第112話 宿命
「「「…………」」」
私とミイラ女と女騎士は横並びになり、臨戦態勢に入っていた。こちらの戦力事情は詳しく分からないものの、恐らく、以前のアルカナ・フォン・アーサーの実力ならどうにかなったはず。なんせ彼は悪意に関しては素人。こちらが知り得ない能力を持っていたとしても、最悪、私の邪眼を使えば、対応できるレベルではあった。
「……」
でも、『天使化』した今ならどうか。答えは戦ってみるまで分からない。
「プランは?」
「妙案があるなら聞こう」
ミイラ女と女騎士は緋色と青色のセンスを纏い、言った。
事細かに伝えられる時間はなく、シンプルな作戦が望ましい。
かといって、掴みどころのない内容だと、全滅する可能性がある。
「――いのちだいじに、だね。――死んじゃ駄目だし、殺しちゃ駄目だよ」
端的な指示を飛ばし、二人の顔色を伺うとポカンと口を開けていた。
もっと苛烈な内容を想像していたらしい。……なんにせよ、方針は伝わった。
「……了解!」
「承知した!」
ミイラ女は両腕の包帯、女騎士はロングソードを構え、跳躍。
恐れ知らずというかなんというか、『天使』に真っ向から立ち向かう。
「――所蔵転用!!」
そこに割り込んできたのは、金髪の囚人だった。
背後から小ぶりな巻物を取り出して、破り去っている。
意思能力なのは確実で、恐らくだけど内容は中身に依存する。
『――――』
突如として現れたのは、一匹の白い鳥だった。
嘴は細く尖り、体は綺麗なS字で、足は異様に長い。
一見ハクチョウのように思えたけど、特徴が少し異なる。
記憶の片隅に浮かんだのは、風情のある水辺に立つ優雅な姿。
誰が見た景色なのかは分からなかったけど、動物名は思い出した。
――サギ。
日本神話における神の使い、瑞鳥とも呼ばれる。
神意を伝える鳥と言われ、神秘的なイメージが強い。
『不吉』な象徴というより、『吉日』が来る前兆で現れる。
狐ほど俗世的でもなければ、天狗ほど攻撃的でもない印象だ。
伝承に紐づく能力なら、『動』よりも『静』に近い性質を持つはず。
(――迂闊に手出しできない。――ここは彼女たちに任せる)
私は目の前の戦闘に介入せず、様子を見守る。
下手に参加すれば、全滅する危険性も考えられた。
少なくとも、『静』と『動』の違いによる比較は見たい。
私の予想が正しければ、『動』の彼女たちが何らかの罰を負う。
「「――――」」
悠長なサギの呼吸に合わせるように、彼女たちは遅くなる。
地面から跳躍したはずなのに、一向に着地することができない。
おおよそだけど、動画を0.25倍速で再生している時の感覚に近かった。
その影響範囲は能力者にも及び、サギを中心にスローな領域が展開される。
(――そういう感じか。――狙いは取り巻きの足止め)
残ったのは、一匹と一体。悪魔と天使。
綺麗にお膳立てされた一対一の状況が整った。
恐らく、サギの効果範囲は発生時点の『動』が対象。
開拓済みの砦北ルートに巨大虫はおらず、邪魔は入らない。
「せっかくだし、とことんまでやってみたくてね。覚悟はいい?」
真意を読み取ることはできないけど、目の前の現実は揺るがない。
私の実力を買ってくれている。ここで一度『白黒』をつけようとしている。
「――答えるまでもない。――見れば分かるでしょ」
全身に迸るのは、緋色のセンス。過去最高出力を更新している。
感情が乗るか乗らないかが出力の鍵を握るなら、答えは明白だった。
「それを会話のドッジボールと言うんじゃなかったかな」
「――そっちが先に始めた。――嫌なら最初からやらないで」
「仰る通りで。……じゃあ早速、始めよう。心行くまで楽しもう」
「――楽しむ余裕は与えない。――素人が私を超えるにはまだ早い!」
やり取りをつつがなく終え、私は地面を蹴り、跳躍する。
サギたち一行を飛び越え、青色のセンスを纏う彼へと迫った。
「「――――!!!!」」
空中で衝突するのは、右拳と大型コンパスの針先だった。
押し引きなら勝てそうだけど、アレは力比べが本質じゃない。
「さぁって、まずは魔術の初歩の初歩……『五芒星』」
拳の拮抗を続けつつ、アルカナは定規を扱い、製図を始める。
動作は洗練されており、一切の淀みも無駄もなく、瞬く間に完成。
円と直線のみで構成され、円の中に五つの頂点が接する星が刻まれる。
「――っっ」
右拳から煙が上がり、肉を焼かれたような痛みが走る。
効果は明らか。五芒星の由来を知っていれば、誰でも分かる。
――魔除けだ。
初歩的ではあるものの、対悪魔としては極めて効果的。
下級悪魔か上級悪魔を見極めるための通過儀礼と言ってもいい。
「…………」
私は即座に悪意を纏い、対策の対策を講じる。
基本特性として反転作用があり、負の効果は裏返る。
マイナス×マイナス=プラスであり、魔除けは加護となる。
「――――!!」
バリバリと音を立て、私の右拳は五芒星を破壊し、貫通。
大型コンパスの針先をすり抜け、悪意の瞬間火力はピークに達した。
「――っっっ」
アルカナのセンスを上回り、左頬を捉え、殴りつける。
廊下を滑るように数メートル後退し、ようやく停止していた。
「――まずは一発。――チュートリアルは終了かな」
「そうこなくっちゃ。ここからは徐々に上げていくよ」
アルカナは口端を腕で拭い、赤い血液が青いローブの袖口につく。
これで悪意の伝授は完了した。真の意味での意思能力戦はここからだ。




