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教皇外交録/聖十字と悪魔の盟約  作者: 木山碧人
第十章 マルタ

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第103話 酩酊

挿絵(By みてみん)





 目の前には、千鳥足の若造がいた。先ほど食べた一風変わった大型菌類が原因だろう。従来の植物や菌類なら糖を分解し、エタノールは蓄積しないはずだが、アレは突然変異種のようだな。果実のように自然発酵し、アルコールを含有していたと思われる。どこから入手したかは不明だが、興がそそる。酔った若造よりも、ヤツが所有していた物品の出所に『価値』を感じていた。


(……いかんいかん。今は彼をもてなそう)


 内で膨らんだ欲望を自覚しつつ、頭を振って己を律する。訪れた珍客を温かく出迎えてやるのも余の役目。両手に悪意を集中させ、まずは若造の出方を伺う。


「…………っとと」


 ヤツは左右にフラつきながら、こちらへ徐々に近付いていた。川の流れのように動きは滑らかで、それでいて付け入る隙がない。プロボクサー顔負けのフットワークに見えた。無意識の賜物だな。変に意識をしていないからこそ、一連の動作に無駄がない。本人も意図してないことから、行動を先読みするのは困難だろう。


(まずは……瀬踏みと行こうか!)


 放つのは右拳。若造がいる正面に打ち付け、様子を見る。これで倒せるとは毛頭思っていないが、ただの酔いどれか酔拳使いかを探るにはちょうどいい。


「あいたっ」


 すると若造は、凹凸のない地面に躓いて転び、拳は空を切った。偶然か必然かを確かめる術はないが、酔拳の典型的な動きと言える。問題はここからだ。


「………」


 余は予測不能な動きを警戒して、手を休めていた。相手が酔拳使いなら恐らく、転倒する動きに捻りを加え、予期せぬ角度から杖先が襲い来ると考えられる。先ほどの攻防を見る限り、若造の細腕にそぐわない膂力を秘めており、受け損ねれば余の攻防力を加味しても、ただでは済まん。本来なら転んだ相手に追撃を試みるのが最善ではあるが、敵の得手不得手を考慮せず、一般論を持ち込むのは愚の骨頂。両手に集めた悪意を全身へ均等に配分し、防御に比重を割いていた。


「あれ? 地面どこ? ここって天井? それとも……」


 しかし、その期待に反し、若造は転んだまま間抜けなことを抜かす。どうやら、敵の実力を高く見積もり過ぎていたらしい。散らした悪意を再び両手に集中させ、攻撃力に比重を割く。酔っぱらいを一方的にいたるのは多少なりとも心が痛むが、話し合いが決裂に終わった以上、致し方ない。


「――――」


 転んだ若造に対し、余は左拳を打ち付ける。顔は狙わず、鳩尾辺りに放った。これなら派手な傷が残ることはなく、決着をつけることが可能になるだろう。……そう思っていたが何やらおかしい。身体は宙を浮き、上下が逆さまになっている。


「雲の上だぁ~!!!」


 理解が追いつく前に若造は意味が分かるようで分からないことを口走る。視界の端で捉えたのは、両手杖の先端。恐らく、虚を突かれた。攻防力移動を済ませたところで、振り上げの杖撃をもらった。今になって顎下辺りが痛み、天井が迫る。


(猪口才な……っ! 機先を制した程度で調子に乗るなよ!!)


 両脚に悪意を集中させ、天井を蹴りつけ、余は次なる行動に移した。安易に若造の方には向かわず、着地したのは金銀財宝がひしめくコレクションの山。


「…………」


 手に取ったのは、アンティークコイン。アメリカの初代大統領ジョージ・ワシントンが刻まれた通貨単位のない金貨。裏面にはフリーメイソンのシンボルが刻まれており、金銭的価値は帝国換算だと1500万円といったところか。余はそれを両の掌で圧し潰す。貴重な価値を消費して、得物へと変える。


所蔵転用ディバージョン


 現れたのは、大型のコンパスと大型の直角定規。


 前者を右手、後者を左手に装備して、万全の態勢を整える。


「……うん? なにそれ? 数学教師ごっこでもするつもり?」


 若造は失われた価値も知らず、小首を傾げ、天然の煽りをかます。


 酔っぱらいの戯言に耳を貸してやるほど暇ではなく、行動に移すのみ。


「――――」


 余が描いたのは、円に収まる正三角形だった。


 様々な意味を含んだ、象徴的エネルギーが備わる。


 この場合は、名前も中身も固定しない方が都合がいい。


 相手の解釈によって変化し、脅威と感じたものを表現する。


「うん? なんだっけな、アレ。どっかで見た覚えがあるんだよなぁ」


 起き上がった若造は両腕を組み、様々な角度で観察。


 首を傾げ、下から覗き込み、答えを頭の中で模索している。


 もはや、口を挟む余地はない。どんな結論に至ろうと術中に嵌る。


「そうだ、Give way! 道を譲れ!!」


 思い浮かべたのは、英国における赤い標識。


 首を傾けすぎたせいか、逆三角形に見えたらしい。


 なんにせよ、終わりだ。ヤツは余に道を譲ることになる。


 意味を与えられた円と正三角形は、赤々しい輝きを放っていた。


「からの~、最尤反転掌アナクルシス!!!」


 そこに繰り出したのは、酔っぱらいの張り手。


 弱々しい挙動だが、渾身の悪意が込められた一撃。


 能力の見当はつかないが、余は掌の直線上を回避する。


 地面を蹴り、サイドステップの要領で、体勢を立て直した。


 若造が意図した通りなら、書を譲り、決着がつくはずだが……。


「さぁって、問題です。譲るの反対はなんでしょう?」


 しかし、ヤツはあっけらかんと語る。


 まるで効いている様子がなく、平然と尋ねる。


 余は術中に嵌っている。意趣返しの構図が待っている。


「奪う。……対象はコンパスと直角定規!」


 非を認めたと同時に、手元にある装備は消える。


 若造は両手杖を背にしまい、奪った得物を装備していた。

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