第106話 交渉
人格形成は、幼少期にどんな体験をしたかで大半が決まる。後天的に変わることもあるだろうけど、性格の根幹部分はそこで確立されると言っても過言じゃない。……ただ、私たちは生まれながらにして『異常』だ。呪われし子供達計画で作られたベビーは他人の遺伝子と記憶を参照し、出生時点で発育と人格形成が完了している。だから疑いもしなかった。与えられた情報が正しいと思い込まされていた。聖女マルタの記憶は原点の一つではあるけど、私を構成する要素はそれだけじゃない。
「――身体の原点?」
記憶と身体は別物だ。マルタやアルカナの妹の記憶を参照していたとしても、ベースとなる遺伝子は別にあったんだ。よく考えれば、母胎と思わしきマルタと私たちの容姿は全く似ていない。人工子宮というテクノロジーが存在している時点で、母胎はいくらでも隠蔽できることに気付くべきだった。
「うーん……それも何かの引用?」
ミイラ女は顎下辺りに人差し指を当て、小首を傾げている。
言ったところで理解されない。この話し合いには直接関係がない。
「――20の文字列と聞いて真っ先に浮かぶのはアミノ酸配列コードでしょ、までがセットね。――X-ファイルって言っても分かんないか。――本題に入ろう」
私は嘘を重ねながら緋色の意思を纏い、臨戦態勢。
物々しい雰囲気を醸し出しつつ、彼女の出方を伺った。
「ありゃ? 地雷でも踏んだ? ま、そっちがその気ならそれでもいいか」
ミイラ女も同じく緋色の意思を纏い、敵対する姿勢を見せた。
これで視覚的な情報は揃った。面倒なプロセスは省略したっていい。
「――冗談。――戦えるかどうか確認したかっただけ」
私は両手を上げ、降参の意を示した。
「何様のつもり? こっちは戦ってもいいんだよ?」
一方の彼女はセンスを昂ぶらせ、敵意を向ける。
挑発じみた行動が、少しばかり気に障ったみたいだ。
話を先に進ませるには、不満を解消しなければならない。
「――止められるって言ったよね。――アレは嘘じゃないよ」
仕方なしに私は悪意を纏い、邪眼を見せつける。
能力は発動しなかった。使えるということだけを開示する。
「ま、答えてくれたなら許してあげますか。……それで、彼はどうする?」
ミイラ女は意思を鎮めて、視線を落とす。
その先には、担架に乗せられているソラルの姿。
事の発端は彼女に彼を治させるかどうかが議題だった。
「――何か治療の見返りを要求して。――内容によっては信用する」
「じゃあ、邪眼の能力開示で」
「――却下。――他には?」
「だったら、あなたの意思能力」
「――対象や物理現象に介入する能力。――言っとくけど、先払いだから」
「クーリングオフは?」
「――受け付けておりません」
「オーライ、交渉成立。この人の安否は私にお任せあれ」
簡易的な契約を終え、ミイラ女は黒い包帯を伸ばす。
恐らく、見てくれから考えれば治療系の意思能力のはず。
多少の懸念はあるけど、私たちの原点だとすれば信用できる。
「――やっぱり、ちょっと待って」
と思っていたけど、私は地を蹴り、包帯の介入を阻んだ。
間一髪か、ただの杞憂か分からないけど、ソラルには触れてない。
「ん? まだ不満でもあるの?」
「――彼は治さなくていい。――その代わり、答えて」
「何を?」
「――あなたはどこから来たの?」
「へぇ、そんなしょうもないことで人の善意を無碍にするんだ」
「――いいから答えを言って」
包帯を握る手に力が入り、緊張感が増していく。
自分でやったことながら、やや後悔が勝ってしまう。
彼女が黒である確信はないけど、明確な違和感はあった。
――ミイラ女は囚人服を着ていない。
恐らく、修道士でも囚人でもない第三者的存在。
ソラルに怨みがあろうがなかろうが、危険と判断した。
その予感が当たっているかどうかは、彼女の口から語られる。
「この先の兵器庫から。厳密に言えば、紀元前のエジプトからかな」




