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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第126話 開かずの間

挿絵(By みてみん)





 ジェノαの案内と共に『開かずの間』とやらの攻略が始まった。歴代総長の意思が封印された? とかいうよく分からん事前情報だけ聞かされ、僕たちは両開きの石灰岩を通り抜け、進行する。ひとまず目下の問題は、行方不明になったソフィアと大政務長グランドチャンセラーの捜索のはずだ。何らかのトラブルにあったのは確実で、高い確率で戦闘になることが予想される。


 ジェノはともかく、今の僕は大した戦力にならねぇ。


 センスは普段の5分の1がいいところ。切り取り(カット)したもんを一度全部吐き出したんだから当然だわな。万全を期すには、あと4時間ぐらいの休息が必要なんだが、立て続けに事件が起こり続けるせいで気が休まらねぇ。測量中は多少のいとまがあったが、気休め程度だな。大聖堂を中心にした空間は大して広くなく、かかった時間は準備を含めて1時間程度だ。急速充電のスマホなら50%程度は回復してもおかしくねぇが、機械と同じようにはいかんわな。センスの回復効率を上げたいのは山々だが、伸ばし方が分からねぇ。一般的には食事と睡眠が鉄板になるが、白き神を宿した僕とジェノαは前者が不要だ。食べようとしても戻しちまう。水分さえ取っとけば生命は維持できるが、食べたら回復するっていうイメージが出来ない分、一般人より回復力が劣る気がした。まぁ、比較対象が少ねぇから、僕の回復力がどれぐらいの立ち位置にいるか不明なんだが、改善点を見出すのが難しいのが現状だ。


「ラウラ、どれぐらい回復した? 指一本10%として教えてよ」


 同じことを考えていたのか、先頭を歩くジェノαは振り返り、問いかける。


『――』


 慣れない猫の手を使い、二本の爪を立て、質問に答える。他がどうだか分からねぇが、僕とジェノαの与えられた条件は同じだ。厳密に言えば、太陽の儀式を済ませ、白銀の鎧を纏えているジェノαの方が一歩リードしてるんだろうが、僕の見立てではトントンってところか。やつはジェノβに半分ほど力を譲渡してるはずだからな。白銀の鎧を抜きにした実力も近いだろうし、向こうの返答次第では、回復効率のコツが掴めるかもしれねぇ。


「もう20%か。早いな。僕なんて、5%ぐらいだよ」


 燃費の悪い鎧を常時展開してるからだろ。って突っ込みを入れたいところだが、野暮ってもんだな。そもそも言葉が通じないわけだが、比較対象からデータは取れた。単純な戦闘力は定かじゃねぇが、回復力だけで言えば僕の方が上らしい。ただ、違いはなんなんだろうな。場数の違いか、鎧のせいか、得意系統の影響か。


『あなた、センスの流れが異様なまでに綺麗ね。特別な訓練でもした?』


 そこで会話に参加してくるのは、アウロラだった。ジェノαだけでなく、他人から見ても、感じ取るところがあるらしい。回復力の才能があった、って一言で済ませれば楽だが、それは思考停止だ。原因を特定しねぇと、改善にも繋がらねぇ。


『さぁな。覚えはねぇが、眠ってる間に何かあったのかもしんねぇな』


『夢遊病なの?』


『ま、そんなとこだ。詳しくは話してやんねぇがな』


 根掘り葉掘り聞きたくないなら、根掘り葉掘り話したくないってことでしょ。その言葉がやけに引っかかり、僕は自分のパーソナルな部分を包み隠す。共有してもよかったんだが、関係性のラインを引いちまった手前どうも切り出しづらい。若干モヤモヤするが、結果的に正解か。僕の身体には、白教の元教皇代理イザベラと日本神話のツクヨミが宿ってる、なんて言い出したら余計な混乱を生むだけだしな。トルクメニスタンで眠っている間に教皇になった一件も話す必要が出てくるし、僕自身も分かってないことが多い。事実は事実だし、今はこれでいい気がした。


『それより、センスの流れって、回復効率に関係あるのか?』


 思考を整理し、詳しい背景を語らないまま話を転がす。今の議題は『センスの回復力』だ。関係があれば個人的な話を持ち込むべきだろうが、今は絶対に必要な状況ってわけでもない。ここはよく分からん迷宮みたいなところだし、余計な会話は一つでも減らした方が建設的と言えた。


『いいえ。回復効率というより、センス消費量に直結する。流れが綺麗で淀みがないほど、無駄なエネルギーが消費されずに済む。結果的に回復するのも早くなるってわけ。将来的にスマホの充電が年に一回で済むかもしれないって言われてるけど、これはバッテリー容量が進化した想定じゃなく、電力消費量を極限まで抑えた結果そうなるって理屈。それと似たようなものね』


『つまり、待機中の消費量が総長に比べて、僕の方が省エネってことか?』


『そういうこと。同じスマホの例えになっちゃうけど、何もしてない状態でもバッテリーが減り続けるのが普通。でも、あなたの場合は、待機中のセンス消費量がほぼない。戦闘になれば、消費量の方が勝っちゃうだろうけど、通常時でそこまで無駄がないのは稀有よ。私からしてみれば、歩きながら眠っているように見える。夢遊病ってのもあながち間違いじゃないのかもね』


『へぇ……。便利なのは間違いないが、複雑だな。素直に喜べねぇ』


『素直に喜ぶべきじゃない? 将来的には省エネの極み……センス切れを気にする必要がなくなるかもしれないわ』


 想像もしなかった可能性を指摘され、ハッする。少し考えれば、僕でも思いつけた発想のはず。成長方針を『狭く深く』に設定したのはいいものの、具体的なアクションプランが浮かんでなかった。その先を越された感じだ。悔しさもあるが、どちらかというと、恥ずかしい。僕の学のない部分がモロに露出した感じがした。


『ありがたく参考にさせてもらうよ。……僕の話はこれぐらいにしといて、そろそろ『開かずの間』の話をしようぜ』


 僕は視線を飛ばし、ジェノαの奥にある開けた空間を見遣る。そこには壁一面に刻まれた石碑があり、袋小路になっていた。ここが観光名所ならサラッと見てUターンして終わりになるが、『行方不明』という事故が起きた以上、何かあるのは確実。いちいち身振り手振りで伝えるまでもなく、ジェノαには説明責任があった。


「ここには、歴代総長が歩んだ歴史が刻まれている。お墓っていうほど畏まったものでもないんだけど、特別な力が宿っているのは事実だ。首都がこんなことになって、僕が真っ先に確認したかったのも、その力に由来している。説明するよりも見てもらった方が早いだろうね」


 ジェノαが神妙な声音で語るのは、丁寧な前置きだった。導火線と言い換えてもいい。爆弾をいきなり起爆させるんじゃなく、火をつけ、紐状のものがジリジリと燃えていく過程を事細かに見せられている感じだ。総長が真っ先に確認。二名行方不明。特別な力。歴代総長の意思。ヤバそうな材料は出揃い、衝撃に備えさせている。ここまでくれば、何をされても驚かない気がするが、僕は目を疑った。


(嘘だろ、おい……)


 足元が透けて見え、上空600メートルぐらいから眺められる地上が確認できた。それ自体は不思議じゃない。透けて見えるのも意思能力だと思えば済む話だ。問題の本質は別にある。ないはずのものが目に前には広がっていた。


『首都バレッタ、だと……』


『待って。人がいないのってそういう……』


 僕とアウロラは似たような反応を示し、唖然とする。そこにはバラバラになったはずの首都が当たり前のように地上に存在していた。見せた方が早いのは確かだが、説明が足りてねぇ。今までの情報だけじゃ到底納得がいかない。


「ソフィアと大政務長グランチャンセラーが消えたのは事実だし、驚いた感情に嘘はない。……ただ僕は原因を知っている。信じたくないけど、予期せぬ力が働いたことによって、石碑の安全装置が作動してしまったんだ」


 ジェノαは結論を先延ばしにする。外堀から埋めて、考える余地を残しつつ、本質に迫る。僕は口を挟むことができなかった。例え、言葉が通じたとしても何かを言えるだけの余裕はなかった。これは単純な戦闘力で解決する問題じゃない。


模造世界モンド・フィント。このままいけば、偽物の大地が地表を覆うことになる」


 行き着いたのは、原因。外的要因に見せかけた、内的要因。さらに言えば、首都バレッタどころじゃなく、進行中ときた。ようするにアレか……地上をコピー&ペーストでもしてる最中ってのか。なんでそんなものを作った!! って声を荒げたいところだが、過去の総長が計画したことだ。ジェノαに罪はない。恐らくだが、地上崩壊を危惧して、移住先として用意した保険なんだろう。本来なら起こるはずのない事態が起きてしまった。念入りにセーフティは組んでいただろうが、それを突破し得るだけの超常現象が起きてしまった。想像で穴埋めをすることはできるが、まだまだ分からないことは山ほどある。


『じゃあ、ソフィアと大政務長グランドチャンセラーはどこへ行った』


「真っ先に浮かぶ疑問は消えた二人のことだよね。彼らは地上の首都バレッタに降りた。仮に地上が住めなくなる事態が発生したとして、模造世界を作って終わりじゃない。大規模な引っ越しが必要になるでしょ? この石碑には地上を行き来できるワープ的な機能も備えているんだ。もちろん、僕が行かせたわけじゃなく、意図せず起きた不慮の事故だったんだけどね」


『人が少ないのはどうして……』


「次に来る疑問は、一般人がいないことかな。それは、能力者と非能力者を分離する作用があったからだね。選ばれた者は天空に、選ばれなかった者は地上に残される。

ここの運用には意思の力が必要不可欠だからね。もちろん地上に残った人にも逃げ道は用意されていて、水中都市ラグーザがまさにそれだね。アレは言わば、模造世界の試作型。どちらも地上崩壊を想定した『ノアの箱舟』って感じだ」


 飄々と真実を語るジェノαに、違和感を覚える。こいつが石碑を作った当事者じゃないのは確かだ。模造世界が発動したのも、悪気がないのは分かる。ソフィアと大政務長が消えたのも意図しなかったってのも恐らく事実だろう。なんせこいつは……嘘がつけない。それは良い面もあれば悪い面もある。今までは良い意味で考えていたが、ここまで情報と言動が出揃えば、意味は真逆に変わる。


『アウロラ!! ここから逃げるぞ!! 早く!!!』


『――っ!!!』


 真実を知った僕らは、あてのない逃避行を開始する。


 少なくとも、今のジェノαを信用することはできなかった。

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