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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第124話 相談役

挿絵(By みてみん)





 バラバラになって空に浮かんだ首都バレッタの大聖堂前に僕たちはいる。主な面子はラウラ、ジェノα、ソフィア、大政務長グランドチャンセラーだ。言うなれば、白教陣営とブラックスワン陣営とマルタ騎士団陣営の代表が揃っている。恐らく、なんて不確かな言葉をつけるまでもなく、立場と肩書き的に明らかだった。大聖堂内には大量の猫たちが生前葬のためにスタンバってるが、出番にはまだ早い。できるかどうかは定かじゃねぇが、散らばった首都のピースを一つずつ集め、元に戻し、都市をグチャグチャにした主犯格の神を天界送りにするってのが、僕らの共通した目的ってことになる。相変わらず、僕は猫の身体のままで、意思疎通できない状況が続いてる。大財務長グランドトレジャラーと接触できれば、元の身体に戻してくれるんだろうが……とはいえ、話が通じる奴が一匹は欲しいんだよな。


『…………』


断りを入れず、僕は大聖堂の中に歩みを進め、長椅子に座っている灰色猫の首根っこを甘噛みし、外まで運ぶ。こいつの正体は知らんが、数いる猫の中でも最も頼りになるはずだ。まぁ、他に選択肢がないってだけなんだが、それは言いっこなしだよな。ともかく僕は灰色猫を外に運び、石畳の地面に置き、鳴いた。


『こいつを連れてく。文句はないな?』


 右手の爪を向け、ハンドジェスチャーを示す。言葉が通じねぇが、さすがに意図は伝わるだろう。


「その子を連れて行くんだね。……でも、他の子じゃ駄目?」


 白銀の鎧を身に纏うジェノαには話が通じていたが、どうやら都合が悪いらしい。儀式の要なのか、それとも、猫の中身に関係するのか。根掘り葉掘り聞いてやりたいところだが、なんにしても僕の心は決まってる。


『駄目だ。こいつは譲れねぇ』


 僕は首を左右に振り、NOの意図を示す。明確な根拠は何一つなかったが、灰色猫は今回の騒動の鍵を握っている気がした。


「まぁ……そこまで言うならいいけど、この人に何かあったら困るから、絶対に何がなんでも守ってよね」


 ジェノαは身を屈ませ、右手を差し出し、掌を見せる。


『任せろ』


 僕はお手をするように手甲の冷たい掌に肉球を乗せ、同意。トップ同士の話し合いだからか、後ろに控えているソフィアと大政務長は黙認し、主要メンバーは灰色猫を加え、五名になった。僕の要望が大した条件もなく通った形だ。特に不満もなく、次の展開をどうするべきか考えていると、嫌な視線を感じる。


『私に選択権はなし?』


 口を挟んできたのは、巻き込まれた当事者……灰色猫だった。目を細め、機嫌が悪そうなワントーン下がった低い声音で僕を責め立てている。


『ご主人様には許可を取った。それでもご不満か?』


『皮肉な物言いね。奴隷だから飼い主には逆らうなとも聞こえるけど』


『僕に差別意識はねぇよ。フラットだ。似たような立場だし、上も下もねぇ。ただ、年端もいかない子供が遠出する場合、親御さんの許可を取るだろ? そんな感覚だ。発言を捻じ曲げて、被害妄想をこじらせてもらったら困る』


『私……子供に見える?』


『見えねぇよ。例えばの話だ。というか、これ以上、僕に深掘りさせんな。猫になった経緯なんか根掘り葉掘り話したくねぇだろ? 他の奴らはどう思ってるかは知らねぇが、僕たちの間だけはフラットな関係でいこうや』


『言いたいことは山ほどあるけど、一理ある。ひとまず、首都の問題が解決するまで、手を組みましょうか。……詳しい状況を訊かせてもらえる?』


 何らかの事情があるらしいが、灰色猫は期間限定での同行を認める。ここまでくりゃあ、こっちのもんだ。事の経緯を一から十まで話してやるのが最も建設的と言えるが、フラットな付き合いってのはそこまで業務的じゃねぇ。


『その前にやることがあんだろ』


『なに? ハイタッチでもするつもり?』


『ちげーよ。僕はラウラだ。お前は?』


『私は……アウロラ。品種はマルティーズキャット』


『変わった紹介だな。お前……アウロラから見て、僕はどう見える?』


『ブリティッシュブルー。グレートブリテン島原産の血統管理された猫』


『へぇ、言い得て妙だな。僕の出自にも関係あるのかもな』


『そうでしょうね。だって……』


『だって、なんだ?』


『今のは忘れて。根掘り葉掘り訊くのが嫌なら、訊かれるのも嫌なんでしょ』


『ま、そうとも言えるな。個人的な事情は言わねぇし、聞かねぇよ』


『分かってもらえてなにより。というわけで、本題に入ってもらえる?』


『あぁ。分かってる。まずは首都が崩れた前提条件からだな――』


 ◇◇◇


 一通りの状況説明は終わった。首都が狂った原因は夜助に宿った瀧鳴大神である可能性が高いこと。生前葬を行う目的は神を天界に送り返すこと。それを成し遂げるためには首都を元に戻さないといけないこと。それを邪魔しようとする敵勢力がいること。ソフィアからの伝聞が大半を占めるが、知り得るもんは全て伝えた。アウロラに何ができるかは知ったこっちゃないが、猫同士の相談役として欠かせない存在になるのは間違いなかった。


『大筋は理解したけど、私いる? 総長グランドマスターがいればどうにかなりそうだけど』


『首都が人質みたいなもんでな。迂闊に力は使えねぇってのが僕らが出した結論だ。僕と総長はさっきのいざこざでセンスが空に近ぇし、万が一にでも首都が落下した場合に備えて、最低限の力は温存しとかなきゃならねぇ』


『力技じゃなく、知恵と工夫が必要な状況か。それなら役に立てるかもね』


『もとよりそのつもりだ。丸投げするつもりは毛頭ないが、一つの意見として参考にしたい。ようするに……妙案はあるか?』


 過度な期待はせず、僕はアウロラに問いかける。彼女が重要な位置にいるのは確かだが、優秀かどうかは別の話だ。何が得意で何が不得意かも知らないまま、答えを丸投げするのは間違ってる。だから、できるだけハードルを下げ、尋ねた。前提知識は今の説明でイーブンになったが、満足いく回答じゃなくとも不平不満はない。全員の意見を聞き、一つでも使える案が出ればいい方だろう。


『測量。ようするに……マッピングが重要なんじゃない』


『それだ!!!』


 食い気味に返答し、僕たちの方向性が定まる。


 言葉や手段の壁があるが、まず試したのは原始的方法だった。


 ◇◇◇


 僕とアウロラはマップの端から端をひたすら歩いた。一歩分の距離を定め、総歩数を確定し、直線で角度を割り出し、星を基準に緯度を定める。計算がズレるのを考慮して、三回同じルートを歩き、数値は平均化した。学のない僕の発想じゃなく、全てはアウロラの指示に従った。どこまでのレベルかは知らんが、少なくとも、僕よりは頭が回るらしい。ソフィア、ジェノα、大政務長は他にやることがあるらしく、別行動を取った。できれば誰か一人でも護衛してくれれば心強いが、意見の相違で揉めたソフィアとの一件もある。護衛は却下して、何かあれば僕の責任ってことにして、意思疎通が取れる猫同士でバディを組んだ。


 ここまで特に変わったことはない。街は異様に静かで、人の気配はなく、邪魔者もいない。おかげで測量は捗った。歩数を数えるっつう地味な作業に神経を削ったせいでアウロラと雑談することはなかったが、無事に距離は割り出せた。僕は大聖堂内にあった紙とインクと定規を拝借し、爪先につけ、ペン代わりに線を引いた。アウロラに言われた通り、何度も確認して、ズレがある前提で修正を続けた。それも今や完成を迎える。大聖堂前の地面に広がった紙とインクは、地図へと変わる。


『歪だとは思っていたが、これは……』


『見事な渦巻き状ね。銀河の中にいるみたい』

 

 完成したものを端的に示す言葉が僕たちの口から溢れ出す。測量したのは当然ながら、僕たちが歩けた範囲のみだ。大聖堂が中心にくる地図なわけだが、首都の形は歪んでいる。渦巻き状の何かに吸い込まれる途中のような位置関係。ここが銀河の中心ってわけではなく、中心に向かって捻じ曲げられた一部のような気がした。


『分からねぇことが山積みだが、ここは特異点じゃねぇな』


『ええ……。方位が機能しているなら恐らく、首都南西に原因がある』


 至ったのは、共通の見解。目撃情報とも一致し、犯人は浮かび上がる。


『瀧鳴大神が黒幕か……。ただ、どうも引っかかるな』


『測量に不備があるとでも?』


『いや、そうじゃねぇ。根拠はねぇが、何か見落としてる気がするんだよな』


『具体的にはなに?』


『予測の不確実性ってやつだ。目に見えるもんが全てとは限らない』


『予期しない登場人物が絡んでるかもしれないってこと?』


『人に限らず……だな。能力や地質が絡んでる可能性は大いにある』


『いわば、超常現象?』


『それだ。僕はその分野の専門家でな。特に鼻が利くんだ』


『理屈じゃなく、経験に裏打ちされた直感か。時には必要かもね』


『正しいかどうかはともかく、首都の地質に何か歴史や伝承はあるか?』


『そうねぇ……。確か島の主成分は石灰岩。切り出しやすく、修復も早い。攻められてもすぐに直ると噂の聖エルモ砦が代表例ね。ただその一方で、戦死者の血が石に染み込み、地下の空洞で亡霊となって現れるという噂もある。もちろん、都市伝説レベルの話だし、科学的根拠はない。仮に事実だったとしても、首都をバラバラにした直接的原因にしては弱いわね』


『地下の空洞、か……』


『肝試しでもしてみる? どうせ何もないだろうけど』


 漠然とした違和感に答えを出せないまま、議論は平行線をたどる。行き着いたのは『地下の空洞』だが、勝手に行くのは気が引けるな。少なくとも、ジェノαの許可が必要だ。何かあった場合に備えて、全員で行動した方がいい。


「大変だ! ラウラ!!」


 そこに駆けつけたのは、白銀の鎧。


 血相を変えたような声音で僕を呼び付ける。


『なんだ? 何があった!』


 言葉が通じないと分かっているが、返事をする。


 どう考えても何かあった。それもきっと悪いお知らせだ。


「ソフィアと大政務長グランドチャンセラーが地下に消えたんだ!!」

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