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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第114話 意表

挿絵(By みてみん)





 本来、刹光は五段階。『絲』<『忽』<『厘』<『雲耀』<『阿吽』の順番となっており、理論上は『阿吽』が最強だけど、実戦上は『雲耀』が上限に近かった。個体差はあれど、姉やマルタの前例を考えると、技量的にも反応速度的にも『雲耀』を安定させるのが限界に思える。……ただ私は、彼女たちのようにはなれない。今後一生、安定を狙うことはないだろうし、安定させるつもりもない。


 だって私は人間じゃない、悪魔だ。


 悪魔には悪魔なりの戦い方があるし、『安定』よりも『瞬間火力』に特化した方がいいことに気付いた。感情が乗る相手と外せない状況さえ整えば、きっと再現できる。それが私なりのスタイルであり、私の中で刹光は六段階に分類された。


 ――『黒耀』。


 『雲耀』以上であり、『阿吽』未満の段階。体系化された技術の中で見出した、私の特性に合った技。なにも意思能力だけが、戦闘の全てじゃない。体術と能力、どちらも必要だし、どちらも欠かすことはできない両輪。偏ることによって生まれる美というものもあるとは思うけど、結局、目を背けることはできなかった。その結果を私は見届けなければならない。振り下ろした拳の責任を負わなければならない。


「…………」


 まず真っ先に視線を向けたのは、背後。飛翔した白い十字架は消えている。ミイラ女やサギを含めた全員がスロー状態にかかり、生存が確認される。これで最低条件はクリア。彼の意表を突いた甲斐があったと言える。問題は……。


「――――――」


 反射的に私は上体を反らすと、両手杖が空を切った。アルカナが生存していた何よりの証拠であり、戦闘は終わってない。


(――そう、こなくっちゃ!)


 私は緋色の意思を纏い、次なる展開に備える。すぐさま前方に視線を向け、近くにいるはずのアルカナの様子を見た。


(――いない。――超高速で移動した?)


 しかし、そこに見る影はなく、空振った両手杖だけが空間に残る。どんな手品を使ったにせよ、恐らく次こそが本命。敵の居場所が分からないなら、受け手に回るしかないものの、ただセンスを纏うだけでは防御力と対応力に難がある。


「――――」


 私は緋色の意思を前方と後方に拡張する。顕在センスを薄く引き延ばし、敵の居所を掴むことに全神経を注いだ。どこから来るか分からなければ、相手に攻防の主導権を握られるし、山を張って防御するにはリスクが伴う。位置さえ特定できれば、近距離攻撃か遠距離攻撃の判別は可能だし、個々に応じた対策もできた。


(――どういうこと? ――どこにもいないんだけど)


 ただ、反応がない。砦北西から砦北の廊下を繋ぐほどの長さになっているはずなのに、アルカナの気配を感じ取ることができない。超高速で移動したにしても、限度がある。消去法で考えれば、砦外に出たとしか考えられないけど、中庭に出れば例のアレが待ち受ける。索敵の範囲外かつ、私の意表を突け、中庭方面でもなく、現実的なコースと言えば……。


「――――」


 私は引き延ばした意思を両腕に集中し、左方向に意識を傾けた。外側から攻めてくるなら、中庭を経由しないルートしか考えられない。空中に固定されていたコンパスと定規が消えていることから、廊下の左側面に円で穴を開けて脱出し、砦外側から距離を詰め、再び左側面に円で穴を開けて奇襲すると考えられる。両手杖は恐らく、放り投げた後に軽い意思弾を当て、軌道をズラした。だから横振りのように錯覚し、近くにいると勘違いしてしまった。砦外から防御無視の超絶怒涛の必殺技が飛んでくる可能性があるけど、悪魔は脳さえ守れれば再生する。来る方向さえ分かっていれば、殺される心配はないと言えた。

 

 視界の端に捉えたのは、空振った両手杖が放つ青いセンスの残滓だった。それが見る見ると杖先にエネルギーが充填されていき、照準がこちらに向けられているのが分かる。放出したセンスの遠隔操作。見える見えないに関係なく、事前に決めておいたセットアップに伴い、半自動的に動き出した。恐らく、私がこの場から動かない前提での決め撃ち。幸い、両手杖は左側面側に位置し、最大出力の意思弾を放とうとも、防御できる自信がある。ただ問題は、受けた後……。


「――――ッッ!!!!」


 青色の意思弾が放出され、私は思考を切り上げざるを得なくなる。両腕でガードしたものの、反動までは打ち消すことができず、弾き飛ばされるように後方へ飛ばされた。そこには右側面の壁があり、本来なら叩きつけられる程度で済むんだけど、そこでようやく思考がまとまり、敵の思惑が見えてきた。


「一名様……バグの深層へご案内」


 振り向きざまに見えたのは、円状に開かれた穴と、外側から顔を出したアルカナの姿。壁に衝突することなく、私の身体は右方向に吹き飛ばされ、勢い余って中庭方面へと進行する。そこで待ち受けていたのは、一度は背を向けた存在。


『――――』


 超大型の甲虫。黒曜石と見紛うようなフォルム、細長くしなやかな六本の肢に、頭部にはクワガタに似た大顎が備わっている。肉食甲虫界のラストエンペラーとも呼ばれ、攻撃力、守備力、俊敏性、それら全てが高水準で揃い、巨大化した状態ではポテンシャルが想像もつかない。名前は確か……オオエンマハンミョウ。


 中庭の真ん中で腰を据える裏ボスと目が合うと、情けも容赦もなく、私に鋭い巨大顎を左右から挟み込むように振るった。

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