第104話 創意工夫
クラクラしていた頭が少しだけ冴えてきた。
意図せず手にした得物を握りしめ、正気に戻った。
「…………」
それは言ってしまえば、ただのコンパスと直角定規。
複雑な意味を見出すのも、単純な意味で止まるのも自由。
扱いの制限はなく、使い手の発想力次第でいくらでも化ける。
(これだ……僕が追い求めていた得物は……)
別に両手杖の使い心地が悪かったわけじゃない。
相性の良し悪しで考えるなら、良い方だったはずだ。
ただ、しっくりこないという漠然とした違和感があった。
それが解消された。想像以上に手に馴染み、しっくりときた。
少なくとも、悪意をメインにした戦闘ならこれ以外考えられない。
「――――――」
僕は思いのままに円と直線を描き、空虚な地面をキャンバスに変える。
「所蔵転用!!」
男は黙って見ているわけもなく、古びた紙を破り去る。
詳細は不明だ。記述された内容に付随した能力と思われる。
(もう後手には回らない。今度はこっちから仕掛ける番だ!!)
ほんの数瞬の間に描き上げたのは、複雑精緻な魔法円。
モチーフはソロモン王だけど、僕なりのアレンジを加えた。
本来なら神聖文字で主に守護をかけ、悪魔を呼び出すのが王道。
ただ、悪意を使用する僕は、今までと同じようでいて同じではない。
「梵我一如」
万全に準備を整えた僕は、締めの言葉を口にする。
黒いセンスで描かれた魔法円は白く淡い発光に変わる。
「させると思うか!! 遷移流の藻屑と化せ!!!」
男の右腕に装着されたのは、小型のジェットエンジンめいたもの。
排気をメイン出力にした、流体力学の応用。不規則な暴風が襲い来る。
「………………」
僕は否応なく吹き飛ばされ、壁際に追いやられる。
止むことのない空気の猛威に晒され、体が圧し潰れる。
内蔵が圧迫され、眼球が押し込まれ、骨と体格が歪になる。
両目からは血の涙が流れたけど、悲しくはないし、痛くもない。
ただ、物理的な法則に即して、そうなった。結果は受け入れている。
肉体的な死は近いはずなのに、僕の頭と心と身体は妙に落ち着いていた。
「――――」
風に逆らい、僕はコンパスと定規を捨て、折れた右手を掲げる。
現れたのは赤銅色の鍵。アンティーク調のもので、デザインは単純。
持ち手は円が三つ重なったような形状で、鍵山の凹凸は三つほどあった。
――使い方は知らない。
――どこに挿すかも分からない。
――どんな能力かなんて見当もつかない。
でも、僕は知っている。なぜかこの光景には覚えがある。
「…………」
吸い寄せられるようにして、僕は額のど真ん中に鍵を挿し込む。
自然な流れに身を任せるようにして、反時計回りで鍵をぐるりと回す。
――カチャリ。
確かに頭の中で音が鳴った。開錠された気配があった。
元からあったものなのか。それとも、後付けで加えられたのか。
分からないけど、僕は成った。悪意の本質とも言える領域に踏み込んだ。
「――――ッッッ!!!!!!」
額にある第三の目、邪眼が見開かれる。赤い眼を露わにさせる。
僕に危害を加える者に対し、一切の容赦なく外向きの悪意が注がれる。
「…………っっ」
男は直視した。目と目が合った。邪眼による瞳術にかかった。
詳細は知らずとも構わない。彼の方から勝手に語ってくれるはずだ。
「……なんなりと、お命じ下さい、ご主人様」
能力を解き、膝を折り、苦虫を噛み潰したような顔で男は言う。
「そうかい。だったら、出口まで案内頼むよ。下僕君」
暴風から解放され、傷口が修復を始める中、僕は最初の命令を告げる。返事は聞くまでもなく明らかで、退屈な結末が訪れるはずだ。だからこそなんとなく、上の空で反応を見守ると、僕の頭上には白い輪っかのようなものが浮かんでいた。




