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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第108話 事前協議

挿絵(By みてみん)





 目隠しプレイの状態で始まるのは、当事者間の事前協議。裁判一歩手前の状態で、訴える側と訴えられる側が交渉し、互いの落としどころを探るフェイズ。ここで決裂すれば裁判に発展し、長引けば数年から数十年かかるケースもあるらしい。


 大抵の場合は示談か、和解で済ませる。


 長年に渡って争う体力や資金力がなく、和解案には金銭的な譲歩もある場合が多く、訴える側が折れることがほとんど。今回の件も例に漏れず、本格的な裁判に持ち込まれる前に『条件付きの和解』がベターではあった。


 どこまで訴えられる側から条件を引き出せるかが焦点になるわけだけど、彼女たちの自由を保障させて勝利。加えて、違法拘禁に見合った金銭的補償や衣食住の確保まで漕ぎ着けられたら完全勝利。さらに欲を出すなら、悪魔と騎士団の協定を認めさせたら超完全勝利といったところ。


 とはいえ、最後の私的な条件は一番後回し。顧問弁護を請け負う以上はクライアントの損得を最優先に考えなければならない。……以上を踏まえて問題となるのは、大病院長グランドホスピタラーの話術レベルとマルタ騎士団独自の内部法だった。


「結論から言おう、今ここで和解するなら彼女らの自由は保障しよう。それ以上を求めるなら内部法に照らし合わせた裁判に発展させる。建前上、お前を弁護士として認めてやっているが、公的な場……つまり裁判では弁護士資格が必須となる。ごっこ遊びで留めておきたいなら悪いことは言わん、ここで手を引いておけ」


 沈黙を見計らい、先手を仕掛けてきたのは大病院長。


 確かに、弁護士資格のない私は、法廷で争う権利はない。


 始まる前から詰んでいる。話術や交渉内容以前の問題だった。


「――それは諸外国の常識。――騎士団の内部法では定められていない」

 

 ただ、想定していないわけがなく、私は揚げ足を取る。


 ミイラ取りがミイラになると言い換えてあげてもいいかな。


 独自の法律を盾にするなら、それを剣に変えてやるまでだった。


「資格や知見がなくとも、裁判に持ち込むと?」


「――もちろん。――悪魔だから寿命も体力も人よりあるしね」


「その口ぶりだと、判決までの流れを知らないように聞こえるが?」


「――当然でしょ。――私は騎士団からしたら余所者なんだから」


「では判例を挙げるとしよう。本日21時に決行された刑は知っているかね?」


 資格なしでも裁判できる前提で話は進み、彼は一歩踏み込んだ。


 空気の温度感が変わり、一気に流れが冷え込んだのを肌で感じ取る。


 知らない過去なら真偽の判別はつかないけど……私はそれを知っている。


「――ラウロ・ルチアーノの斬首の刑」


「我々は死刑を略式する。時間がかからない速攻裁判が売りだ」


「――つまり、私の弁護が失敗すれば」


「早ければ次の日には、彼女たちの首が飛んでいると思ってくれていい」


 告げられたのは、事実に照らし合わせた冷たい現実。


 ふんわりとした責任が可視化され、肩に重くのしかかる。


 判決まで時間があるから、後で考えればいいやと思っていた。


 でも、これは……。


「もう一度言う。今ここで和解するなら彼女たちの自由は保障する。それ以上を求めるなら裁判だ。次の言葉は慎重に選べ……資格なしの顧問弁護士」


 ここぞとばかりに叩きつけられるのは、向こうの結論。


 条件を呑めば、少なくとも、彼女たちが殺されることはない。


 交渉は完全に大病院長の支配下にあり、私の発言は重い責任が伴う。


「――それなら」


「いやいや、視野狭すぎでしょ。後ろ、見えてないの?」


 責任逃れの方向に舵を切りかけた時、ミイラ女が加勢する。


 今のは大病院長への発言に思えるけど、恐らく私に向けたもの。


 失念していた。物理的に見えないせいで彼に乗せられそうになった。


 だけど……。


「――二択じゃない。――まずは人質の解放条件を考えようね、大病院長グランドホスピタラー


 私は持ち直し、真っ向から交渉に臨む。


 振り出しに戻ったけど、中身はそうじゃない。


 立場と前提条件を踏まえても、こちらが一歩有利だ。


「その交渉は武力が均衡している上で成り立つ理屈。……意味はお分かりか?」


 大病院長は一歩も引くことなく、真っ向から対立する。


 本気か、ハッタリか。どちらにせよ、余裕は崩れていなかった。


「――たった一人で、人質を守りながら、この多勢に勝てるとでも?」


「実際、小生は似た条件で勝っている。そこの女に聞くといい。生き証人だ」


 会話のバトンが渡されるのは、ミイラ女。


 見えなかったけど、私は隣へと視線を送った。


「それは……否めない。ただ、100%実行可能とも言えない」


 返ってきたのは、苦々しい反応だった。


 苦悶の表情をしているのが手に取るように分かる。


 言い方から察するに、良くも悪くも勝率50%ってところかな。 


「――じゃあ、やってみる? ――私、悪魔だし、修羅場は大歓迎だよ」


 これはある種の脅しであり、賭けだった。


 本当にそうなってもいい腹積もりはしてある。


 ただ、そうならない可能性も同じぐらい存在する。


「金銭的補償と騎士団内での市民権の獲得でどうだ?」


 まだ歯を見せるな。安易な提案には乗るな。


 こちらの有利に傾いたからといって、気を緩めるな。


「――うーん。――悪くないけど、良くもない」


「これ以上、何がお望みだ」


「――率直に言うね。――市民権獲得に悪魔も加えて」


 私は緩んだ財布の紐を見抜き、禿鷹のように全力でたかる。


 強欲と言われようが、構わない。それが悪魔の性分なのだから。

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