第119話 決死
通常の戦車の主砲は約120mm。石造りの壁に直撃させた場合、壁面に数メートル規模の穴が開くと予想される。建物を木っ端微塵にするというよりも、硬い標的を貫くことに重きが置かれており、主な用途は装甲車の破壊にある。弾種によって威力のバラつきがあるものの、今回選ばれたのは貫通力に特化した徹甲弾に相当する。甲虫男の硬い外骨格と相性が良く、威力や規模は10倍どころでは済まない。
「…………」
中庭の空中で私の視界に入ったのは、砦北に開いた大穴。数十メートルか、はたまた、数百メートルだろうか。その射線上に甲虫男はいた。砲弾が直撃したのをこの目で確認した。当たったのだから自明の理というべきか、今や姿形はない。少なくとも、目視では甲虫男の生存は確認されない。勝ち誇りたいのは山々だったが、ジュリアの件がある。ここで気を抜くのは……。
『よく俺の意表をついた。褒美をくれてやる!!』
突如として背後から聞こえてきたのは、賞賛の言葉。緩和した空気が一気に引き締まるのを感じながら、私は背後を振り向き、両手杖を盾にした。
「――っ!!!!」
本体の姿を確認する余裕もなく、両腕には衝撃が伝わり、蹴られたと理解した頃には地面が差し迫っている。着地は最尤反転常中があれば問題ない。気にすべきは――。
『強弱を入れ替える能力らしい。……だが、何事にも限度があるのだろ?』
目まぐるしく状況は変化し、状況が整理されないまま地上からは甲虫男の声が響く。すかさず視線を落とし、杖を握り直し、防御の体勢を固める。そこでようやく理解できた。敵の状態が確認できた。
彼には半身がない。
厳密に言えば、右足と右腕と右顔が欠損している。主砲は確かに直撃し、オオエンマハンミョウ譲りの硬い外骨格を突き破ったのだ。ただ、恐るべきはその生命力。人間であれば即死級の一撃を食らいながら、十全と勘違いとするほどの蹴りを放った。手負いの獣は手強いと言うが、目の前にいるのがまさにそうだろう。
相打ち上等。
私を地獄の道連れにするつもりだ。いかな甲虫男と言えど、あの状態で放置すれば死に至る。その前に決着をつけるつもりのはず。裏を返せば――。
『「――――ッッ!!!!!!」』
敵の思惑と攻略法を思いついた瞬間、攻防が始まる。甲虫男は左半身を器用に使い、拳と蹴りを無数に浴びせる。最尤反転に真っ向から立ち向かう姿勢。強弱で集中をかき乱すような様子はなく、攻撃は全て強で出力されている。まず間違いなく、部分的にしか展開できない最尤の死角を突き、崩す腹積もり。力技ではあるものの、見立ては正しい。手数が私の処理速度の限界を超えれば、受け漏れが発生する。そうなれば、ゲームオーバー。逆に甲虫男の猛攻を耐え凌ぎ、彼の命が尽き果てれば、私の勝ち。勝敗条件は非常にシンプルだった。
『――あるものは全て使う主義でな!!!』
思考に気を取られ、ほんの少し目を離した隙に、甲虫男は得物を手にしていた。それは、超大型戦車の砲身。根元から引きちぎり、数十メートル級の棍棒と化している。それを粗雑に乱暴に振るう、振るう、振るう。センスを纏ってはおらず、単純な身体能力のみで巨人に等しい膂力を発揮している。紛うことなき、神話級の実力。天界の神々に引けを取らない荒業を虫の身体でやってのけていた。
「……っっ!!!」
殴り方が大雑把ではあるものの、威力が先ほどとは比べ物にならない。杖で触れた部分を強→弱に変換することはできても、勢いを完全に殺し切ることはできない。局所的な攻撃の拳や蹴りとは相性は良かったが、棒術は単純な威力に加え、風圧や遠心力が付随し、最尤範囲外にまで被害が及ぼうとしている。もちろん、最尤反転常中の適用範囲を広げれば、防ぐことは可能ではあった。しかし、主のセンスは燃料切れ寸前。無理をすれば、意思能力は解除され、本末転倒な展開が待ち受ける。
『出し惜しんでる場合か? 出してみよ、天使の力を!!!』
甲虫男は巨大棍棒を振り上げ、下から突き上げる強風が発生し、私は飛翔を余儀なくされる。再び中庭上空に吹き飛ばされ、地上からは追撃を試みる甲虫男が見えた。私だけでなく、相手も限界が近いのが分かる。次の攻防で雌雄が決する。
言われた通りに動けば、恐らく勝てる。ただ、その勝利に意味はあるのか。主の外側にある力を用いて、楽に成果をもぎ取って、何を得ることができるのか。死を天秤にかけたとしても、安易に決断することはできない。『成長』こそが各界の不変の理であり、外側から一方的に与えられた勝利を『成長』とは呼ばない。そもそも、死は成長段階の一部に過ぎず、そこで終わりではない。例外はあれど、成長限界に達した場合にのみ次のステージへ進むべきであり、主のポテンシャルを考えれば、ここで終わる存在とは到底思えない。
終わるとしたら彼だ。
甲虫男に伸び代はない。悪逆非道の限りを尽くした存在は、『成長』を享受することは許されない。地獄で責め苦を負うべきであり、前世の行いに見合った罰を受け、改心した後、ようやく次の段階へと移行できる。だとすれば、答えは決まっている。人のままで倒す。甘言に乗ることはなく、アルカナの『成長』を見守る。操作権が私にあるとしても、彼の意向と意思のままで引導を渡さなければならない。
『これで仕舞いだ!! 這いつくばって首を垂れろぉ!!!』
「最尤反転常中……最大出力!!!」
跳躍した甲虫男は巨大棍棒を振り下ろし、私は全身に最尤反転を張り巡らせる。一か八かの賭けだった。余った燃料を全て使い、敵の体力が尽きれば勝てる。ただ、余力があれば終わる。センス切れを引き起こし、防御の術を失い、一方的になぶり殺されることになる。
棍棒と衝突し、黒い輝きが中庭を彩った。威力と見た目に反して、受けた感触は軽い。強→弱の変換がスムーズに機能し、ひとまず防御が可能になっている。問題はどこまでもつか。気を抜いた瞬間に終わる。唐突に死は訪れる。
『ガハッ……』
その時だった。甲虫男は吐血し、水っぽい液体が地面に落ちていった。生命の限界に到達した。今までの無理がたたり、その反動が今になって身体に襲い掛かった。あっけないと結末と言えばそれまで。ただ私は賭けに勝った。アルカナのままで勝利を収めた。相手に余力はない。それを裏打ちにするように、私たちは重力に引かれ、中庭に辿り着いた。巨大棍棒が落ちた衝撃で軽く地面が揺れながらも、辺りは驚くほど静かだった。心地よい静寂に満ち、敵は地面に這いつくばっている。
「首を垂れても、赦しはしませんよ」
哀れむような目線をくれ、私は甲虫男に言い放つ。これでアルカナ・フォン・アーサーの成長物語がまた一ページ刻まれた。ここで終わることはない。私が主導権を握っていようが、今後、彼が主導権を取り戻そうが、成長限界を迎えるその時まで、物語は続くことになる。胸がスッとした気持ちになり、私は背中を向け、次なる物語を自らの手で進めようとした。
『もう満足したのか? 俺はまだ物足りないんだがな』
しかし、敵は再び立ち上がる。失ったはずの右半身を再生させ、透明色のセンスを纏っている。言わずとも理解できた。悪魔を食べたことにより、再生能力を得ていた。たったそれだけのこと。彼は想定を上回り、私は賭けに負けた。
「くっ!!」
『どいつもこいつも遅いんだよ!!!』
なけなしの意思弾が左拳で弾かれ、右拳が迫る。もうセンスで防御できるほどの余力はない。最尤反転常中を発動できるほどの余裕はない。ここで終わる。アルカナ・フォン・アーサーの物語は幕を閉じる。
『――ッッ!!?』
そんな彼の攻撃に巻き付いたのは、黒い包帯だった。ピンと糸を張ったように包帯は目に見えて力が入り、敵を拘束している。包帯を辿った先には二人。
「忘れてもらったら困るんだけど」
「遅くなった。これより助太刀する」
ミイラ女と女騎士が遅れて参戦した。




