第11話 意思能力戦
聖エルモ砦の一部が破壊され、その配列と神秘性が崩れた結果、取り戻されたのは意思の力。使い手のみが出力可能になる光はセンスと呼ばれ、元来の肉体と体術の上に攻撃力と防御力が乗算される。筋肉と同じように使えば使うほど光量が向上。それを基盤として、多種多様な応用や意思能力に発展可能となる。
「合わせろ、リリちゃん!」
「……うん! ルーくん!」
敵対する少年少女に纏われるのは、黄色と桃色のセンス。
年端もいかない子供と考慮すれば、申し分ない光量と言える。
ただ、一目見て分かる。師のいない意思能力者にありがちなミス。
それは――。
「……」
相手の欠点に思い至るのと同時に、私は駆けた。
周囲の石造りの壁を縦横無尽に飛び交い、急速に迫る。
「ちょ、速っ!?」
「あわわ。目が回る」
穢れの知らない純粋無垢な反応を見せ、二人は待ちの体勢。
「――」
情け容赦をかけることなく、ルーチオに振るうのは延髄蹴り。
正面から迫り、首筋を横から蹴りつける基本的な体術の延長線上。
「なんてな」
しかし、彼は身を屈め、蹴りを回避。
その勢いのまま、横薙ぎのメイスを振るう。
「お返しだよ」
その間、リリアナは背後に移動し、同様の攻撃に出る。
「「――っ!!!?」」
直後響いたのは、ガキンという甲高い音。
二人が振るったメイスは空中で衝突し、弾かれる。
「――」
低姿勢で回避していた私は右足にセンスを集め、足払い。
致命的な隙を晒す前後の二人に対して、アクションをかける。
「残影転身!」
そうルーチオが叫ぶと、放った攻撃は空を切った。
近くにいたはずの二人は残像となり、姿を消している。
――移動系の意思能力。
恐らく、近くの影が生じた地点まで自他共に移動できるタイプ。
詠唱で考察が捗ったものの、将来的に詠唱破棄が可能となれば脅威。
――ただ、どちらにせよ未熟。
「…………」
移動先は私の影。足元だと読み切り、真上に跳躍。
案の定、リリアナが登場し、メイスは空振りを見せた。
ただ、ルーチオの姿が見えない。気配が完全に消えている。
恐らく時間差の移動が可能で、時期と場所を意図的にズラした。
「残影転掌!!!」
理解が追いついた同時に背後から声が響く。
反射的に右腕で防御したものの、よろしくはない。
「――、――――、――――――」
砦内の廊下に生じた影を複数回ランダムにワープ。
法則性がなく、意図的ではないため、平衡感覚が狂う。
いつどこで誰がどのタイミングで仕掛けてくるか読めない。
恐らく、敵側で調整とコントロールができる状態で状況は不利。
「…………?」
気付いた頃には、フワリと柔らかな感触に包まれる。
背後から伸びた少女の両腕が私の胴体に絡みついている。
攻撃性はなく、ただのハグのように思えるものの、狙いは別。
「リリにメロつけ。――姫物語!!!」
接触型の意思能力。恐らく抱擁した対象への魅惑効果。
移動型と接触型のコンボ。お互いの良さを高め合う連携技。
能力の考察が正しければ、これで決まってもおかしくない内容。
「……」
頭がトロリと溶けていくような感覚があった。
目の前が霞んでいき、心なしか体温が上がっていく。
まるで熱が出たような反応。ただ不思議と心地よさが勝る。
「あなたこそが私のお姫様です。逆らいません、裏切りません、今後一生あなたのためだけに尽くします。はい、復唱」
パンと両手を鳴らし、リリアナは効果を確かめる。
「あなた……こそが……」
本能に突き動かされ、頭に浮かぶ語句を並べる。
その文言の全てを口にすれば、リリアナの虜になる。
彼女の命令によって動く奴隷と化し、今後一生付き従う。
そんな未来もあっていい。魅惑とお世辞抜きで自然と思えた。
ただ――。
「………………」
「ん? 聞こえないなぁ? もう一度言って?」
ボソボソと喋った言葉に対し、リリアナは催促する。
従順な下僕に堕ちる瞬間を心待ちにし、その時を待っている。
「あなたこそが、私の宿敵! 歯を食い縛った方がよろしいかと!!」
対するアンサーは、情け容赦のない肘鉄。
抱きついている背後のリリアナに反抗を企てる。
「どう……して……」
直撃を受け、地面に膝をついた少女は、疑問の声を上げる。
「あなた方の敗因は肉体の鍛錬不足。フィジカルの良し悪しが能動的な意思能力の可動域と操作精度を底上げします。……その逆もしかり。肉体の強度が相手より上回っていれば、受動的な意思能力への免疫と抵抗力を獲得する。センスを磨くだけでどうにかなるほど、この世の中は甘くありませんよ」
倒れ込むリリアナに優しく告げるのは、助言。
取り入れれば厄介になるかもしれないアドバイス。
「それ……可愛くない……」
バタリと音を立て、気を失う狭間に漏らすのは正直な感想。
「まだ俺は負けて――」
死角の影から現れたルーチオは、右拳を振り上げる。
認めざるを得ない根気と将来性。ここで消すには惜しい。
かといって手加減したまま倒せば、彼らの成長を見込めない。
敵に塩を送ることになるのだとしても、二人には敬意を払いたい。
「独奏曲――【G線上のアリア】」
奏でるのは、意思を物質化したヴァイオリンの音色。
意思能力の一端を垣間見せ、ルーチオは眠りに誘われた。
◇◇◇
聖エルモ砦、独居房。目の前に広がるのは大穴。
「……さすがだね。肉体だけなら僕を超えてるよ」
「ご冗談を。謙遜も行き過ぎれば皮肉になりますぞ」
内々で揉めている修道士を背景に、僕は一歩前に出る。
青の光を纏い、繋がれた手錠を壊し、自由に王手をかける。
「まぁ、そういうことにしておこう。……ただ、今ので借りを作ったのは事実。何か目的があるなら協力してあげるよ」
「では、お言葉に甘えて……まずは兵器庫にある刀を回収したい所存。話はそれからとさせてもらいたい」
見上げた空は、生憎の大雨だった。
でも隣にはそれを帳消しにできる人物がいる。
「それもそうだ。君の場合、刀がないと始まらないよね。呉鎮守府第103特別陸戦隊、二番隊隊長……佐々木小十郎」