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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第105話 出会い

挿絵(By みてみん)





 アルカナと別れて、どれぐらいの時間が経ったのか。


「……」


 地面に散らばるのは、原型を留めない巨大昆虫の残骸。


 私は右手を掲げ、黒色のローブには緑色の体液が付着する。


 背後には、担架に乗せられたソラルが辛くも呼吸を続けていた。


 ――現在地は砦北西方面の廊下。


 通信室をスルーし、直進した後にここに至る。


 現状、アルカナが欠けてもなんとかなってる状態。


 気掛かりなことは山ほどあったけど、やることは一つ。


「――早く医者を見つけないと」


 担架の両端を持ち、引きずりながら独り言をこぼす。


 今は何よりも人命優先。前もって指示があったのも大きい。


『開けるよ。もし、僕に何かあっても、ソラルを優先してね』

 

 それは、いなくなった寸前にアルカナが口にした言葉。


 安否が心配ではあるけど、指示があったおかげで迷いはなかった。

 

「………………」


 私はブーツの踵を鳴らし、廊下を後ろ向きに進む。


 一歩ずつ歩みを深め、ゆっくりでも着実に進んでいた。


 ここに来るまでソラルを除き、砦関係者とは会っていない。


 夜間だからと否定はしたけど、さすがに人がいなさすぎだった。


「…………」


 すると、ペタッと足音が響いた。私じゃない、別の誰かだ。


 後ろ向きだから見えないけど、昆虫の足音じゃないのは分かる。


「――誰? ――話が通じる人?」


 私はあえて振り向かなかった。まずは意思疎通を図った。


 言葉が通じないなら、問答無用で仕掛ける心積もりをしていた。


「これまた重傷だねぇ。お姉さんが治してあげよっか?」


 響いたのは、正気を保った女性の声だった。


 話は理解してるみたいだし、敵じゃないように思える。


「――その見返りは?」


 ただ、見ず知らずの人をいきなり信用できない。


 助けに入ってきたソラルでさえ、最初は少し疑った。


 少なくとも、向こうの思惑が透けるまでは警戒すべきだ。


「いらなーい。人助けをしたいだけ」


 語られるのは、もっともな理由。人情味に溢れた立派な心掛け。


 ただそれが薄っぺらく感じてしまう。何か裏があるような気がした。


「――それ、本当? ――仕返しをしたいんじゃなくて?」


「これでも善意で言ってるんだけどなぁ。そんなに信用できない?」


「――修道士なら分かるよ。――ただ、あなたが囚人なら話は別でしょ」


 少し探りを入れると、空気が凍り付いたのを感じる。


 恐らく、図星だ。牢屋から逃げた囚人が後ろにいるはず。


 確信めいた予感と共に私は振り返り、相手の正体を確認した。


「――え」


 そこにいたのは、修道士でも囚人でもない存在。


 黒い包帯を全身に巻いた、俗に言うミイラ女だった。


「隙あり!」 


 あっけにとられていると、彼女は右手から包帯を飛ばす。


 担架を掴み、引き寄せ、あっという間にソラルを奪われていた。


「…………」


 事実と行動を照らし合わせれば、敵と断定してもいい。


 彼を取り返すために、体を張ってもいい条件は揃っている。


 ――ただ。


「冷静だね。感情で動くタイプじゃないか」


 ミイラ女はその場で屈み、ソラルの傷口を見ている。


 彼の左胸に挿したチューブに手をかけ、左右に動かしていた。


「――不要な戦闘は避けたいからね。――人となりを知ってからでも遅くない」


「悠長でいいね。その間にこの人が殺されても構わない?」


「――止める術があるから問題なし。――嘘だと思うなら試してみてもいいよ」


 いくつか言葉を重ねると、ミイラ女の手はピタリと止まる。


 おもむろに立ち上がり、興味深そうにこちらをジロジロと見ている。


「へぇ……真偽はともかくとして弁が立つね。前世は弁護士だった?」


「――銃を向けられた時の対処法は148通りある。――リットしてあげようか?」


「あぁ、ごめん。世俗には疎くて分かんないや。小説の引用?」


「――海外ドラマ。――題名はSUITS。――嘘つき弁護士がキャリアを積む話」


「それってつまり、嘘をついてるって暗喩?」


「――さぁね。――そちらが誠意を見せるまで、答える義理はないかな」


 適当に雑談を重ねて、彼女の様子を伺う。


 どちらに転ぶか分からないけど、反応は悪くなかった。


「そう。だったら、サービスしちゃおうかな」


 物分かりのいいミイラ女は顔の包帯に手をかけ、丁寧にほどく。


 黒い布はクルクルと円を描き、彼女の秘密の一部が明らかになった。


 緋色の短い髪に、蒼色の瞳、肌は艶やかで、容姿は二十代の美貌を保つ。


 中身が若いかどうかはどうでもいい。問題は切っても切れない関連性だった。


「……ん? どうかした? 顔に虫でもついてる?」


 背景を知らないミイラ女は不思議そうに小首を傾げている。


 その間にも断片的な情報が繋がって、点と点が線になっていく。


 一から十まで説明する義理はない。ただ、ぽつりと結論が口に出た。


「――身体の原点オリジン?」

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