目上の上司に反抗的な態度を取った。この後の展開ってのは決まってる。
「面白い奴だな。……入れ。名前は聞かんし、今のは不問としてやる」
甲冑に襲われる展開を想像したが、宮殿護衛長は意外にも懐が広かったらしい。喧嘩上等のメンタルだったがゆえに、毒気を抜かれたような気分だったが、逆切れが功を奏したのは事実。ここは乗っかるしかないだろう。
「「――――」」
俺は片開きの扉を押し、背後にいるアーケインと共に部屋に入る。名称は確か、護衛長室。入るのは初めてだったが、宮殿の内観から考えればおおよその想像がつく。型にハマった格式高い西洋風のインテリアで構成されているはずだ。
「は……?」
「なるほど、これは……」
しかし、目の前に広がっているのは予想外の光景だった。足の踏み場がないほどゴミで散らかっていて、奥行きが分からないほど手狭に見える。部屋の奥と思わしき場所には執務机があり、背後には大量のモニターが配置されている。えらく現代的というか、親近感が湧くような質素さというか。まぁ、機材に相当な金が使われている可能性があるが、大した用途のない剥製や壺が飾られてないだけ好感が持てた。
「それで……ここに来た用はなんだね?」
そう考えていると、執務椅子に腰かけている金髪坊主で長耳の太っちょ……宮殿護衛長は声をかけてくる。XXLサイズぐらいの黒の修道騎士服を着ており、一般的な修道服とは少し異なる。俺が着ているような修道服は、ローブ風のゆったりとした装いでスカートのように裾が広いのが特徴だが、騎士服はスーツのように身体にフィットするタイプで、腰に二本のベルトがあり、裾は狭く、脚部の輪郭がはっきり見えるタイプだ。それに加え、彼の場合は色とマントの違いがある。黒は修道誓願済み。マントは権威を象徴する。四大官職ではないが、身分的には一部の四大官職よりは上だった。実力は知らんが、騎士団内の影響力を考えれば、四大官職クラスと言っても過言ではないだろう。
「宮殿内を隅々まで探索したい。いちいち許可を取るのが面倒だから、責任者についてきて欲しい。俺の要望は以上だ。一言で言えば、宮殿を無償で案内しろ」
もうここまできたら無礼講だ。その場のノリと勢いに任せて、不遜な態度を貫く。リリちゃん死んじゃったし首になってもいいや、というある種の無敵の人のようなメンタルで俺の言いたいことを一方的に述べた。
「ようするに、慈善活動か。まぁ、乗ってやってもよいが、部下に駒のように扱われたと噂が広がっては我輩の沽券にかかわるな。……ここは取引といこう。この散らかった部屋の清掃活動と引き換えと言ったらどうだ?」
宮殿護衛長は両腕を外向きに開き、大げさなジェスチャーで辺りに視線を向けさせる。見るまでもなく、汚い。空き瓶やペットボトル、大量のスナック菓子の袋や、バナナの皮などがそのまま捨てられている。数人がかりでも完璧に清掃するなら相当時間がかかるだろう。無敵の人モードで対応するなら突っぱねてやりたいところだが、状況が状況だ。背に腹は代えられない。
「乗った。俺が綺麗さっぱり片付けてやる。その代わり、後払いだからな」
こうして何事もなく取引は成立し、宮殿探索が始まった。




