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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第120話 インファイト

挿絵(By みてみん)





 私を突き動かす感情は、ただ一つ。


 弁護士ごっこは楽しかった、ただそれだけ。


『「――――」』


 包帯を飛ばした先には、甲虫男がいた。右腕を拘束し、綱引き状態となって、間接的に敵の力量が伝わる。実際に戦ったわけでもないから、あくまで相対的な評価しか下せないわけだけど、大病院長グランドホスピタラーと同等か、それ以上の使い手のように思える。恐らくあれが、ジュリアの言っていた『狂った住民』。もしくは、砦に蔓延る虫と混合された化け物。直接的な繋がりはないけど、相手にとって不足なし。


「裁かれる準備はいい?」


『言わずにやれ。自信のなさが目に余る』


 わざわざ宣戦布告をしてあげたつもりなんだけど、小気味いいテンポで否定される。……感じ悪いな。もっとバチッと熱く決めてくれるようなやり取りを期待していたのに、冷や水を浴びせられた気分。まぁ、こうなった以上は仕方がない。


「あっそ。じゃあ、お言葉に甘えて――」


 私は伸ばした包帯を引き寄せ、甲虫男を強引に懐まで近付ける。試してみたいことは色々とあるわけだけど、最初の一歩は決まっている。隣にいる女騎士……エレインに目線で合図を送り、こくりと頷き合い、その瞬間は訪れた。


「「――――!!!!!」」


 私の右拳は甲虫男の顔面を捉え、エレインは彼の左腕に斬りかかった。何よりも先に私たちが優先したのは、強度チェック。通常攻撃が効くかどうかの確認。硬そうなのは目に見えて明らかだけど、効かない前提で立ち回るのは違った。


『…………』


 攻撃を食らったはずの相手は顔色一つ変えていない。


 まるで効いてないように思えたけど、実情は別物だった。


 左腕は斬り落とされ、口端からは透明色の液体が垂れている。


「「――――」」


 私たちの攻撃は通用する。疑惑が確信に変わる。


 ほんの数瞬、緊迫した空気に緩みが生じたのが分かる。


『左腕一本とラッキーパンチで油断するなら、安いもんだ』


 そこに冷ややかな声がかけられ、正気に戻される。


 通用したのは間違いないものの、敵はその先を読んでいた。


「「……っっっ」」


 甲虫男は右腕の包帯を引き、頭突きを放ち、私の額を打ちつける。


 続けざまに、エレインの腹部に突き出すような蹴りを食らわせていた。


 ――想定以上に、重い。


 無傷で済むとは考えてなかったものの、何発も受けられない。


 一発で気絶するレベルじゃないけど、敵のフィジカルは本物だった。


『所詮は、女か。男には肉体的に劣る』


 さらに浴びせられるのは、上から目線の差別的発言。


 言ってることは間違ってないけど、言うべき相手を間違えている。


「虫風情が……私を語るな!!!」


 相手の挑発に快く応じ、私はインファイトに臨む。


 私たちは包帯同士で結ばれていて、簡単には離れない。


 向こうが女を低く見積もるのなら、覆してやるまでだった。


『「――!!!」』


 甲虫男は蹴りが主体、私は右拳主体で攻防を続ける。


 至近距離で激しい閃光が散り、一進一退の状況が続いた。


 正直、身体は鈍っていた。全盛期の十分の一にすら届かない。


 ――ただ、引けを取らない。


 甲虫男のインファイトに耐え忍んでいる。


 決定打には欠けているものの、善戦していた。


『それで満足か? そこがお前の限界か?』


 褒め称えることはなく、甲虫男は余裕面を崩さない。


 言葉に応じて蹴りの苛烈さは増し、捌けなくなっていく。


 直撃はないけど、危うい均衡。少しでも乱れれば、崩壊する。


 ――指摘通りかもしれない。


 現状の自分に満足すれば、そこで成長は止まる。


 完成したものに未来はない。過去の栄光に縋るだけ。


 発展途上だと言い張れる年齢じゃないし、熱量も乏しい。


 あとは緩やかにしぼんでいくだけ。そんな人生が想像できた。


 恐らくこの攻防に負ければ実際にそうなる。間違いなく堕落する。


 仮に自由を獲得したとしても、何をしていいか分からない状態に陥る。


 ――求められるのは人生設計。


 目先の攻防は問題じゃなく、その後に続く熱量が必要だ。


 それが分からないと自分を引っ張れない。やる気になれない。


 人生行き当たりばったりで、勝ち負けにこだわる必要もなくなる。


 自由の後に求めるのは何か。過去じゃなく、私は今、何がしたいのか。


 掘り下げる。掘り下げる。掘り下げる。攻防を続けながら、私を掘り下げる。


「…………」


 その時、天啓が降りる。突拍子もないことを閃く。


 できるかどうかは問題じゃなく、私がやりたいかどうか。

  

『少しはマシな顔つきになったか。……だが!!』


 異変を察知するものの、甲虫男は深く干渉しない。


 代わりに物理的な障害となって、渾身の足刀蹴りを放つ。


「――――」


 私はそれを甘んじて受け入れた。腹部に直撃を食らった。


 類まれな膂力とセンスが乗り、気絶してもおかしくない一撃。


 今までの私なら負けていた。だけど、今の私は数秒前とは別人だ。


「『ファラオ』になれたら、スカラベにしてあげる!!!」


 私は確かな意思を右拳に乗せ、それを敵の顔面に打ち付ける。


 私たちを結ぶ包帯がピンと張るものの、限界を迎え、引き裂かれた。


『……願い下げだ。ボンクラ』


 最後まで嫌味を徹底し、甲虫男は吹き飛んだ。


 中庭上空を突っ切り、砦の場外へと向かっていく。


 痛み分けで終わりそうだけど、私たちは一人じゃない。


「――――」


 空中にいたエレインは、言わずにやる。


 甲虫男を縦に真っ二つに斬り裂き、勝負は決した。

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