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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第118話 代打

挿絵(By みてみん)





 得物は木彫りの両手杖。身に纏うのは青色の意思。アルカナ・フォン・アーサーと同じ条件。そうでなければ意味がない。規格外の大技で倒すことなどあってはならない。『天使』の権能をもってして、楽に死なせるなどあってはならない。徹底的に苦しめ、追い込み、生に縋る姿を見届け、殺すのが理想。戦闘の果てに対話を試み、赦しを乞わせる生温い展開など主が望まれているはずがない。


『「…………」』


 超大型戦車が鎮座する中庭で、私と甲虫男は構え、睨み合う。対立する理由は明白であり、諸々の事情は把握済みと思われる。なにせ、敵の正体は『■■』。直接的な面識はないものの、噂はかねがね聞いている。私の由来も踏まえると、奇妙な巡り合わせを感じる。……とはいえ、手を抜く理由にはならず、相手の正体を考慮しても、倒し切れるだけの潜在能力が主にはある。


「――――――」


 私は杖を振るい、機関銃を掃射するように意思の弾幕を張る。中庭を薙ぎ払わんとする無数の意思弾が放たれ、射線上には甲虫男。あくまでこれは牽制であり、決定打にならないのは分かっていた。問題は、敵がどこまでやれるのか。噂以上か噂通りか噂未満か。それが一連の攻防で明らかになると思われる。


『………………』


 甲虫男は無難な回避を選択。地面を蹴りつけ、中庭を縦横無尽に駆け回り、軽やかな身のこなしで意思弾を躱し続けていた。それ自体は前もって予想できたこと。だからこそ私が注目したのは、敵の挙動。受けることでなく、避ける選択をした意図を探りたい。天界であれば、相手の視点に入り込み、敵情視察は容易だったものの、今は不可能。相手の一挙手一投足から読み取らなければならない不便さに煩わしさを覚えながらも、それがかえって新鮮で、作業的な以前の職務からは決して得られない生きた心地と解放感が人間の身体を通して伝わってくる。


 これはある種の麻薬に近い。禁欲的な生活が日常の天界では得られることのなかった快楽物質が一気に浴びせられる。地上に降り立った神々が天界に戻ろうとせず、人の身体に病みつきになるのも頷ける。これを知ってしまえば二度と引き返せない。こうなってしまった責任をあの甲虫男には取ってもらわねばならない。


「――――」


 大技に大技を重ね、主のセンスは枯渇寸前。派手な戦闘を繰り返せば、あっという間にオーバーフロウを引き起こす。だから私は素材の味を活かした。本来なら捨てるはずの食材を余すことなく利用した。同じ条件で、同じ機体を操縦し、燃料切れ寸前だったとしても、主以上に性能を引き出せてこそ『天使』と言える。


『――、――――――、――――、――――――』


 周囲に張り巡らせた小結界が反射板となり、意思弾は一発も余すことなく跳ね返る。ただ、さすがは複眼持ちと言うべきか、全方位攻撃に近いものを跳躍し、身をひねり、着地し、フェイントをかけ、ジグザグに走り、一発も被弾することなく回避している。攻防になんら進展がないように思えるものの、収穫はあった。


 恐らく彼は、意思弾の追加効果を警戒している。


 受けさせることを前提にした条件達成型の意思能力であれば、防御時点で決着がつく可能性が高く、おおよその性質が見抜けるまで逃げ回るのを徹底した。それが回避した意図。小結界や意思弾の反応を隅々まで観察し、考察に落とし込むフェイズ。自信過剰で好戦的な性格に思えたものの、非常に慎重で自制心が強い性格。恵まれた身体能力に驕ることなく立ち回る姿は、先ほどの下品なやり取りからは感じ取れない知性の高さと、敵を軽んじない謙虚さがあった。


 惜しむべきはそれが人格に反映されないであろうこと。自分に向けられる思いを、少しでも他人に向けられれば、対立することはなかった。とはいえ、たらればを思い巡らせたところで意味はなく、秒針は未来に向けて進んでいる。


『追加効果はなし。小結界の反射頼り。それでも天の使いか?』


「足せばよくなるわけでもありません。深みは引き算で生まれる」


 手の空いた時間でやり取りを交わし、私は跳躍。甲虫男がいる方向に進み、周囲に張り巡らせていた小結界を全て解除した。反射板を失った意思弾は周囲に散らばり、絨毯爆撃を行ったような爪痕が中庭に刻まれていく。土煙が舞い上がり、視界は極めて悪く、複眼であっても全方位を捉えることはできない。こちらも同じ条件ではあるものの、敵の位置は捕捉済み。慎重な性格を考えれば、闇雲に煙の中を移動するとは思えず、脅威なしと判断された意思弾の対処に意識を割きながら、不動の体勢を貫いていると思われる。


「…………」


 先行きが見通せない景色が続く中、見る見ると距離が縮まっていくのが分かる。人の身体を通して緊張感が伝わり、冷ややかな汗が額に浮かぶ。この行動にはリターンが見込めるものの、相応のリスクも存在する。机上で済む理論を実行に移すことに、ここまでの恐怖とプレッシャーを覚えるとは思いもしなかった。見える数値だけに囚われる理想論者の愚かさと、見えない数値を重んじる現場主義者の苦悩が身に染みて分かる。統計学上の勝率が高いからといって、リスクが許容量を上回れば、人間は動かない。生死に直面すれば最終的に感情で動く生き物であり、安心安全なデスクワークでは決して感じ取れないものがあった。


 それでも私は踏み込んだ。視界が定かではない土煙の中を進み続け、両手杖を後ろに振りかぶり、杖先に内向きの悪意を込める。……最尤反転常中メタクルシス。低燃費低出力で最大効率を引き出せる意思能力。ガス欠寸前の今、これを選ばない手立てはなく、威力にこだわる必要もない。力は弱ければ弱いほどいい。問題は当たるか当たらないか。意識を割くべきはそれだけだった。


『「――――」』


 土煙が晴れる。いや、晴れたと思い込むほど、対象の輪郭が明快になる。世界には甲虫男と私だけ。他にノイズは存在せず、私は彼の背後を捉えていた。複眼のちょうど死角。意思弾の反射攻撃で最も反応が悪かった方角を選択した。観察していたのは相手だけじゃない。考察に落とし込んでいたのは私も同じ。一つ一つの結果をデータとして蓄積し、敵の盲点を見抜いた。それこそが『人類史の書記』としての私が最も得意とするもの。理想と現実の狭間で苦悩はあったものの、たどり着いた。残す工程は少ない。選び抜いた私の一撃を敵に叩き込むまで。


『見えんとでも……思うたか?』


 聞こえてきたのは、甲虫男の余裕に溢れた声。気付けば、最弱の杖撃は空を切り、途端に慢性的な疲労感に襲われる。低燃費とは言えど、力を使い過ぎた。意思弾と小結界の運用は決してタダというわけではなく、センスは目減りしていた。


 ただ、私は見届ける義務がある。土煙の外に出て、視界に収め、見ておかなければならないものがある。なけなしの力で跳躍すると、してやったりな笑みを浮かべている甲虫男が見えた。私の疲労度を見て、勝利を確信している。この戦闘で初めてみせた綻び、慢心。重力に引かれるのを心待ちにし、着地と同時に反撃に出る展開が想像できる。だけど、そうはならない。彼の意識は散らされ、意図的に忘れさせたものがある。私の本命は、最尤反転常中メタクルシスではない。土煙によって複眼の視界を遮り、数ある意思弾の一つによる着火を見逃させ、意識の外に追いやったものことそが本命。砲身は甲虫男に向いている。位置は砦北方面。職員が退避しているのは計算済み。誰に遠慮をすることもなく、加減をするつもりなど毛頭ない。


「――撃て(ミッテ)!!!」


 超大型戦車の主砲が発射され、私は復讐の旨味を知った。

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