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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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122/148

第122話 集大成

挿絵(By みてみん)





『――――』


『まずは一切り。微塵を整えます』


『踏み込みマッハ拳』


 中庭に飛び交うのは、光化学スモッグと包丁と拳。Bugってフォートの集大成。標的となっているのは、たった一匹の敵。黒い外骨格を身に纏っているオオエンマハンミョウをモチーフにした人型の未確認生物。中身におおよその察しがついているけど、メタ読みはあんまりしたくない。いかに目の前の裏ボスを攻略するか。私の頭はそれでいっぱいだった。


「…………」


 コントローラーを握る手に汗が滲む。選んだのは、十字キーと六つのボタンがついたシンプルなもの。三体分の行動コマンドを入力し、指示通りにキャラクターが動くという形式になっていた。今のところ制御はできているけど、どこまで制御可能かは分からない。最後までまともにコントロールできたとしても、真っ二つに割れてもなお生き続ける甲虫男に通用する保証なんてなかった。


『――――』


『――――』


 真っ先に到達したのは、光化学スモッグだった。物理攻撃というよりも、状態異常攻撃に近く、軽症なら目くらまし、重症なら呼吸困難などを引き起こさせるのが主。私たちはソラルのおかげで直撃を免れたわけだけど、あれは確実に当たった。視界が定かじゃない状態で『筋肉女』と『狂コック』に対応する必要がある。


『『――――――』』


 甲虫男の左半身には真っすぐな拳、右半身には縦の斬撃が振るわれる。これが1ターン目。ファーストコンタクト。ターン制バトルでいう先攻は取れたわけだけど、ここからが本番。チョモスの『光化学スモッグ』は味方に当たらない多重ディスパッチを導入済み。懸念点はなく、万全の状態をもってして、攻撃が繰り出される。


『……』


『……』


 左半身はマッハ拳を右手で掴み、右半身は包丁を指先で掴む。ノーダメージ。目を閉じ、呼吸を止めた状態で、光化学スモッグに対応し、どれも有効打に欠けていた。出鼻を挫かれたような展開だ。初っ端でラスボスと遭遇し、敗北する負けイベントだと言ってもいい。……ただ、それはもうやったよね。砦に入った時点で、チョモスと出会ったエピソードで済ませたよね。二番煎じは寒いよ。収穫逓減の法則を知らないのかな。同じやり方を続けると、得られるリターンは減っていく。改善が必要だ。プレイヤーは新しい展開を求めている。何より私がそう望んでいる。例え、この体験を共有できるオーディエンスがいないとしても、私は……っ!!


「――っっっ!!!!!」


 カチカチカチカチとボタンを激しく入力し、私はプレイヤーの身分で戦闘に介入する。本来、ボタン連打がRPGのバトルに適用されることは少ない。あらかじめ設定された敵味方のステータスと乱数に従ってダメージが計算される。……ただその常識は、バトル中の操作コマンドに限定される。


 私の目の前に表示されているのは、平常時のステータス画面二つ。白いカーソルは範囲外に固定されている。方法は単純だ。画面左下の『おわる』と表記されている部分から右上に十字キーを入力し、ステータス画面の枠外にカーソルを移動させ、戻るボタンを連打する。ただそれだけ。これは決して正規の攻略法じゃない。通常プレイを楽しむためには必要のない機能。頭では分かってる。普通に楽しむには興ざめのプレイだってのは理解してる。……でもここは、私の土俵だ。私が開発に関わった舞台だ。誰にも文句は言わせない。誰にも口は挟ませない。意図的なグリッチだとしても、あの害悪だけは野放しにできない!!!


『ザ・パワー。大いなる力が今ここに』


『用法用量解放。致死量の塩加減突破』


 筋肉女と狂コックの悪意が飛躍的に増大する。私が行ったのは、バグプレイの王道中の王道、『経験値無限増殖バグ』だった。もし、アルカナに見せれば、人の努力を軽んじる行為だと否定されるんだろうな。……私はそれでも構わない。あなたはそのおかげで命を救われたと言い返してやる。彼らに足を向けて寝られないよう、恩着せがましく事の顛末を語ってやる。そのためには、勝たなければならない。ぐうの音も出ないほどの結果を出さなければならない。


 コントローラーの連打に熱がこもる。私は気を緩めない。相手の存在が消滅したのを確かめるまで、絶対に慢心しない。彼らの成長曲線に終わりはなく、私の連打が続く限り無限に成長を続ける。今は甲虫男に勝てないかもしれない。ただ、一秒後ならどうか、十秒後ならどうか、一分後ならどうか、十分後ならどうか、一時間後ならどうか。答えは分からない。ただ、こちらは確実に進化し続けている。指数関数的な急成長が見込まれる。敵が付け入る余地があるとすれば、それを上回ること。私の連打力に依存する経験値獲得を超える成長性を見せつけること。


『オン・アミリテイ』


『ウン・ハッタ』


 拮抗を続ける左半身と右半身は示し合わせたように呪文を詠唱する。さっきは目覚め立てで、よく見えなかった。発生が一瞬過ぎて認知するのが難しかった。だけど、今度は見逃さなかった。まばたきする手前、ほんの数瞬の間に技を見定めた。


 コマ送りの視界に捉えたのは、青色の肌をした強面で八本腕の男。体中には蛇が巻き付き、前面にある両腕を胸の前で交差させ、人差し指、中指、薬指を伸ばし、手の甲をこちらに向ける。背面の六本腕は三叉槍、法輪、金剛杵などの神仏由来の得物を持っている。恐らく、モチーフは密教。仏や菩薩では救えない者を強制的に救済する存在……明王。東西南北中央の方位に配置された五体のうちの一体。


 甲虫男が中央と考え、彼らが接敵した方向は南。その位置関係と、あの容姿から考えると軍荼利ぐんだり明王が妥当かな。方位を逆算すると、さっき展開していたのは不動明王だと思われ、中央を侵害するものに向けた物理攻撃特化のカウンターだったはず。ただ、明王の役割や能力は全員一緒ってわけでもなく、軍荼利のアプローチは不動と真逆。人々の迷いや心などの精神への作用。感覚系の心身掌握に近い。


(――まずいな。――アレには力技じゃ勝てない)


 瞬時に状況を分析し、旗色の悪さを理解する。いくら経験値を獲得して無限にレベルアップしたとしても、精神が成熟するかは別の話。耐性を得るには、物語の起伏を経て成し遂げられる内面的な成長が必須であり、彼らには具体的なエピソード……艱難辛苦に欠けている。人間味のない存在を、軍荼利明王が災いだと処理すれば、それまで。内面から崩壊し、彼らは死に至るだろう。


 認めたくないけど、対応策としては完璧だ。思いつく限りは、満点に近い。やっぱり、ただの虫じゃないな。三界を含めた使い手の中でも天井に近いかもしれない。『魔神』と同等か……もしくは……。いや、考えるのはよそう。自分の外側に想像を巡らせたところで、解決策は降りてこない。今は、私が使える手札に意識を巡らせ、彼を攻略する手立てを考えないと意味がない。


「…………」


 いつ、軍荼利明王の裁きが下されるか分からないまま、私はコントローラーによるボタン連打をやめる。眼前に表示された二つのウィンドウを手で高速に操作し、別の項目を探る。私が血眼になって探したのは『あらすじ』。『筋肉女』と『狂コック』に具体的なエピソードがあると信じ、隅から隅まで目を通した。


 そこにはお目当てのものがあった。キャラクターに対応する簡易的なエピソードが表示されるものだった。だけど、スクロールをする手が止まる。浮かんだのはふとした疑問。これを全て読んで、対策を講じる時間が残されているんだろうか。たぶん、答えは否だ。アレはそこまで発生が遅い技のようには思えない。カウントダウン形式の即死技の如く、ある程度の溜めは必要だろうけど、残された時間は多くない。


 これは、『アクティブタイムバトル』だ。


 行動可能なターンがやってきても、悠長に考えれば、敵のターンがやってくる。即断即決が望ましい。戦闘中に仲間の説明書を読み解く時間なんてない。手探りでもいい。バグに固執しなくてもいい。とにかく手を打て。ターンをぶん回せ。そうでなければ、私が望む未来はやってこない!!!


「――――――」


 研ぎ澄まされた直感が答えを導き出す。引き寄せられるようにバトル用のウィンドウを操作し、カーソルが止まっている場所には、『ひらがな四文字』の行動が刻まれている。手が震えた。決定ボタンは押せなかった。逆転できる可能性は十分あったのに、彼らに運命を任せることはできなかった。気付けば、コントローラーから手を離し、ターン制も彼らを操作する権利も放棄していた。


 間違っているかもしれない。なんて馬鹿なことを! とアルカナに罵られるかもしれない。だけど、思いついてしまったものは仕方がない。このアイデアをなかったことにして、思考停止で第三者に任せることはできない。


 だってこれは、私の物語だ。


 良いことが起きても、悪いことが起きても責任は自分が負わなければならない。よく知らない彼らに責任を押し付けることはできない。私はプレイヤーでもあるけど、この舞台に組み込まれた登場人物なんだ。画面の外から眺めて、責任の所在を曖昧にして、疑似的な成長体験を得るだけじゃ、私はもう満足できない。


 運命はこの手で切り拓く。そのために、私は死んだ。望んで殺された。これが、空白の二年間に植え込まれた偽りの記憶だったとしても構わない。私は私と共に心中する。その覚悟はできている。次の展開に備えた準備はできている。


「――――これが()()()の、全力全開!!!!!」


 私は花火を打ち上げるかの如く、上空に渾身の意思弾を放った。外向きの悪意が込められ、黒色の光を纏い、見る見ると上昇する。それだけでは意味がない。ただの打ち上げ花火に過ぎない。状況を打開するには至らない。だけど、私は信じていた。私と縁のある仲間の登場を心の底から待ち侘びていた。根拠はない。前もって打ち合わせをしたわけでもない。ただの思いつきだ。相手を配慮しないドッジボールだ。でも、これで失敗したとしても後悔はない。自分の手で『ひらがな四文字』のアクションコマンドを入力したのだから納得がいっている。後は――。


「………………メテオォォ!!!!!! メイスってなぁ!!!!!!!」


 上空に放たれた意思弾はメイスに弾かれ、墜落。


 流星と見紛うような光の軌道を描き、悪意は爆発した。

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