第107話 思惑
「この先の兵器庫から。厳密に言えば、紀元前のエジプトからかな」
ミイラ女が語ったのは、思いもよらない発言。
交渉の果てに明かされたのは、予期せぬ情報開示だった。
「――それってクレオパトラ系? ――それともアポカリプス系?」
「さぁ、どうでしょう。答える義理はないかなぁ」
「――X-menの系譜なら意思の力の起源だったりして。――もしくは……」
「よく分かんないけどさぁ。一つだけハッキリしてることがあるよ」
妄想を膨らませていると、ミイラ女は再び緋色の意思を纏う。
彼女との交渉は終わった。次の行動は、少し考えれば分かるはずだった。
「――っっ」
黒い包帯に両目を覆われ、訪れたのは暗闇。
後ろ手を縛られた状態で拘束されたのが分かる。
息つく暇すらなかった。ほんの一瞬の隙を突かれた。
「私は強い。そんじょそこらの悪魔よりかはね」
◇◇◇
私とソラルはミイラ女に捕縛され、連行された。
場所は引きずられた時間を考えれば恐らく、兵器庫。
「…………」
私は縛られた後ろ手を動かそうとしながら、状況を考察する。
考えるべきは何と言っても、拘束力に直結する包帯のことだった。
(――センスは練れるけど、千切れない。――この技、ガチすぎる)
恐らく、ミイラ女が有する意思能力に違いない。
邪眼や能力を開示済みだった点を抜きにしても、強力。
少なくとも、今の私の力だと脱出するのは極めて困難だった。
「ひとまず安心していいよ。あの修道士も含め、気概は加えない」
黒い包帯で暗転した視界の中、耳元からミイラ女の声が聞こえる。
耳に入ったのはそれだけじゃなく、私以外の衣擦れ音が混じっている。
「――私たちは人質ってわけね。――砦の職員も含め」
「ご名答。よく分かったね。騒ぎに便乗して、クーデターした次第」
「――人が少なかったのはそのせいか。――それで、目的は?」
「大病院長と交渉する。本命は私たちの人権」
「――捕らえられてたの? ――囚人じゃないのに?」
「武器や道具に変えられて兵器庫に保存されてた。だから私たちは別口なんだ」
「――事の発端が大病院長?」
「そういうこと。今風に言うなら、集団訴訟案件みたいなもんかな」
聞きかじった知識を語るように、ミイラ女は現代用語を用いる。
世間知らずではあるんだろうけど、世俗を全く知らないわけでもないらしい。
「――誰が代表?」
「当然、私。この中でも最古参だからね」
「――協力すると言ったら?」
「悪いけど、信用できない。これには私たちの人生がかかってる」
協力を申し出るも、キッパリと突きつけられたのはNO。
言ってることはもっともだし、同じ立場なら私でもそうする。
大して時間もかからないだろうし、傾聴するのが無難ではあった。
「――私は悪魔。――交渉の専門家だよ。――雇ってみない?」
ただ、私は食い下がる。自信をもって自分を売り込む。
この先のことは分からないし、だまくらかすつもりもない。
そっちの方が面白そうだから。という興味本位でしかなかった。
「今までの最大実績は?」
「――イギリス国王と友好関係を結んだ」
「成功した時の報酬は何が欲しい?」
「――仲間になって欲しい。――期間は首都の問題が片付くまで」
「目隠しプレイも可能?」
「――舌先三寸あれば十分。――その代わり、経緯は嘘抜きで教えて」
「いいね、採用。じゃあ早速、リットする準備といこうか!」
トントン拍子で私は、物分かりのいいミイラ女と顧問契約を結ぶ。
相手は大病院長。いくらキャリアを積もうと、備えあれば憂いなしだった。
◇◇◇
砦の異変に伴い、小生の意思能力は全て解除した。砦内でセンスを封じる神秘や、兵器庫のギミックは一時的に解放された。……どうやら、それに便乗した者がいたらしい。宿舎を一通り見回ったが、誰一人として姿が見えない。狂った住民の仕業とも考えられるが、抜け目がないことから計画的な犯行に思える。
「…………」
自ずと導かれたのは、砦北西の兵器庫前。この中に恐らく犯人がいる。修道士を人質に取り、立てこもっていることが考えられる。目的は、交渉か復讐のどちらかだろう。兵器長の再起動条件を満たせば、兵器化も可能だが、果たして……。
「――――」
外されてある錠前に視線を落としつつ、小生は両開きの大扉の取っ手を掴む。金属特有の冷たい干渉を感じながら、引いた。錆びか劣化か、蝶番から重々しい音が鳴り響き、扉が開かれると、中の様子が明らかになっていった。
「「……………」」
立っていたのは二名。一名は予想通りの人物。
もう一名は予想の候補になかった拘束済みの悪魔がいた。
「名は?」
「――ジュリア・ヴァレンタイン。――肩書きは第三級悪魔」
「目的は?」
「――彼女たちの集団訴訟を弁護する。――いわば、顧問弁護士」
「訴訟内容は?」
「――法制史上、最長の違法拘禁。――最低でも彼女たちの自由は保障させる」
つらつらと語られるのは、入念に用意したであろう回答。
大したキャリアを積んでない若輩者の涙ぐましい努力が伺える。
無碍にする手段は何通りもあるわけだが、今日はすこぶる気分がいい。
「受けて立とう。マルタ騎士団の領地に適用される内部法でな」




