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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第128話 謁見

挿絵(By みてみん)




 ルーチオ・クアトロこと俺はなぜか、騎士団総長宮殿の謁見の間にいる。それもどうしてか、謁見する側でなく、謁見される側だ。端的に言えば、玉座に座っている。辺りには誰もおらず、原因不明の地響きが起こった後は静けさに満ちていた。本来なら外に出て、状況を確かめるのが理想の動きだろう。そもそも俺はラウラ救出の要だ。油を売っている暇なんかなく、今すぐにでも状況把握に努めるべきだった。ただ……。


「これが頂きの景色ってやつか。キングってのも悪くはないな」


 騎士団総長になったつもりで、その余韻に浸る。ジャコモを王にすることばかり考えていたが、自分が王になれた気がして妙に居心地が良かった。どれぐらいこうしていたのかは分からんが、そろそろ尻も痛くなってきた頃合いだ。場もあったまってきた頃だろう。ヒーローが遅れて登場するにはちょうどいい。


「さて……いい夢見れたところで、そろそろ動くか」


 重い腰を上げて、俺は玉座から立ち去ろうとした。


「――――」


 その時、目の前に現れたのは冴えない茶髪の男。左目にはモノクル、肩には青色の蛇を巻き付けており、胸の部分が×字に裂けた黒のスーツを着用している。驚きを露わにしている表情から考えると、能動的でなく受動的。戦闘中に移動系意思能力が発動し、強制的にワープさせられたってところだろう。似たような能力を使ってることもあって、状況把握は容易だったが、何もかも分かったわけじゃない。


「お前はラウロ……じゃないな。一体、誰だ?」


 黄色のセンスを纏い、俺は臨戦態勢で問いかける。状況から考えて、八つ当たりを食らう可能性が大だからな。死刑が執行され、死んだはずの男が目の前にいるってのも縁起が悪い。高確率で起こるであろうトラブルに備えつつ、対話で解決できる余地も残すのが現状の最善だった。


「ボクか……。君の味方だよ」


 流れるような動作で、冴えない男は片膝をつき、敬意を示す。悪い気はしなかったが、それを鵜呑みするほど馬鹿じゃない。


「ペテン師の言う台詞だな。俺の何を知ってる。あー、それ以上何も言うな。事情も目的も知らないで味方とか言い出す野郎は全員敵って相場は決まってる」


 俺は玉座近くの段差を数段降り、両拳を握りしめ、戦う覚悟を示した。対話路線はなしだ。敵の強さは全くもって分からんが、まずはぶっ飛ばす。


「外で何が起きたか知りたくないかな? 情報提供者という意味で味方と言ったんだよ。君個人の事情なんて、正直言って興味がない」


 変わらず男は片膝をついた状態でペラペラと調子のいいことを言っている。無視して顔面を殴ってやってもよかったが、奴の言い分にも一理ある。


「後で法外な見返りを求めるんじゃないだろうな」


「ボクとの戦闘を避けてくれるなら、それだけで十分だよ」


「それは今後もずっとか? 今だけか?」


「現在進行系だね。この場限りの不戦の約定と言い換えてもいい」


「敵だと判断したらいつでも殴っていいと?」


「ああ、もちろん。むしろそれが望ましい。人を縛るのは嫌いだからね」


 ぼったくりを避けるために、いくつかやり取りを交わし、探りを入れる。俺目線だと今のところ、この取引にデメリットは感じない。男の胡散臭さは拭い切れないが、外の情報に価値があるのは確かだった。


「取引成立だ。詳しく話を聞かせてくれ」


「恩に着るよ。まずはどこから知らないか教えてくれるかな?」


 ガシリと握手を交わし、期せずして結ばれた奇妙な関係が成立する。特に深い事情を話すわけでもないし、こちらの情報を話すのに大した時間はかからなかった。


 ◇◇◇

 

 今は何よりも情報収集が大事だ。現状を把握し、生前葬は何がなんでも阻止しなければならない。とはいえ、一から十まで嘘をつくのは現実的じゃなく、そこまでボクの二枚舌を信用しているわけでもない。だからまずは、情報を与える約束を取りつけ、相手に情報を話させることにした。ここまでは全く嘘をついていない。相手のことを知れば、その内容に合わせて虚実を交えられる。何も知らない状態に比べれば難易度は低く、目論見通りの展開が目の前で起きていた。


「――というわけだ。何か質問はあるか?」


 語られた内容は、極めて曖昧なものだった。要約すると、猫を探していたところ、視界が急に暗転して、気付けば玉座に座っていたらしい。ボクを信用していないせいか、かなりの情報が伏せられている感じがした。それでも収穫はあった。彼は何も知らない無知な存在だ。生前葬どころか、首都がバラバラになった件も知らない様子。僕目線だと、スタートラインにすら立てていない。裏を返せば、脚色次第で何色にも染められる状態だ。僕にとっては都合がいい。腕の見せ所だな。


「状況は理解した。深く掘り下げたいところだけど、どうせ君は答えないだろ? 次はボクの話をしてもいいかな?」


「あぁ。さっさとそうしてくれ」


「まずは自己紹介から始めようか。ボクはアーケイン。ラウロ・ルチアーノの精神を宿していたイタリア出身のしがない眼鏡職人さ。君……ルーチオ・クアトロ君のことはラウロの記憶を通して知っている。奇遇にもイタリア出身だってね。これも何かの縁かな。偶然にしては出来過ぎている」


「前置きはいい。さっさと本題に入れ」


「君たちの目的は、青色猫。猫市で落札されたラウラの救出だろ。落札者は臥龍岡ながおかアミだったかな。ラウロが死刑執行された後、猫市の記録を確認したから間違いないはずだ。誰と組んでいるかまでは知らないが、君たちとは対立関係になるだろうね。特にアミとの戦闘は絶対に避けられない」


「そんなもん、いちいち念を押されなくても分かってる。現状の確認はいいから、外で何があったのかを具体的に教えろや」


 ニヤリと笑みを浮かべたくなったが、僕はどうにか堪えた。これで仕込みは完了だ。都合の悪い情報は伏せ、真実だけで構成すれば、嘘は破綻しない。


「一言でいうと天災が起きた。マルタ共和国に神と思わしき存在が現れ、首都バレッタをバラバラにして天に浮遊させた。詳細は不明。地震や津波に意味や前触れがないのと同じさ。突然、起きた。ボクも全容は分かっていない」


「は? そんな絵空事を信じろと?」


「外を見れば一目瞭然だよ。馬鹿みたいな話だけど、さすがのボクもそんなあからさまな嘘はつかないよ。神に誓ったっていい」


「……それもそうか。後で確認すれば済む話だしな。ひとまず真偽は保留にするとして、他には何かあるか?」


「サングラスをかけた金髪美女には気を付けた方がいい」


「ん? なんだそりゃ。新手の意思能力者か?」


「そうかもしれないけど、そうじゃないのかもしれない」


「ハッキリしないな。具体的に何をされた」


「ランチはお好き? と質問されて、『はい』というニュアンスで答えたら、ここに飛ばされた。意思能力者というよりも、センスで具現化された能力のような印象を受けたね。受け答えが機械的だった。……ただ」


「なんだ? 能力あり気ならよくある話に聞こえたが」


「あれはもっと高次の存在というか、世界の理から外れているというか」


「そう思った根拠は?」


「ないね。ボクの直感だ。忘れてくれてもいい」


「ランダムエンカウントする移動系能力者がいるって考えればいいだけだろ。それ以上でもそれ以下でもない。……他には?」


「ボクが言えるのは以上かな。外のことは分からないことが多すぎる」 


 生前葬を丸々包み隠した穴だらけの情報共有が終わる。ここからの展開は予想できないが、どう転んでもボクたちに都合がよくなるよう調整した。イブが裏切った件も知らないだろうし、勘違いしたまま勝手に動いてくれるだけで得をする。


「…………」


 返ってきたのは深い沈黙だった。まぁ、会話が終わったんだから普通の反応だ。与えられた情報を整理する必要があるだろう。ボクの役目は果たされたわけだし、深入りしようとすれば怪しまれる恐れがある。ここらが潮時かな。


「じゃあ、ボクは行くよ。ラウラを助けなくちゃならないからね」


 背を向け、露骨な餌を垂らし、ルーチオの反応を伺う。危ない橋を渡っている自覚はあったが、思いついたものは仕方がない。彼のパーソナルな部分に興味はなかったが、狙った獲物が最後にどういう反応を示すのかは興味があった。


「……待て」


 出口に向けた一歩を阻むように声がかかる。まだ笑うな。振り向くな。気を緩めるな。餌に食いついた獲物を泳がせろ。泳ぎ疲れたところで一気に引き上げるのが、フィッシングだ。


「何かな。話は済んだはずだろ?」


 背を向けたままボクは話に応じる。期待と不安の両方が身体を駆け巡り、最悪の場合だと、ここで戦闘に発展することになる。手傷を負った今の状態だと勝てるかは怪しい。恐らく、聖遺物レリックもまともに起動できないだろうから、かなりまずい状況ではある。……ただ、それ以上にこのハラハラが堪らない。生と死の狭間にいる感覚は、生きていなければ味わうことができない。ボクは今、生きている。ラウロの支配から解放され、自分の人生を歩んでいる。あらゆる困難や天災でさえも、全てがスパイスだ。辛口で刺激的であればあるほどボクは生を実感できる!


「一緒に組むか? 目的が同じならそっちの方が効率がいいだろ」


 あぁ……なんて愚鈍で純粋で無知な存在なのだろうか。彼みたいな人間が世界で埋め尽くされればいいのに、と心の底から思う。とはいえ、それをそのまま口に出すわけにはいかない。かといって、ボクの抱いた感情を消し去ることはできない。ボクは静かに振り返る。ルーチオと再び顔を合わせ、表情に感情を乗せる。


「あぁ、その言葉を待っていた」


 今ボクはどんな顔をしているのだろうか。


 手鏡を欲したのは、この日が最初で最後かもしれない。

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