第111話 邂逅
メンバーを新たに加え、兵器庫を後にして、私たちは再出発した。現在地点は砦北方面に向かうための廊下。最前列を私、中央にミイラ女とソラル、後列に女騎士という形で進行している。中庭によるショートカットは当然ながら却下。当初の予定通り星型要塞をなぞるように巡って、砦南東を目指すルートを選んでいる。
話を聞く限り、砦北の宿舎はもぬけの殻だろうから、残っている要所は砦東にあると言われる牢屋が最後のコンテンツになるはず。そこまでは暇というか、昆虫とバグ住民にさえ気をつけていれば、私だけならなんとかなる。問題は……。
「――二人に聞きたいんだけど、このバグった砦の仕様、どこまで分かってる?」
正面に横たわる昆虫の残骸を避けながら、私は話を振る。
「取るに足らない雑魚がウジャウジャいるだけ」
「それに加えて変わったキノコがあるぐらいか」
ミイラ女と女騎士は質問に答える。舞台の認識は概ね正しい。巨大昆虫とキノコは今ここにしかない特色であり、絶対に抑えておくべき要素と言える。一部説明を省けるのが嬉しい反面、言わなければならないことも残っていた。
「――狂った住民を見たことは?」
「ないね。少なくとも、開拓済みの砦北ルートにはいなかった」
「私も同じく見ていない。制圧には参加したが修道士しか見てないな」
二人から返ってきたのは似たような反応だった。
運が良いのか悪いのか、アレとは遭遇していないらしい。
「――言動がおかしいヤツがきたら要注意。――対応を間違えると、そこの修道士みたく大怪我するよ」
背後を振り返り、私は担架ごと黒い包帯で包まれたソラルを見る。それを引きずっているのがミイラ女であり、顔色が少し曇っている様子が伺えた。
「おかしいって具体的どんな?」
「武力で解決できないものなのか?」
二人の強気な姿勢は崩れず、実力でどうにかできると思っているらしい。それだけ戦闘に自信があるってことだろうし、あながち間違いでもないけど、アレには世間一般の常識が通用しない。……『バグ』と言えば現代人には一発で伝わるだろうけど、時代遅れの彼女たちに合わせるなら、なんと表現するべきか。
「――ある種の『神』かな。――世界の理を歪める性質がある」
私は短く端的に要点を述べる。返事はなかったけど、代わりに場は沈黙に満ち、異様な緊張感に包まれていく。意味が伝わったと見るべきなんだろうけど、この重苦しい空気には別の意味合いが含まれている。今のやり取りに呼応するように、目の前には平常とは異なる事象が引き寄せられていた。
「…………」
正面には見知った少年が立っている。短い青髪で、青いローブを着ており、背中には両手杖が備わり、両手には大型のコンパスと直角定規が装着されている。背後には金髪の囚人服を着た男がいるものの、眼中に入らない。
(――変わった。――何もかもが)
ここに至るまでに何があったか想像もつかないほどの変化があった。最も目についたのは、頭上に浮かぶ白い輪っか。恐らく、『天使』に相当する力を宿し、モチーフに応じた『権能』を自由自在に行使できることを意味している。
「アレが噂の……」
「『神』に等しいか……まさしくだな」
背後からは二人の声が響き、臨戦態勢に入ったのが見なくとも分かる。今までの発言を聞く限り、放っておけば戦闘に発展する。話せば分かるんだろうけど、向こうが待ってくれるとも思えず、事情を詳しく説明する暇もなさそうだった。
「…………」
私は右手の掌を背後に見せ、制止を促すハンドサインを送る。バグ住民と勘違いしていようが、『神』に近しい人物と思っていようが何でもいい。ひとまず、戦闘にさえ発展しなければ、私が持ち得る知識と経験でどうにかなる気がしていた。
「「……………」」
意味を深く訊ねることはなく、二人は敵意を鎮めたのが分かる。前もって前提条件を説明していたから助かった。もし、前知識なしに彼らと遭遇していたら、武闘派の彼女たちをコントロールできなかったかもしれない。
兎にも角にも、ここからは私のターンだ。
これで目の前の人物だけに意識を向けることができる。
「――やっほー。――少し見ない間に変わったね。――イメチェンした?」
ひとまず私は、当たり障りのない会話で接触を試みた。
後ろの二人からすれば意味不明だろうけど、これが最善だ。
敵か、味方か。次の反応で、どちらに転ぶかハッキリするはず。
「薄っぺらい会話はやめようよ。君なら見れば分かるでしょ」
アルカナはどちらとも言えない反応を示した。
こちらの見る目を高く見積もった返事とも言える。
(――なんだか鼻につくなぁ)
漠然とした違和感が胸の内に広がり、妙にモヤモヤする。
まだ友人関係のままなんだろうけど、どこか図々しさがあった。
「――言ってくれないと分かんないよ。――肝心なところを省略して、相手が分かってくれる前提で話すことをコミュニケーションとは言わないから」
「じゃあ、なんて呼ぶべきかな?」
「――会話のドッジボール。――思いやりに欠けた一方的なオナニーだよ」
相手のご機嫌を取った方がいいのは、頭の片隅では分かってた。でも、無理だった。我慢できなかった。口から勝手に言葉が溢れ出していた。これで仮に悪い方向に転がったとしても、構わない。彼は変わった。私の知るアルカナ・フォン・アーサーはどこにもいない。目の前にいるのは……。
「残念だ。君なら今の僕のことも分かってくれると思ってたのにな」
「――残念なお知らせ。――アレに言葉は通じない。――戦闘の時間だよ」
私はコミュニケーションを諦め、二人に指示を送る。
感情的になるべきなんだろうけど、心は驚くほど冷えていた。




