第121話 禁忌
ミイラ女の正体は恐らく、『ネフェルウラー』。古代エジプト第18王朝の王女だと思われる。母親は当時のファラオ……ハトシェプストであり、その在位中にネフェルウラーは死亡したと言われている。その経緯には諸説あり、担当外だったため謎に包まれていたが、兵器長に兵器化されていたのなら辻褄が合う。さらに『ファラオ』に近しい人物かつ、一度も『ファラオ』になっておらず、存命なら現代で『ファラオ』を目指す動機を持ち、史実に余白がある女性という条件を加えるなら、ネフェルウラー以外に考えられなかった。
本来の業務であれば、引継ぎ内容を確認し、修正や注釈を加えたいところだったが、今はそれどころではない。舞台の登場人物の一人であり、事態を主が望まれていた方へ舵を取る必要があった。
「甲虫男の生命力を侮ってはなりません。八つ裂きが望ましい!」
柄にもなく声を荒げ、気を緩ませつつある二人に指示を送る。
今までの彼の挙動を見る限り、死んだと思える方が異常だった。
「「――――」」
ハッとした表情を作る二人は、すぐさま動き出す。真っ二つになった甲虫男は中庭の地面にうつ伏せで倒れ込んでおり、ミイラ女は左半身、女騎士は右半身を担当する。今までの彼女たちの戦闘力を見る限り、十分に破壊可能。硬い外骨格を上回る攻防力を有しており、いくら『悪魔の細胞』を取り込み、再生能力を身につけたといっても、身体を粉微塵にされては、元に戻れるとは思えない。
『――ノウマク・サンマンダ』
『――バザラダン・カン』
しかし、悪い予感は的中する。甲虫男の左半身と右半身はそれぞれ意思を持ち、明確な呪文を口にする。その意味は理解できるものの、解説する余裕はない。
「――――っっっ」
最後の気力を振り絞り、二発の意思弾を放つ。狙いはとどめを刺しにいっている二人の側面。事情を説明する暇はなく、回避させるにはそれしかなかった。
「「――――」」
意図した通りに意思弾は直撃し、二人は甲虫男から遠ざかる。再生の猶予を与えることになろうが、背に腹は代えられない。彼女たちの戦闘力は貴重。甲虫男に攻撃が通るのであれば、一時退却を余儀なくされようが、いずれ攻略可能になる。
『『婆栖鳥』』
ただ、甲虫男は逃げの一手を許さない。左半身と右半身が立ち上がり、両腕を突き出し、真っ二つに割れた鳶の如き鳥を召喚する。現時点で詳細は断定できない。物理的な攻撃力に加え、精神的な側面にも作用すると考えられる。
「…………っっ」
何かしらの策を講じたいものの、目の前が揺らぐ。意思の限界を迎え、身体が言うことをきかない。目は霞み、足元がふらつき、見届けることもできない。主の意向と意思に依存するため、『天使』の力を発揮することも不可能。
全滅。
そんな最悪の結末が頭をよぎり、対をなす真っ二つに割れた婆栖鳥は、彼女たちに直撃しようとしていた。
「――――」
そこに迸ったのは、緋色の閃光。光で影をかき消すようにして、二人の身に迫った脅威を排除する。その姿形を見届けることはできない。まぶたは重く閉じ、外界の情報を取り入れることを脳が拒絶する。それでも私は理解できる。何が起こったのかを予想することができる。今後の展開に想像がつく。
「眠れる獅子は起きた。今度はあなたが食われる番です――――」
◇◇◇
私を覆う黒い包帯が解ける。ゆらゆらと風に揺らめき、落ちていく。一目で状況は理解できた。超大型甲虫との戦いは終わってない。ただそれだけ。姿形が変わろうが、意思の力を得ようが得まいが、正体が大物だろうが小物だろうが関係ない。
ようやく面白くなってきた。
自然と笑みが浮かび、私は中庭の地に両足をつく。真っ二つになった甲虫男を見つめ、視線を交わし合う。
『感性を疑うな』
『何が可笑しい?』
生還に関してのリアクションは薄く、それよりも笑う余裕があったのが不愉快だったらしい。気持ちは分からんでもない。脳をかぶりついた相手が笑みを浮かべて動いていたら、誰だって気持ちが悪いと思ってしまう。原因不明だったら尚更だ。人間は理解できないものを拒む。相手が未確認生物だろうと同じこと。人並みの知性を持つなら、私のような化け物は忌避したいと思うのは当然だった。ただ、その事実を掘り下げれば、否定しようのない一つの感情に行き当たる。
「――私が怖いんでしょ。――それが滑稽に見えただけ」
私は思ったことを素直に述べた。甲虫男の顔色が歪んだのを感じる。無色透明に近い水っぽいセンスは、徐々に濁っていくのが見えた。意思から悪意への変容。恐らく、こちらの理解が追いつかない範囲で進化している。何らかのカウンター型の能力を纏っていたと思われるけど、それを披露することなく使い捨てた。悪意は私に向けられている。私を殺すためだけに能力を開発するはず。
『忿』
『怒』
異種族でも伝わる恐ろしい形相を露わにし、悪意は増大する。詳細は不明だけど、今の状態で体術を繰り出すだけでも脅威。まともに付き合えば、いくら私でも勝てない。相手の土俵で勝つことに固執すれば、殺されるのがオチ。
だから――。
「――黒物質」
私は禁忌を破る。バグ世界でバグを引き起こす技を繰り出す。二の轍は踏まない。わざわざ不利な戦いに身を投じない。私は私だ。敵の土俵でなく、私の土俵に引きずり込まないと、やつには勝てない。強みを押しつける。単純な戦闘じゃなく、コントローラーを操り、バグらせることによって奇跡を起こす。
『???:チョ、モス。HP:-0x3F09 。SP:光化学スモッグ』
『ココココ、コンソメ。アサのフライ。カツヨのタタキ。弩弩弩』
『力イズパワー。アイム、ドーピングエリート、OK』
生じたのは、エンカウントの状況再現。ここまで苦しめられた巨大昆虫とバグ住民を飼い慣らす。Bugって砦も、ここで大詰めだ。勝とうが負けようが引き分けになろうが、どんな結末を迎えようが構わない。私と甲虫男の定義は明確になり、一歩引いたメタ的な目線でそれを言語化した。
「――私はプレイヤー。――これから裏ボスを攻略する」




